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エリトン侯爵家の屋敷に戻って来た私は、お父様に事情を話していた。
話を聞いているお父様は、苦い顔をしている。せっかくの婚約に泥がついたということに、心を痛めているのだろう。
しかしこれは、伝えておかなければならないことだ。このままアヴェルド殿下と結婚しても、絶対に良いことにはならないだろうし。
「という訳で、私は現在イルドラ殿下の協力の元にアヴェルド殿下のことを調べています」
「なるほどな……厄介なことになったものだな」
お父様は、ゆっくりとため息をついた。
それは仕方ないことだ。私だって、正直億劫である。
ただお父様は、すぐに真剣な顔になった。既に自体を飲み込んだようだ。こういった所は、流石現侯爵である。
「当然のことながら、アヴェルド殿下との婚約に関しては考え直さなければならないだろう。もしもそれらの事情が事実であるならば、彼との婚約はこのエリトン侯爵家に幸運をもたらすものではなくなる」
「ええ、まず間違いなく、女性関係で面倒なことになるでしょうね」
「……とはいえ、せっかく決まった王家との婚約がなくなるというのは困るものだな。さてと、どうしたものか」
お父様は、考えるような仕草をしている。今回の件にどう対処していくか、それは現侯爵であっても難しいことであるようだ。
そんなことを私が考えても無駄かもしれないが、念のために思考することにしよう。私だって、エリトン侯爵家の一員なのだから。
「……お父様、これは一つの案として聞いていただきたいのですが」
「む?」
「他の王族は、まだ婚約などは決まっていません。仮にアヴェルド殿下との婚約を考え直すというなら、他の王子に当たるべきではないでしょうか? 彼が王位を継ぐかどうかも、見直されると思いますし」
「……まあ、それは確かに一つの案ではあるな」
とりあえず私は、最初に思い付いたことをお父様に言ってみた。
ただ、お父様の反応は悪い。なんとなく予想していたことではあるが、既にそれについては考えていたということだろうか。
「難しいことでしょうか?」
「王族との婚約は、誰もが虎視眈々と狙っていることだからな。私はアヴェルド殿下との婚約によって安心していた所がある。我ながら情けない話ではあるが、他の貴族と比べて出遅れているとしか言いようがない」
別にお父様は、出遅れているという訳ではない。むしろ一歩先まで行っていたといえる。
アヴェルド殿下がまともな人だったなら、私は思わずそう考えてしまった。
しかしそんなことを考えても仕方ない。私達は起こったことに対処していくしかないのだから。
◇◇◇
「いや、すまないな。こんな時間に訪ねてしまって。お前も疲れているだろうし、迷惑かもしれないとも思ったのだけれど」
「いいえお兄様、別に構いませんよ。どうして訪ねて来たのかも、大体わかっていますし」
私のこれからのことについて、結局明確なことが決まった訳ではなかった。
お父様も色々と悩んでいるらしく、結論を出すまでにはもう少し時間がかかりそうだ。
そんな風に話が落ち着いた日の就寝前、兄であるラドルフが私の部屋を訪ねて来た。何故訪ねて来たかは明白だ。例の件について、お父様から聞いたのだろう。
「話が早くて助かるが……色々と大変だったようだね?」
「大変……そうですね。正直困っています。これからどうするべきか、悩んでもいます」
「ああ、父上も頭を抱えていたよ」
お兄様は、苦笑いを浮かべていた。
その少し気まずそうな笑みに、私も思わず笑ってしまう。
今はそんな状況だ。もう笑うことしかできないくらいに、私達は打撃を受けている。
「まあしかし、父上は聡明な方だ。きっと悪いようにはしないだろう。早ければ明日にでも、良い方針を思いつくはずだ」
「ええ、お父様のことは信頼していますから、大丈夫だとは思っています。しかし、どうしても不安になってしまうものでして……」
「大丈夫だ。いざとなったら、この僕がお前の面倒くらい見てやるさ。お前のことはラフェシアも気に入っているし、特に問題はないだろう」
「お兄様達の邪魔をしたいとは思いませんよ」
お兄様の少し冗談めかした言葉に、私の心は安らいだ。
多分お兄様なら、本当に私の面倒くらい見てくれるだろう。婚約者であるラフェシア様も、きっと歓迎してくれる。そうなったら、割と楽しい生活が送れそうだ。
ただ、そうなりたいと思えるという訳でもない。私はエリトン侯爵家の一員だ。できれば、家のために役に立つという本懐を遂げたい。
「でもなんというか、お兄様達のような関係性は理想的なのでしょうね」
「理想的? 僕達がか?」
「ええ、愛し合っている訳ですからね。政略結婚でありながらも、確かな愛があるというのは、素晴らしいことであるように思えます」
「まあ僕達の場合は、偶々家柄が同等の人を好きになって、その結果として縁談がまとまることになった訳だけれど……」
お兄様とラフェシア様は、恋愛感情から縁談が決まったタイプだ。
お互いに家は同じ侯爵だったということもあって、話はスムーズに決まった。
できることなら、私もそのような婚約がしたかったものだ。そういう婚約であったなら、今回のような面倒なことにはならなかっただろうし。
◇◇◇
私がエリトン侯爵家の屋敷に戻ってから程なくして、イルドラ殿下が訪ねて来た。
彼には、シャルメラ嬢に関することを調べてもらっている。エリトン侯爵家の方でネメルナ嬢の方面について色々と調べているのだが、それよりも早く何かがわかったようだ。
「リルティア嬢、どうやら兄上とシャルメラ嬢の関係はまだ続いているようだ」
「……そうなのですか?」
「ああ、確証が掴めたという訳ではないが……シャルメラ嬢の行動などから考えると、その可能性が高そうだ」
イルドラ殿下は、呆れたような顔をしていた。
それはそうだろう。アヴェルド殿下は、私と婚約しながらシャルメラ嬢と関係を持っている所か、ネメルナ嬢とも関係を持っている。本当にどうしようもない人であるとしか言いようがない。
「まったく、兄上は愚か者だ。浮気なんて、なんとも馬鹿なことを……それに兄上は、平然と嘘をつく。俺にシャルメラ嬢とは清い関係で、リルティア嬢との婚約を機に別れると言っていたというのに、全てが真っ赤な嘘だ」
「まあ、本人としては清い関係という可能性もあるのでしょうけれどね……」
アヴェルド殿下は、浮気性で嘘つきだ。それは最早、疑いようのない事実である。
イルドラ殿下は、そのことにかなり怒っているようだ。弟である彼にとっては、私以上に辛いことなのかもしれない。
「当然のことながら、兄上との婚約は考え直すのか?」
「そうですね……そうなると思います。そもそもの話として、この事実が公表された場合、アヴェルド殿下の立場も怪しくなるでしょうし」
「まあ、そうだろうな。流石の父上も、こんなことをした兄上を王位を譲りはしないだろう。エリトン侯爵家にとっても、大きな打撃になるか」
イルドラ殿下は、私のこれからのことについて心配してくれているようだった。
その気遣いは、とてもありがたい。ただ、こちらとしては少々胸が痛くなってくる。
アヴェルド殿下と婚約破棄した私が求めるべき新たなる婚約者、それが誰なのかは明白だ。私は今、そういったやましい考えを持って、イルドラ殿下と接している。
それがなんというか、彼に対して申し訳ない。純粋に善意から心配してくれているであろう彼に対して、私は笑顔を向けられそうにない。
「それで、ネメルナ嬢の方はどうなんだ?」
「動向を探っていますが、今の所特に動きはありませんね……ですが、こちらの方から仕掛けてみたいと思っています」
「仕掛ける?」
「ええ、今回の件について、エリトン侯爵家もできるだけ上手く立ち回らなければなりません。そのための準備を始めようと思っています」
イルドラ殿下が話題を変えてくれたのは、私にとって幸いなことだった。
私は余計な考えを振り払いつつ、イルドラ殿下との話に応じるのだった。