コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「いや、シン殿。
お世話になりました」
私に一礼してきたのは、カルベルクさんの件で
訪ねて行った土地の領主様―――
ブリガン伯爵様である。
年齢は私より少し上くらい、45・6だろうか。
立派な口ヒゲと筋肉質の体は、貴族というより
騎士を感じさせる。
ここはドーン伯爵様の御用商人である、
カーマンさんの屋敷で……
とある話し合いで私は呼ばれたのだった。
『仲介に入って欲しい、ですか?』
模擬戦から2日ほど経ったある日、
御用商人であるカーマンさんから、ある
要請を受けた。
それは―――
メープルシロップと、数々の娯楽商品に
ついてである。
今、それらの商品は王都向けに取引も
されるようになったのだが……
いくつかの商品がドーン伯爵領と
ブリガン伯爵領とで重なったのだ。
そこで利権調整のため―――
発見者かつ発案者である私に、話し合いに
参加して欲しい、と頼まれたのである。
参加者はドーン伯爵、ブリガン伯爵、
そしてカーマンさんと町長代理、
私とギルド長。
その話し合いの場で、
『話を聞いていたのですが、ドーン伯爵領が
人口1万、ブリガン伯爵領が1万2千程度
なんですよね?
それで王都30万の需要を満たすのって、
どうやっても無理じゃありませんか?
つまりそもそも、競争が成立しません』
と私が発言したところ、『それもそうか』
という事で落ち着き―――
商品の取引はまず、王都の窓口をロック男爵家に
一本化する事、
そのバックに、ドーン伯爵家と縁続きになる
レオニード侯爵家になってもらう事、
互いの領地への商品取引は制限し、新商品や
発見、また他領への話があれば―――
両家話し合いの上で、という事が決まった。
模造・コピー品の話も一度出たが、そこは
ジャンさんが
『王都の住人ならそんな非効率的な事は
しねぇだろ。
みんな金持ってるし、作るくらいなら
買った方が早いって連中だぞ?』
と全否定。
また他領でのコピー品を発見したとしても、
もともと作る人手は不足しているのだから、
罪に問うより仲間に入れる方が得策、
という方針で対策はまとまり……
他、メープルシロップの木の拡散、植樹、
栽培など、細かい条件や取り決めを詰めて、
話し合いは終了した。
「いやあ、シン殿に参加してもらって良かった。
ワシの頭もすっかり冷えましたわい」
ドーン伯爵様にも労われ、私も頭を下げる。
「こちらには、どれほど滞在されるのですか?」
「出来れば長く、と言いたいところだが……
ファムとクロートの婚礼の準備が忙しくて。
そうそう!
家族もあの、メレンゲのデザート―――
とても気に入っておったよ。
婚礼の料理には是非とも使わせてくれ!」
すると今度はブリガン伯爵が歩み寄り、
「こちらからも改めて礼を言う。
我が領地の発展に力を貸して頂いて、
とても感謝しているよ。
もし何かあれば相談に乗ろう。
可能な限りの便宜を図らせて頂く」
そうして、貴族様2人を見送った後、私は
カーマンさんの屋敷の応接室に戻り……
「はあぁああああ……」
と、大きくため息を付いた。
「シンさんでも緊張するんですか」
「怖いもの無しと思っておりましたのにのう」
苦笑しながら、カーマンさんと町長代理の
クーロウさんが話しかけてくる。
「コイツは変なところで気が小さいからな」
「繊細って言ってもらえませんか……」
追い打ちのようにギルド長が意地悪そうに笑う。
一般市民、平民がガチの貴族階級と渡り合うのは
胃と心臓に悪い。
「王都にいた時―――
シーガルって野郎はちゃんと『対応』
したんだろ?」
「いや、敵対されたらさすがに。
それに妻たちに手を出そうとしていたので」
それを聞いて他の男性陣が、『あー……』
という表情になる。
「まあ何にしろお疲れ。
もう戻っていいぞ」
「? ジャンさんは何かあるんですか?」
用事が終わった事は素直に嬉しいが、
今度は別の事に興味がいく。
「あー、例の新規開拓地区の希望者への
割り当てでな。
あと西側はもしかすると、王族専用の
滞在施設が出来るかも知れん」
「滞在施設?
別荘のような物ですか?」
私の質問に、クーロウさんが片手を上げて
「いざという時の退避所、という側面も
持っているがの。
ただステータスというかブランドが
かなり上がるんじゃ。
もしかしたら、『公都』を名乗れるように
なるかも知れん」
また聞き慣れない単語が出てきたが……
すると今度はカーマンさんが口を開き、
「本来、『公都』と認められるには―――
人口が1万以上の都市か、先ほど言われた通り
王家の滞在施設がある事が条件なのですが……
もしかしたらこの町が、最も人口が少ない
『公都』になるかも知れませんなあ」
よくわからないけど、つまり王族専用の施設さえ
あれば、その『公都』とやらに認められるという
事か……
それを頭の片隅に入れつつ―――
ひとまず自宅へ帰る事にした。
「ふーん、そんな話があったんだ」
「まあ何にせよ、お疲れ様じゃ」
「ピュ!」
自宅に戻った私は、リビングで家族と夕食を
取りながら―――
今日の事を報告していた。
「へー、王様が来るの?」
「ちゃんと話を聞きなさい!
王族専用の施設が出来るかも、という
話でしょう」
4人ほどの子供たちと、大人の女性も
その話の輪に加わる。
彼らは、私の屋敷に手伝いに来る孤児院の
子供たち―――
そして付き添いの大人としてリーリエさんが
来ていた。
基本的には、送り迎えだけ大人に付いてきて
もらうつもりだったのだが、とある問題が
発生した。
いくら連絡橋が出来たとはいえ、夜間の外出は
控えたいと、子供たちに家に泊まる事を提案。
客人用の部屋はたくさんあるので、一人一人
割り当ててたところ―――
最初こそ、部屋が個人で使える! と
はしゃいでいた子供たちだったが、
集団生活が長かったせいか、いざ寝る時は
一つの部屋にみんな集まって眠っていた。
それどころか、やはり大人がいないと
落ち着かないようで、泣き出す子もおり、
今では付き添いの大人とセットで、屋敷の
雑用に来るようになっていたのだった。
「そういえばリーリエさん―――
孤児院の子供たちって、今何人くらい
いるんでしょうか?」
「預けられている子を含めたら、60人
くらいでしょうか。
院長先生がシンさんに感謝してましたよ。
建て直しておいて良かったって」
リーリエさんの言葉にメルが驚いて、
「60人って……
私が来た時の3倍くらいいない?」
「ただ、町で何らかの仕事を親が得るまでの
預かり所としての機能もありますので……
正確にはそれから20人前後、出たり入ったり
する感じですね」
しかしそれでも多いよなあ。
第二孤児院とか、本当に考えなければ
ならないかも……
その日の夕食を終わらせ、子供たちを
お風呂に入らせると―――
リーリエさんは子供たちと一緒に客人用の
部屋へ、私たちは寝室へ―――
それぞれの部屋へ行くために別れた。
私たちの寝室で、ラッチはすでに夢の世界へ、
アルテリーゼは小さなベッドのそばで我が子の
寝顔を見つつ―――
メルはベッドの上で、私の方を見ずに髪を
クシに通しながら口を開く。
「ねーねー、シン。
いっそ夕方になる前に、子供たちに
帰ってもらうのはダメなの?」
元々は子供たちの安全を考えての事なので―――
日が暮れる前に帰ってもらうのが一番いい。
ただ、そこにはちょっと特殊な事情が
絡んでいた。それは……
「なんじゃメル殿、忘れたのか?
院長先生に言われていたであろう」
「あー、そうだった」
子供たちに屋敷の掃除や雑務を手伝って
もらうのは、こちら側の要望だが……
院長であるリベラ先生から、
・社会勉強
・いずれ成人し、独り立ちした時のため
一人で寝る事を経験させておく
という事をお願いされていたのである。
特に二番目は、集団生活が当然だった彼らに
取って―――
ハードルが高かったのは前述の通りで……
今は12才以上の子供が来た場合だけ、
一人で寝る事を推奨している。
「ギル君やルーチェさんみたいに、
2人そろって成人するのでも無い限り、
基本的には一人暮らしだからなあ」
「まあねー。
ただカート君たちのパーティーみたいに、
みんなで大部屋で安く済ませるってのも
あるみたい」
そういえば、孤児院の警備に入ってもらう前は、
そんな事を言ってたっけ。
すると、いつの間にかアルテリーゼもベッドに
乗っかってきて、
「のう、メル殿。
もしかして子供が苦手かや?」
うっ、と一瞬息を飲む。
プライバシーの面もあるし……
確かにまだ新婚一年目で、無神経だったかもと
思っていると―――
「うんにゃ?
別にそんな事ないよー」
「で、でも……
毎日子供たちを屋敷に呼んじゃって
いるわけだし。
その、新婚としては」
「寝室とお客さん用の部屋ってかなり
離れているし、そのヘンは別に気にした
事は無いかなー」
こちらの不安を見透かすように否定され、
ホッと一息つく。
「ま、その代わり!
悪いと思っているのなら……」
「いつもより『さーびす』してもらうぞ、
シン♪」
そのまま2人に襲われるように抱き着かれ、
夜は過ぎていった。
「フム……関節を利用して相手の動きを……
これはナルガ家の強化に使えます。
しかし、よろしいのでしょうか。
こんな事を教えて頂いても」
数日ほど経った昼下がり―――
私はギルド支部の訓練場で、私はセシリアさんに
関節技を教えていた。
「まあ料理もそうですけど、私は別に
何か隠したりはしません。
その方が幅が広がりますしね」
この世界では―――
道場やジムのように、流派や独特の格闘技を
教えてくれるところは無い。
魔法重視、個々の戦力差があり過ぎて、
教える意味が無いからだ。
ただ、彼女のナルガ家のように、独自に
知り得た技術を隠匿して、伝えている
ケースはあるのだろう。
「コイツにはあまりしがらみとか、
隠さなければならない理由はねぇからな。
今のうち、教えてもらう事は全部
もらっておいた方がいい」
ギルド長も訓練がてら、会話に参加する。
そこへミハエルさん、ゲルトさんも姿を
現した。
「あ、お二人ともお疲れ様です。
今日はどうでした?」
「護衛は抜かりなく」
「鳥も魚もそこそこ獲れたようじゃ」
あれ以来、2人は漁・猟の警護を
してくれている。
最近ではクラウディオさん・オリガさんも
時々参加してくれており……
おかげである程度、自分もフリーの時間が
増え―――
その代わりこうして、ナルガ辺境伯様のように
希望する人には持てる技術を教えている。
「それにしても―――
本当に魚や鳥がカゴに入っていた時は
驚きましたよ」
「あのようなトラップ系の魔法が
あるとはのう。
チエゴ国にも欲しいところじゃて」
魔力や魔法は関係ないので、それも教える事は
可能だけれども……
さすがに貴族階級かそれに近い存在であろう
3人に、それを教えるのはためらわれた。
「そういえばシン殿、ちょっといいかのう?」
ふと、ゲルトさんが私を指名する。
「何でしょうか?」
「この近くで―――
魔狼を助けた事は?」
まろう?
また見知らぬ単語が出てきたが……
確か狼なら、ジャイアント・バイパーを
『狩った』時に、肉を分け与えた事が
あったけど。
(38話 はじめての しんきょ参照)
「もしかして、子供連れでしたか?」
「そうじゃ!
という事は、やはりお主なのじゃな」
そこで興味を持ったセシリアさん、ミハエルさん、
ギルド長が加わり―――
情報のすり合わせを行う事になった。
「あの狼か。
だがシンからの報告じゃ、だいぶ離れた
場所にいたはずだぞ?」
ギルド長が思い出しながら、ゲルトさんに
聞き返す。
「川向こう、町のすぐ近くにいたのじゃが。
シン殿の匂いを追ってきたのかも知れん」
「ええ……
別に恨まれるような覚えは無いんですが」
するとゲルトさんは首を左右に振って、
「いや、そんな感じでは無かったのう。
どちらかと言うとお礼……
あと何か相談したい事があるような印象
じゃった」
やけに具体的なイメージを話すゲルトさんの
言葉を、ポカンとして聞いていると、
「ゲルトは獣人族なので、獣や魔物との
意思疎通は、ある程度可能なのです」
「人間のように言葉を交わすわけでは
ありませんが―――
おおよその事はわかるかと」
セシリアさんとミハエルさんからの説明では、
完全ではないにしろ、相手の言いたい事が
わかり、またこちらから意志を伝える事も
出来るのだという。
もっとも、知能が高い事が前提らしいが。
「うーん……
でもお礼はともかくとして、相談というのは?」
「さあ、そこまでは―――」
内容まではゲルトさんに話さなかったのだろうか。
しかし考えていても仕方ない。
「まずは会ってみましょうか。
その後の事は、話を聞いてからですね」
こうして私は、ゲルトさんを通訳として―――
その魔狼とやらと対面する事になった。
町の西門から出て、川向こうまで行くと……
狼の母子がいた。
子供たちも無事のようだ。
あの時のようにガリガリに痩せ細っていない
ところを見ると、体力や魔力はもう回復して
いるように思えるが……
「まず礼を言いたいと―――
その上で、えーと。
手伝って欲しい?
協力して欲しい事? があるそうだ」
ゲルトさんを挟んで、私とその魔狼との
話し合いが始まった。
そして……
「山くらい大きな熊?
それに群れが襲われ、住んでいた土地から
離れざるを得なくなったと……
じゃあ、もともとあそこに住んでいたワケでは
ないんですね?」
「……ふん、ふん……
この町から北側にずっと行くと、大きな川が
あるようで……
その向こうをナワバリとしていたようですじゃ」
ここからドーン伯爵家までは歩いて北東に
1日ほど。
さらに北へ行くと、大きな川に当たる。
その支流がこちら側へ流れ込んできて、
さらに2つに別れた支流が、町の東西を
流れている。
ちなみに自分がこの世界に転移させられたのは、
町の近くにある支流の側で……
そういう意味では運が良かったとも言えた。
「あの大きな川までは歩いて2日くらいか……
ドラゴンなら1時間?
でもあそこまでドーン伯爵領だっけ?
うーん……」
私は腕組みしながら考え―――
「……取り敢えず町へ戻りましょう。
ギルド預かりですね、これは」
そして私はゲルトさんと一緒に、その魔狼母子を
連れて帰る事にした。
「話からするに……
マウンテン・ベアーだな」
「その大きさや色合い、狂暴性から見て、
間違い無いと思います。
魔狼とて、一匹一匹ならともかく、
群れとなるとそれなりの脅威のはず。
それを単体で退ける魔物となると……」
ギルドの支部長室で―――
ジャンさんとパックさんが情報を分析し、
確認する。
魔狼・母からの話では……
(魔狼の子供たちは例によって孤児院預かり)
彼女の夫がボス狼であり、群れをまとめて
いたのだが、
ある日、マウンテン・ベアーの襲撃に遭い……
群れを逃がすために戦った夫や仲間は死亡、
その残りも散り散りになってしまったという。
つまりは、夫の仇を取るために力を貸して欲しい、
という事だったのだが―――
「だけど大きな川を挟んであちら側は、
確か別の領地だったッスよね?」
「その点は問題無いと思うわ。
確かにドーン伯爵領ではないけど、
未開拓地域で……
ほとんど手の入っていない、いわば
空白地帯だし」
つまり、所有者のいない土地という事か……
レイド君とミリアさんの話の後、次いで
女性陣も口を開く。
「まあまずは空からの偵察じゃな」
「わたくしはどうします?」
「どっちにしろ、運ぶのに手伝いはいるんじゃ
ないかなー」
と、アルテリーゼ、シャンタル、メルも
討伐前提で話を続けていたところ、
「その、相手は……
マウンテン・ベアーですよね?」
「個体によっては、ドラゴンに匹敵するとも
言われている魔物です!
一応領主軍の派遣を要請して、万全の状態で
臨んだ方が―――」
セシリアさんとミハエルさんが、心配そうに
話に入ってくるが、
「単純な力比べならそうかも知れませんが、
そもそもわたくしどもはそういう戦い方は
しませんからね。
相手は空も飛べませんし……」
「どちらにしろ、シンがいれば楽勝だろうて」
ドラゴンの2人はあっさりと流し、問題視すら
しない。
「いや……ひとつ問題がある」
ジャンさんの言葉に室内が沈黙し―――
全員がそちらを向く。
するとギルド長はゲルトさんと魔狼・母に
視線を向け、
「熊の肉って結構くさみがあると聞いて
いるが……
そのマウンテン・ベアーというのは
ウマいのか?」
質問を振られた獣人族と魔狼は、
目をしばらく点にしていたが、
「……その、弱肉強食で言えば、食われる方の
立場なので……
わからないとの事ですじゃ」
ゲルトさんが通訳した言葉に、う~ん、と
ジャンさんが腕組みをしながら考え込むが、
「何を言ってるッスか!
ギルド長!!」
「そ、そうですよ!
味の話なんかしている場合じゃ―――」
レイド君に続いてミハエルさんが続くが、
「そのためのマヨネーズでしょう!!」
「その通りです!
マヨネーズ、それは全ての味を染める最終兵器!
どんな肉だろうが食材だろうが、マヨを使えば
全てマヨの味に……ん? 何か違いません?」
ミリアさんの勢いにセシリアさんも続くが、
途中で食い違う事に気付いて止まる。
「確かにマヨネーズは強力ですが、アレも
万能では無いんですよねえ。
ハンバーグにして、鳥と混ぜれば何とか」
私が提案すると、ギルド長はニヤリと笑い、
「決まりだな。
オイ! レイド、ミリア!
お前らは解体職人と飲食店に声かけてこい!
久しぶりに大物が手に入るってな!」
「わかったッス!」
「行ってきまーす!」
ポカン、とするチエゴ国の3人と1匹の魔狼を
よそに―――
私は次の指示を出す。
「じゃあアルテリーゼ、私を運んでくれ。
メルは血抜き用の武器を頼む。
シャンタルさんは、運搬の手伝いを
お願いします。
ゲルトさんはそこの魔狼さんと一緒に、
マウンテン・ベアーがいる場所まで案内を」
こうして、私たち一行は―――
マウンテン・ベアー退治へと向かう事になった。
「大きいとはいえ―――
上空からでも探すのは一苦労しそうだね」
「川向こうと言っても広いからのう」
アルテリーゼの背に、私とゲルトさんと
魔狼・母が―――
シャンタルさんの背にパックさんとメルが
乗って、空からマウンテン・ベアーを探す。
「でもパックさん、
そんなにマウンテン・ベアーって珍しい
魔物なんですか?」
「いるところにはいる感じですね。
ただ一軒家くらいの大きさが通常なのですが。
稀に二階建てくらいに成長する個体もいます。
それ以上になれば確かに―――
ドラゴンの脅威に匹敵すると思っても
いいでしょう」
共にドラゴンの背に乗りながら、情報を共有する。
「……のう、シン殿。
どうやってマウンテン・ベアーを倒すのか、
と聞いておるぞ?」
ゲルトさんの質問に振り返ると、そこには
どこか不安気な魔狼の姿があり―――
「んー……
とにかく発見した後、私だけ降ろしてもらって
おびき寄せます。
血抜きがしやすいよう、川辺まで誘導出来れば
ベストですね」
それを聞いた獣人族と狼は―――
『そういう事を聞いているんじゃないのですが』
という表情になるが、彼らには自分の能力を
明かせないので仕方がない。
「まあ、最初に『倒す』までは私がやるので、
後は流れと状況次第でドーンと」
「いざとなれば我も空から支援するゆえ、
心配するでない」
一人と一匹は納得出来ない表情をしていたが、
そこでメルが叫んだ。
「シン! あれ!!」
彼女の声にみんながそちらへ視線を
移すと―――
文字通り、小高い山のような何かが
遠目に見え……
「なるほど。
ちょっと異様な大きさですね、アレは」
パックさんが感想を漏らすと、すかさず
ゲルトさんが口を開き、
「あれに間違い無いそうじゃ。
しかし何という……」
魔狼から確認が取れたのだろう。
同時に、驚愕を隠せない。
「アルテリーゼ。
ちょっと川辺から少し離れたところに
降ろしてくれ。
私を降ろしたら、すぐ飛び立つように」
「わかったぞ。
気を付けてくれ」
「シン! ケガしないようにね!」
妻たちから気遣う言葉をもらい―――
ある程度開けたところに一人降ろして
もらった私は、『それ』を待った。
しばらくは何事も無かったが、ドラゴンが
空高く離れたのを確認したのか、地響きが
近付く。
「さて。
そろそろ移動しないとマズいですね」
アウトドアが趣味の私には、熊についても
一通りの知識はあった。
のそりとした、スローモーな印象のある
動物だが、そこは肉食獣。
障害物の多い山や森の中でも、普通乗用車ほどの
スピードで走る。
人間の足で逃げ切る事は、間違いなく
『不可能』な動物だ。
しかもサイズ的に、その数倍の速度という
事も考えられる。
私はダッシュで川辺を目指し―――
それでも地面の振動は確実に大きくなっていく。
そして川辺にたどり着き、振り返ると……
荒々しい獣臭と共に、『それ』はいた。
「フゴォオオオッ!!」
獲物を追い詰めたと確信したのか、それとも
体力を使い果たしたと思ったのか……
その威容を知らしめるように、立ち上がって
咆哮する。
立ち上がったその身長は、7、8メートルは
あるだろうか。
もし地球にこんな生物がいたら、頭に
『大怪獣』が付くだろう。
「中途半端な大きさじゃなくて―――
助かったよ」
その頃、上空では……
事情を知らないゲルトが、ハラハラしながら
下を眺めていた。
「だ、大丈夫かのう?
シン殿の実力は理解しているつもりじゃが、
それでも……」
「まあ、見ておれ♪」
「すぐに終わりますよー♪」
事情を知るシンの妻2名は、作業を見守るように
軽く答えた。
「グルウゥウ……?」
地上では、一人の人間とマウンテン・ベアーが
対峙していた。
しかし……
絶対的な強者であるはずの獣は、目の前にいる
獲物に困惑の色を隠せずにいた。
同族でも無ければ―――
獲物の行動はたいてい決まっている。
力の限り逃げ続けるか、それとも
死に物狂いで反撃を試みるか。
そして、生きる事を諦めて動きを止めるか。
だが目の前にいる、魔力もほとんど
感じられない人間からは―――
そのどれもが当てはまらなかった。
その人間が手を振り上げると、飛んでいったと
思われるドラゴンが反応する。
「まあ……
その巨体で、その体重で、その足で、
立ち上がって―――
動いていられるはずが無いんですよ。
そんな事は
・・・・・
あり得ない」
しまった、コイツはドラゴンの仲間だったのか、
と思った次の瞬間―――
地面が起き上がってきた。
「フゴオォッ!? グオォオオ!!」
地面にうつ伏せになり、何とか起き上がろうと
するも―――
まるで石や岩を腹いっぱい食べたような感じで、
体の自由が利かない。
「どうやら、やや前のめりになっていたせいか、
足は折れなかったみたいですね。
まあ捻挫くらいはしているでしょうが……」
獲物であったはずの人間が何か言っているが、
それは獣であるマウンテン・ベアーに理解は
当然出来ず―――
そして、上空から風と共に、あのドラゴンが
降りて来るのがわかった。
「あ、苦しめるのは本意ではありませんので。
妻がトドメを刺してくれますよ。
すぐに済みますから―――
大人しくしていてください」
そしてマウンテン・ベアーの意識は……
ドラゴンの牙が首に突き立てられた時点で
途切れた。
「……夫の仇……
討ってくれて感謝する、そう
言っておりますじゃ」
地上へ降りた魔狼・母は―――
横たわったマウンテン・ベアーを前に、
ただ両目をじっと閉じていた。
「しかし、どう考えても突然変異ですね」
「シン殿。
このマウンテン・ベアーですけど、骨だけでも
わたくしたちが頂いても構いませんか?
研究してみたいので」
「まあ、肉や毛皮以外なら大丈夫では……
あとアルテリーゼ、メル。
下処理をお願い」
パック夫妻の要求を了承し―――
次に妻二人に、処置をお願いする。
「んじゃ、やっておくねー」
「頭を川に移動させて……と」
アルテリーゼが川にマウンテン・ベアーの
上半身を入れるように運び―――
メルによって首が斬り落とされ、そのまま
血抜きをする。
冷やすのも必要なので、30分ほど待機する
事にし―――
その間、私は魔狼に今後の事などを聞いてみた。
「群れは散り散りになったと聞いてますが、
戻って来ますかね?」
ゲルトさんが魔狼と無言でアイコンタクトを
取ると、
「マウンテン・ベアーが倒されたと
知れば、戻ってくるものもいるのでは、
との事ですじゃ」
「なるほど」
でも、この母子の魔狼も町の近くまで
来たんだよな。
漁や猟に出るチームと鉢合わせする可能性も
十分ある。
そうなると無用な衝突が発生する危険も……
「ちょっといいですか?」
私は、ゲルトさんを通じて―――
魔狼にあるお願いを伝えた。