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夜でも眩しく光るビル群、人混みの多い通り、満員電車。上京したての私にはきついもので、とても気疲れしていた。さらに、新人いびりをしてくる上、仕事を押し付けてくる上司。私はもう限界に近かった。そんな私を心配に思った同僚の子が、休みの日に山登りしないかと誘ってくれた。久々の自然で気持ちが落ち着いた。
「どう?落ち着いた?」
「うん、お陰様で。東京にこんな山あったんだね。」
「23区外は全部田舎よ」
彼女は笑いながら言った。
自然に囲まれながら、同僚とくだらない会話をした。
こんな時間がずっと続いたらいいな、なんて思ったが、同僚の背後に何やら黒いものが見えた。
「え…なに…あ…う、後ろ…」
「後ろ?何かあ__」
グシャッ
黒い何かに同僚は潰された。
「え?何が起きて…」
ぼんやりとしか見えてなかったものがハッキリと見えてくる。
「あ…ああ…何これ…なんなのこれ…化け物…?」
化け物と目が合った。
逃げなければと思ったが、体が言うことを聞かない。化け物が私の方に近付いて来る。「あ…やだ…こっちに来ないで…来ないでよぉ…!」
助けを呼ぼうと携帯を取り出すも、手が震えてまともに連絡ができない。私は死を悟った。でも、もうこれでいいのかもしれない。都会の生活にも、仕事にも疲れていたし、唯一優しくしてくれた同僚は…それならいっそ…そう思った時、青い光が見えた。化け物はその青い光に吸い寄せられていった。私も吸い寄せられそうになったが、誰かが私を抱きかかえて、助けてくれた。私がさっきまでいた場所は、地面が抉られていて、化け物も消えていた。何が起こったのか理解が出来ないまま、私を助けた人が、白髪でサングラスを付けた人と会話を始める。
「悟、やりすぎ。こんな派手にやったらまた怒られるよ。」
「別にこれくらい大丈夫でしょ。」
「はあ…怒られても私は知らないからね。」
「は?早く終わらせろって言ったのは傑だろ。」
「命令した覚えはないし、私を巻き込むのはやめてくれ…」
私を助けた男は、私を地面に降ろし、「大丈夫ですか?」と声をかける。
とても優しい声。色んな感情が溢れ涙が出てくる。
「なんでコイツ泣いてんの」
「きっと助けが来たから安心したんだろう。それより悟、周辺に呪霊がいないか確認してくれるかい?」
「えぇ…お前も探せよ。」
「さっきあの人が襲ってたのは何だった?あの反応じゃ呪霊は見えてる。目の前で出す訳にはいかないだろう。」
「チッ…めんどくせぇ…」
そう言いながらサングラスを掛けた男はこの場を離れていく。
黒髪の男が私に視線を戻し、
「貴女お1人だけですか?」と言った。
私1人だけじゃなかった。同僚がいた。
いつも私のことを気にかけてくれる、とても優しい人。
どうしてあの人じゃなく、私が助かったんだろう。私なんかより、あの人が助かっていれば。そう考えると涙が止まらず、まともに喋れなくなった。何とか質問に答えようと、私は首を横に振った。
「少し遅かったか…助けることが出来ず、すみません。」
男はハンカチを取り出し、涙を拭ってくれた。
「このハンカチ、使ってください。」なんて優しい人なんだろう。見ず知らずの私を助けた上に、ここまで気遣ってくれるなんて。
しばらくして、サングラスを掛けた男が戻ってきた。
「どうだい悟。周辺には…」
「いない。任務も終わったし、さっさと帰ろうぜ。」
「その前に、この人を安全な場所まで送り届けなければならない。」
「あぁ?んなもん1人で歩かせろよ。」
「はあ…悟…周辺に呪霊がいなかったとしても、また出てくるかもしれないだろう?」
「あーめんどくせ。弱いやつに合わせるのは本当疲れるよ」
「そう言わずに…あとでビックマック奢ってあげるよ。」
「っし。二言はねえな?」
「はいはい。」
楽しそうに会話をしている。とても仲が良さそうだ。私がいたらきっと、邪魔者になってしまうだろう。頂いたハンカチで涙を拭って、声を振り絞る。
「だ、大丈夫です。お手を煩わせるわけには…」
「またいつ呪霊が出るか分かりません。そんな状態で貴女を1人には出来ませんよ。」そう言うと、私を抱きかかえて歩き始めた。
「お、降ろしてください…」
「腰が抜けててまともに歩けないのでしょう?…違います?」
「え…な、なんで…」
「ん?さっきから今までずっと立ち上がる素振りを見せてなかったからもしかしてと思いまして…」この人はなんでもお見通しらしい。どうしてここまで人のことを考えられるのだろう。同僚の子もそうだった。でも、私は違う。人の事なんて考えられないし、配慮も出来ない。何もしてあげられない。そんな私に生きる価値なんてないはずなのに…
「…どうして私を助けたんですか」
声が漏れてしまった。すると男はこう言った。「目の前で襲われてる人がいたら助けるものでしょう?当たり前のことをしたまでですよ。」何故この人はこんなことを平然と言えてしまうのだろう。また涙が出そうになった。
山の麓まで送ってもらった。
「よし、ここで少し待っていただければ黒いスーツの人が貴女を家まで送り届けてくれるはずです。」
「傑ー。早く飯食いに行こうぜ。」
「分かった分かった。では、我々はこれで。」
2人は私に背を向け、歩いて行った。
「あっ、ハンカチ___」
しまった、返すのを忘れていた。が、気づいたころには二人はいなくなっていた。
そういえば名前も聞くのも忘れていた。
黒髪のあの人、とても優しい人だった…
胸の鼓動が高鳴り、頬が熱くなるのを感じた時、
私は、自分が嫌な女だと心底思った。私を気遣ってくれた同僚が死んだというのに、何を浮かれているのだろう…
黒塗りの車が私の目の前で止まった。
「あなたが夏油君たちが言ってた方ですね?」
「ああ…えと…はい…?」
夏油…どっちのことだろう。とりあえず、黒い髪の人が言っていた通り、黒いスーツの人が来た。
「あなたを家まで送るので、乗ってください。あ、道案内は頼みますね!あなたの家まで把握してないので!」
とても元気な人だ。なぜか疲れがどっと来た。
「は…はあ…ありがとうございます…」
車に乗って、私はハンカチを眺めていた。
どうやってあの人に渡せばいいのか。
あの人がどこにいるかもわからないし、どこで会えるのかもわからない。
そう悩んでいた時、ミラー越しに見ていたのか、スーツの人が話しかけてきた。
「ハンカチずっと眺めてどうしたんですか?」
「ああこれ、さっき助けてくれた人が渡してくれたのですが…」
「あー、夏油君ですか?あの人超優しいんですよね!俺たち補助監督にも気遣ってくれて!
まあでも、五条君とつるんでるんで結構やばいことやらかしたりとかしてるんですけど…まあいい子ですよ!」
あの人は、本当に優しい人なんだ。
私は、自分のことばかり。さっきだってハンカチを渡すという口実を使って、
あの人に会うことしか考えていなかった。こんな私じゃ、あの人に会う資格もない。
「あ、あの!」
「っ!?はい!」
「これ…あの方に渡してもらってもよろしいですか…?」
「ああ、はい!いいですよ!」
「ありがとうございます。」
これでいい、きっとあの人に会ってしまったら私はまた…
瞼を閉じ、この想いを心の底にしまった。