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「とにかくミドリと会えるように手配してよ、約束は守って」
反論出来ないと諦めたのか、蓮はしぶしぶと頷いた。
「分かった、段取りがついたら連絡する」
「なるべく早めにお願いね」
ホッとして、念を押した。これでうまくいけば、雪香の居所が分かるかもしれない。
もしミドリが雪香の失踪と無関係でも、私への手紙はミドリが出した可能性が高いから、その件だけでも解決する。
早くスッキリとした気持ちで、生活出来るようになりたい。
毎日不安を感じるなんて、うんざりだ。
こんな事態になったのも、全て雪香のせい。どうして雪香は私の邪魔ばかりするのだろう。
私から直樹を奪ったのに簡単に捨てて。いなくなってからも面倒に巻き込んで。
雪香の行動、考えが、何一つ理解出来なくてイライラする。
「―――おい!」
窓の外を見ながら考えこんでいた私は、突然の大声にビクリと身体を震わせた。
怒鳴ったのはもちろん蓮。
「何? いきなり大声出さないでよ」
ムッとして言うと、蓮は思い切り顔をしかめた。
「さっきから呼んでるのに、無視してるからだろ?」
「そうなの? 全然気付かなかった……何の用なの?」
蓮は何か言いたそうな顔をしながらも、用件を話し出した。
「連絡先を教えてくれ、ミドリと会う日が決まった電話する」
「連絡先……」
「……まさか、教えたくないとか言わないよな?」
嫌だと顔に出てしまったのか、蓮が凄みの有る声を出してきた。
「そんなこと、言わないよ」
バッグからスマートフォンを取り出し、不本意ながら蓮と連絡先を交換した。
蓮から連絡が来たのは、それから三日後だった。
深夜一時過ぎの着信に、私は気怠い声で応答した。
「……はい」
「俺だけど、寝てたか?」
初めて電話をする相手に対する態度とは思えない。
呆れたけれど嫌みを言う気力がなかった。
「起きてました……ミドリと会う日が決まったの?」
「今日は随分おとなしな? 嫌なことでも有ったのか?」
「何も……疲れてるだけ」
私は、蓮に聞こえないように小さくため息を吐いた。確かに憂鬱な気持ちになっている。
今日、仕事から戻ると、あの忌々しい手紙がまたポストに入っていたのだ。
同じ封筒の中に、同じ白い紙、中央に書かれた文面だけが違っていた。
【お前の秘密を知っている】
見た瞬間、うんざりして体の力が抜けた。
雪香の部屋に隠すようにして有った手紙と、全く同じ文面だったから。
念の為、持ち出した手紙を取り出し並べてみたけれど、やっぱり間違いなく、同じものだった。
「ミドリに明後日会うことになった。会社まで迎えに行くから用意しとけよ」
「明後日……どこで会うの?」
「リーベル。俺の店だ」
雪香も常連だったという蓮の店か。正直勝手の分からない場所でミドリに会うのは気が進まなかった。
「他の場所じゃ駄目なの?」
蓮は私の返事が不満だったのか、ふてくされたように言う。
「適当な場所が他に無い。あまり人に聞かれたくない話だしな」
「……分かった」
妥協するしかないようだ。蓮と時間の確認をしてから、電話を切った。
二日後。会社近くに迎えに来た蓮に連れられ、彼の店リーベルに向かった。
移動時間は車で十五分程とオフィス街からも近い好立地。
外から中の様子が分る初めてでも入りやすそうな店構えで、健全と言える。
蓮の店だから、怪しい、いかがわしい雰囲気を想像していたけど、まるで違った。
「行くぞ」
蓮はぼんやりと突っ立っていた私に声をかけ、扉を開き中へ入って行く。
外観から予想はしていた通り、かなり広々としている。
入って右手が大きなカウンター席で、反対側はテーブル席になっていた。
程よいボリュームの音楽と楽しそうな人々の話し声。女性が一人で来ても、居心地が良さそうだ。
蓮はスタッフと短い会話を交わしてから、私を振り返り言った。
「この先の部屋でミドリが待ってる」
私は緊張しながら頷いた。ついにミドリと対面する時が来た。
昨夜から頭の中で、何度もミドリとの会話をシミュレーションしてきた。
ミドリが言い逃れようとしたって、誤魔化されない自信が有る。
「あの部屋ね? じゃあ行って来るから」
気持ちを奮い立たせ宣言すると、蓮は眉間にシワを寄せた。
「俺も行く」
「えっ、なんで?!」
「俺も同席ってのが会わせる条件だったろ? 嫌なら帰れよ」
蓮は退く気が無いようで、私の前に立ち道を塞いでいる。
最悪だ。でもここまで来たら行くしかない。
「分かった。行きましょう」
蓮は道を開け奥の部屋に向かって歩き出す。私も後に続いて部屋に入った。
部屋は八畳程の広さで、中央には三人掛けのソファーがガラステーブルを挟んで向かい合わせに配置されていた。
そのソファーの中央に、俯き座っていたミドリと思われる人物が顔を上げた。
私は驚愕して息をのんだ。
だって……この人がストーカーミドリだなんて。
雪香の友達はミドリに悪い印象を持っていたし、脅迫的な手紙を出すなど行動も相当気味が悪い。
でも実際のミドリは、気持ち悪いストーカーのイメージからかけ離れていた。
モデルのようなスタイル。洗練されたファッションは遠目でも人目を引きそうだ。
明るいブラウンの少し長めの前髪の間から覗く目は綺麗な切れ長で、すごい美形。
直樹よりも蓮よりも、容姿が整っている。
こんな人が女性に不自由するとは思えない。それなのになぜストーカーなんて?
用意して来た言葉を出すのも忘れ呆然としていると、ミドリの形の良い口が動いた。
「沙雪」
まるで恋人を呼ぶような、甘さを含んだ声に体が震える。
すぐに答えない私に代わり、蓮が凄みある声を出した。
「その名前どこで知った?」
蓮の迫力を目にしても、ミドリは怯まず口元に笑みを浮かべた。
「ずっと前から知ってるよ……沙雪、手紙読んでくれた?」
ミドリの美しい目に見つめられ、心臓がドキリと跳ねる。
「手紙って何だ?」
ミドリは鬱陶しそうな顔をした。
「君には関係無い、またしゃしゃり出て来て、本当に人の邪魔をするのが好きだね」
「あ? お前、いい加減にしろよ」
蓮が怒りを込めた目でミドリを睨む。けれど、彼ははそれを無視して私に言った。
「沙雪、そんな所で立ってないで座りなよ」
「え?……うん」
二人のやりとりを口を挟めず見ていた私は、戸惑いながらもソファーに座った。
蓮は不満そうに顔をしかめながらも、私の隣に並んで座る。
「……手紙の差出人って、やっぱりあなただったんだ」
本当はもっと厳しく追求するつもりだったのに、口から出た声は小さく、迫力のかけらも無かった。
出だしから調子を狂わされたせいかもしれない。
それに、まさかあっさり認めるなんて思ってもいなかったから、こんな展開想定していなかった。
「そうだよ、あの手紙驚いただろ?」
「驚いたって言うか……」
ミドリの問いかけに、私は言葉を濁してしまう。
怖くて、気持ち悪くて、最悪だった。そう言えばいいのに、強気な発言が出来なかった。
ミドリの雰囲気が私は苦手だ。なぜか彼のペースにのまれてしまう。