テラーノベル
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「ただい……ま?」
その日、帰宅した私は思わず語尾が疑問形になってしまった。目の前に広がる光景に驚き、リビングの入り口で固まってしまったのだ。
「おかえり」
一緒に帰宅したはずの花斗は壱月の優しい声に反応して、私の横をすり抜ける。
そのまま靴を脱ぎ捨てると、すぐさま彼のもとへ走っていく。
「いつきー!」
壱月はへへっと得意気に笑って、花斗の頭をくしゃりと撫でた。
「それ、ぼくの?」
「そう、花斗のだよ」
壱月はダイニングテーブルの前で、子ども用のハイチェアを組み立てていたのだ。
「今ちょうどできたところだ。座るか?」
花斗は保育園のリュックを下ろすのも忘れて、さっそく足板に足をのせる。
座面に座ると、そのまま足をブラブラさせた。
「もう少し足板が上だったか……」
壱月はぶつぶつ言いながら花斗の足元にメジャーを合わせ、六角レンチを握り直す。
「調整するから、一回降りてくれるか?」
「はーい」
ふたりのやり取りがやっと一段落したのを見て、私は壱月に声をかけた。
「壱月、これ、どういこと?」
壱月は花斗が降りたことを確認し、足板のネジを緩めていたが、私の声にこちらを振り返る。
「みんなでご飯を食べるなら、やっぱりダイニングテーブルのほうがいいかと思って」
いや、そういうことじゃなくて!
呆然としていると、花斗がどこからか私のほうに走って戻ってきた。それから、私の服の裾を引っ張る。
「ママ、はやく! きて、きて!」
「もう、なに?」
花斗に引っ張られるがまま、私たちの部屋に入る。そこに広がっていた光景に、私は再び立ち尽くした。
「すごい、すごい!」
そう言って部屋内を走り回る花斗の横には、見覚えのないベッドが二台。
大人用のものと、少し小さい子ども用のものがぴたりとくっついて並んでいる。
大人用の方は、私の使っていた枕と掛け布団が乗っていて、子ども用の方には飛行機柄の枕と掛け布団が乗っていた。
花斗はさっそく子ども用ベッドの上で、トランポリンよろしくピョンピョンと跳ねている。
「気に入った?」
突然背後から声がして、ピクリと肩を震わせた。振り返ると、腕を組みうれしそうに笑う壱月が立っていた。
「これ、壱月が?」
そう尋ねると、壱月は照れくさそうに鼻の下に人差し指を置いた。
「ああ。フローリングに布団だと、やっぱり、背中痛いだろ。このマットレスは俺も使ってる、低反発のやつなんだ。寝心地、すごくいいぞ」
驚き呆れて何も言えないでいると、壱月は眉尻を下げて唇を尖らせた。
「……嫌だったか?」
ここで、「うん」と言えればいいのだけれど。あまりにも花斗が嬉しそうなので、私も壱月と同じ顔を返すことしかできない。
「なんか、ごめん……」
そう言うと、壱月はしゅんと肩を落とす。
「ああー、違う、違うの!」
慌てて訂正すると、壱月は困ったような笑顔を見せた。
「なんか、悪いなって思ったから。……高い買い物でしょう?」
だが、壱月は「そうか?」と言って、部屋の入り口に腕をつき、中を覗き込んでくる。
「愛音たちが住みやすいほうが、俺も嬉しい。もし、金のことを気にしてるなら……これは、引越祝いってことで」
壱月はそう私に言うと、花斗を手招きする。
「椅子の高さ調整したから、ちょっと座ってみてくれ」
花斗は「はーい」と壱月の後ろをひょこひょことついていく。
私は壱月の気遣いと感覚のズレにため息をこぼしつつ、彼らとともにまたダイニングへ向かった。
コメント
1件
わ、壱月くん…! いきなりベッドとハイチェア用意しちゃうの、デカすぎるよ…!でも花斗くんがすごく喜んでて、それが何よりだなあ。愛音ちゃんが「悪いな」って思っちゃうのも分かるけど、壱月くんの「住みやすいほうがいい」って言葉が優しすぎて、こっちまでほっこりしたよ…🤍 このゆっくり家族っぽくなっていく感じ、すごく好きだなあ。