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「もちろんです。演習の報告で虚偽報告などしません。ただ…ザブレット教授には信じていただけず、彼女を侮辱するような言葉をかけられました」
「ちなみに、なんと」
「俺の口からは言いたくありません。演習開始時にもかなり酷い扱いでしたので、彼女の名誉のためにも、実力を見せたいと……つい、『思いっきり撃て』などと、要らぬ指示を出したのです」
「ほ……なるほどの」
なぜかフッと学長の顔が優しく綻ぶ。あたしとリカルド様の顔を何度か交互に見てから、正座のままのリカルド様の頭を、学長はゆったりとした動作で撫でた。
おお! あの強そうなリカルド様が頭ナデナデされる図なんて、二度と見られないかも知れない!
思わぬレアな光景に目が釘付けになってしまった。
「うむ、もう良い。足を崩して楽にしなさい」
「ありがとうございます」
すんなりと立ち上がったリカルド様は、なんと涼しい顔のまま、あたしに手を差し伸べて起き上がるのを手伝ってくれた。
うそでしょう? あたし、結構な時間しびれたままだったよ!?
「なんでリカルド様、平気なんですか……?」
「うちは修行の一環で精神修養の時間があるからな。正座は慣れている」
こそこそっと聞いたら、いかにもなんてことないって顔でそう言われて、こんなところでも基本スペックの差を感じてしまった。いやぁ、リカルド様ってやっぱすごいんだわ。
「リカルド君、ユーリン君、さすがにこれだけの被害を出しているからねぇ、君たちも充分に反省し、今後の力の取り扱いは本当に慎重にすることだよ。わかったね?」
「はい! 気をつけます!」
「今後は慎重に……冷静に行動します」
学長は、まるで孫でも見るかのような笑いじわのまま、うんうんと深く頷いてくれている。
ありがたいけど、どうしても気になって聞かずにはいられない。このまま帰ったら気になりすぎて、夜も眠れないもの。
「あ、あの……それで、バツとか、弁償とか……どうなるんでしょうか」
あたしの家は平民で、しがない下町のパン屋さんだ。もともと魔法学校みたいな高額な学費がかかるようなところに進学できる経済状態じゃない。それでもあたしがここに居たのは、莫大な魔力が眠ってる潜在能力をかわれて授業料を免除されているからだ。
闘技場をこんなに壊してしまって、弁償しろとか言われたらあたし、どうしたらいいか分からない。
いったいいくらになるんだろう。
さっきから先生達が闘技場を地道に修復してくれてるけど、魔力提供でも肉体労働でもなんでもいいから、お金がかからない方向でなんとかして欲しいと、あたしは頼み込むつもりだった。
「うん? いやぁ、君たちへのお説教はこれでおしまいだねぇ。本当に反省すべきは、別にいるでしょう」
一転、厳しい目をした学長様は、正座のまま顔をゆがめている学年主任の前に立つ。そして、あたし達には視線を向けないままでこう言った。
「大丈夫、バツも弁償も、このザブレット教授が責任をもって引き受けてくれるからねぇ、君たちは安心なさい」
「なっ……!」
「ザブレット教授、君の態度は教育者としてあるまじきものだ」
学年主任を見下ろすその表情は、これまでの優しさなど幻だったかのような苦々しいものだった。
「そんな! 闘技場を破壊したのはこの娘ではないですか! 制御もできないくせに能力が開花しただの、素晴らしい才能だの、片腹痛い言い草だ。この一年でなにを学んできたんだか」
学長がこれまで見たこともないような威圧感を放っているというのに、学年主任はツバを飛ばしながら反論している。結構あたし酷い言われようなんだけど、なんかもうそれが気にならないくらい、学長のオーラが怖い。
「学長も傍系とはいえ同じ魔術の名門ユルグス家の一派なのですから分かるでしょう! 一年も鍛錬して魔力の扱いさえまともにできない者など、もはや教える価値もない落ちこぼれだ」
「なるほど」
「一年もかけてやっと魔力を放出できたと思えば、こんな甚大な被害を引き起こすなど……! 奨学生だと聞きましたが、国庫の無駄遣いでしかありません。即刻、退学させるべきです」
学年主任は長~いどじょう髭をこよりのようにヨリヨリとよりながら、あたしを睨みあげてニヤリと嫌な笑いを浮かべる。
背筋が寒くなるような気持ちでゾッとしたけれど、それを察したらしいリカルド様がさりげなく背中にあたしを庇うように動いてくれて、学年主任の視線から隠してくれた。
学年主任の目がどこか狂気じみているように感じてしまって怖かったから、少しホッとする。
リカルド様の影になってもうあたしから学年主任の姿は見えない。でも、学長はとても悲しそうな目で学年主任がいるあたりを見つめていた。
「そうだねぇ、確かに国庫の無駄遣いは許されないことだ」
「そうですとも! 優秀な魔術師を多数輩出してこそ、名門ユルグス家の価値が上がるというものです」
自慢げにどじょう髭をヨリヨリしてるんだろうなぁ、と簡単に想像できる弾んだ声の学年主任。確かユルグス家って、アリシア様もそうだよね。上流貴族って、なんでこんなに人を人とも思ってないような発言ができるんだろう。
能力がないと生きてる価値もないって言いたいのか。
「もうよい」
学長様が、ため息のように言った。ようやく聞こえる程度の小さな呟きは、なぜか重く深く、闘技場に響く。