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塰 (あま)
「小さな番犬」
🟦🏺:前編の続き
1
つぼ浦には悩みがあった。他でもない恋人の青井のことだ。
二人の世界に問題はない。愛し合う日々は幸せで、文句の一つも出るものではない。
つぼ浦は青井が好きで、青井もつぼ浦のことが好きだ。問題は二人以外の場所にあった。
「はァ~~~~」
つぼ浦は魂が口からこぼれて飛んでいきそうなくらい大きなため息をついた。手元のコーラフロートを飲むでもなく浮かんだアイスをストローでつつく。泡立つ茶色い液体に溶けたアイスが混ざり合うのを眺めているうちに、またしてもため息が出た。
今日は街が静かで、二人は早めに退勤してカフェに来ていた。先に注文を受け取って席で待っていたつぼ浦のところに、トレイをもった青井が戻ってきた。二人でデートしているのをいいことに素顔でウキウキしている。
「見て見てこれ、限定のいちごパフェ」
トレイの上にはでっかいパフェが鎮座していた。白いアイスとホイップクリームの台座にこれでもかとイチゴが乗っていて、てっぺんにはハート型のピンクのメレンゲが突き刺さっている。側面もイチゴの断面とクリームが計算されて配置されていて絵画のように美しい。
「マジでそれ頼んだのかよ」
つぼ浦はちょっと、いやかなり引いた声をあげた。レジでずっと悩んでいるから先にさっと頼んで席を取りに行ってみたのに、本当に頼んでくるとは思わなかった。
「最後の1個だったんだって、やっぱり善行積んでるからな〜日頃の行いが出ちゃったか」
「そ……うか?まあそうか」
「え、なにその間」
「あー、アオセンはヘリとか上手いっすからね」
「ドリブルが上手い構文かよ。はいはい、どうせ俺はヘリしかないですよ」
「んなことないだろ、アオセンは……チクショウ、いいんだそんなことは!」
苛立ち混じりに言葉を濁すつぼ浦を怪訝そうに見ながら、青井は豪華なパフェを慎重に下ろして席についた。
つぼ浦にとって青井はときに冷たく、ときに陰湿で、泥が何滴も入った美味なワインだった。上澄みしか知らない有象無象と違って、つぼ浦は泥ごとワインを愛していた。小さな幸運を誇る青井に「でもアンタ泥が入ってるよな」と言うのは野暮だろう。ツッコミを入れたい気持ちを抑えて、つぼ浦は少しの優越感に浸っていた。
「ねぇねぇこっち見て」
ふと思考が遮られ、青井の方を見た瞬間カシャッというシャッター音が聞こえた。スマホを向けていた青井が撮影された写真を突きつけてくる。あっけにとられたつぼ浦と、似つかわしくない可愛いいちごパフェが同じ画面に収まっていた。
「つぼ浦かわい~ん、嫌そうで」
「ア?!撮る前にちゃんと言えよ!」
「こういう自然な写真がいいんだって。んふ、映えそうなパフェとつぼ浦、ええや~ん」
スマホを下ろし、青井は画面を操作している。直後につぼ浦のスマホの通知が鳴った。写真を転送してきたのだろう、あえて画面を見ることはせず、つぼ浦は笑いを噛み殺すのに必死だった。つまり、こんなベタベタなやり取りでも幸せだった。
「もういいっすか?早く食わないとアイス溶けちまう」
「そうだね、んーどっから手つけようかな」
「そんなに全部食えるのか?」
「つぼ浦も食べたい?食べたいよね??もーしょうがないなぁ」
口ではそんな事を言いつつも青井は満面の笑みを浮かべてスプーンを手に取った。
「アオセン、酒飲むのに甘いものも食うんだな。太っても知らないぞ」
「いーのいーの。ほーらつぼ浦、あーん」
パフェの頂上を飾っていた大粒のイチゴと生クリームをたっぷり乗せたスプーンがつぼ浦の顔の前に差し出された。つぼ浦は素早く周囲を見渡し知り合いがいないことを確認して口を開けた。押し込まれたイチゴは甘酸っぱく、濃厚な生クリームと合わせるといくらでも食べられそうだった。
つぼ浦が頑張って大きなイチゴを咀嚼するさまを青井はテーブルに頬杖をついて眺めている。優しく細められた青い目がつぼ浦をうっとりと見ている。
「んだよ、アオセンも食えよ」
「もぐもぐしてるお前、本当に可愛いんだよ。その顔見ながら食べたいから」
「ン、ンン~~~ッ」
臆面もなくそんなことを言われてつぼ浦の顔に熱が集まる、と同時にまたイチゴが口に突きつけられた。付き合ってそれなりに時間が経ったというのに青井は何度でもつぼ浦を照れさせてくる。言葉にならない感情と一緒にイチゴを飲み込むつぼ浦の前で青井もイチゴをパクパク頬張った。
どこからどう見てもバカップルだった。
パフェの攻略も中盤に差し掛かり、つぼ浦は自分の溶けかけのアイスとコーラを一緒にストローで吸い上げる。同時に「え?!かっこいい、誰あれ?!」という声が聞こえて思わず咳き込んだ。勢いよく振り向くと青井を指差していた知らない女性二人がつぼ浦の血相に驚いてそそくさと去っていった。
急に冷水でも浴びせられた気分だった。つぼ浦から数分ぶりのため息が漏れた。
こんなに目に見えてイチャイチャしているのに、どこからどう見てもバカップルなのに、どうして自分ではダメなのだろう?つぼ浦がずっと目を背けたかった現実だった。
青井は二人きりになれば隠さずベタベタしてくる。わかりやすいほどの独占欲と、敵意に近い嫉妬心。それでもなお青井に声をかける輩が少なくないのがつぼ浦の悩みだった。
そいつらにとっては所詮つぼ浦は手間のかかるただの青井の後輩で、恋人同士だと打ち明けたところで真に受けてくれないのではないか。特殊刑事課と対応課、破壊の化身と秩序の体現、お前たちは釣り合ってないと突きつけられるようで考えるたびに胸が締め付けられる。
青井がどれだけつぼ浦を愛してくれているのかは当のつぼ浦が一番理解していた。毎晩ドロドロに溶かされて、ついていくのもやっとな愛を日々受け取っている。
ここには間違いのない愛がある。しかしそれ以上に青井に向いている好意の手が、あまりにも多すぎるのだ。
つぼ浦を守る番犬、青井には無数のおやつが差し出されている。いつかそれを口に押し込まれ、振り向いてしまう日が来るのではないか?荒唐無稽、天衣無縫、爆弾が服を着て歩いているようなつぼ浦にとってそれが一番の恐怖だった。
「このハートつぼ浦にあげる〜♡」
鼻にかかる甘ったるい声でつぼ浦は我に返った。いつの間にかパフェは残り少なくなり、青井が先端に刺さっていたハートのメレンゲを差し出していた。
「アオセンは食べないのかよ?」
「縁起悪いやんハート割っちゃったら。だからつぼ浦が食べてよー」
「そういうことなら仕方ねぇな、もらってやるぜ」
「ふふ、召し上がれ」
勝ち誇ったような、支配と独占の匂いのする笑顔だった。
つぼ浦はこんなにもわかりやすく愛を独占している。なのに青井に向いている沢山の愛が恐ろしい。かといってお前らアオセンを好きになるな!と暴れ散らかすこともできない。そんなことをされても困るのは青井なのだ。
口の中でハートがパキッと割れた。言いしれぬ恐怖から目をそらし、つぼ浦は甘いだけのメレンゲを飲み込んだ。
2
つぼ浦が銀行強盗犯を車ごと爆破し、報復で海に沈められるなどいつもの特殊刑事課をしている間に、飛行場から始まってユニオン銀行まで今日の一通りの大型犯罪が収束した。着替えてもまだ海水でベタベタする身体に辟易しながら、つぼ浦は本署に戻ってきたはずの青井を探した。
屋上のヘリポートにはすでに姿がなく、行き違いになったかと1階に戻ると地下から上がってくる青井の声が聞こえた。
「あ、アオセン、やっと見つけ……」
つぼ浦が気だるげに声をかけようとした瞬間、青井が誰かと話をしていることに気づいた。えびすや立花たち、ヘリ組だ。ヘリの運転やIGLについて矢継ぎ早に質問している。
「つぼ浦、あー……ごめん、後でね」
青井もつぼ浦に気づいたが、駆け寄ろうとする足を抑えて軽く手を振って挨拶するだけで階段を上っていってしまった。おそらく屋上でヘリの訓練でもするのだろう。
拍子抜けしたつぼ浦だけが残された。声をかけようとして持ち上げていた手に気づいて恥ずかしさを隠すように下ろす。特殊刑事課は空気を読まないという空気を読むのが仕事だ。しかしいま後輩にヘリを教える仕事をしている青井に割り込めるほど、つぼ浦は図々しくはなれなかった。
「……んだよ」
話したいことはいくらでもあった。車ごと爆破したときの犯人の辞世の句、海に沈められていかにして生還したかの武勇伝。二人は同棲しているのだからどうせ夜には話を聞いてくれる。それでも目の前で青井を取られてしまったようで、不完全燃焼の気持ちを抱えてつぼ浦はため息をついた。
青井を取られるのは今に始まった話ではない。ハッピーセットの二人は言うまでもない。つぼ浦も成瀬とマンゴーのことは頼りにしていた。青井の背中を支える二人に取られるのはまぁ納得できた。
それ以外の人たちになるとだんだん雲行きが怪しくなってくる。黄金世代の二人や上官たち、そしてヘリ乗りやその他無数の後輩たち。ギャングや白市民だって例外ではない。青井を慕うすべての人達が、つぼ浦の心をざわつかせる。
「……俺のだぞ」
小さく呟いてつぼ浦は横の壁を拳で殴りつけた。むやみな痛みがじんじんと襲ってくる。叫びながら本署中にロケランを乱射してやりたい。そんな自暴自棄が湧き上がりそうになる。
「おー?!匠、どうしたんだ?」
後ろから元気な声が聞こえてつぼ浦はゆっくり振り返った。同期のオルカとまるんが歩いてくるところだった。ふてくされているところを見られていたようで恥ずかしさが襲ってくるが、同期だからと少しだけ気分が緩んだ。
「どうもしないぞ、アオセンをみんなが……イヤ、アオセンが腹立つってだけのことだぜ」
「だからって壁殴るなよ」
「そーだぞ、殴ると匠の拳も痛いんだぞ!」
「でも壁は痛がらねぇだろ」
「え、なに、どうしたのつぼ浦?またらだおさんに怒られたの?」
すさみきったつぼ浦の態度がさすがに心配になり、まるんとオルカは顔を見合わせた。
「なんでもないぜ、アオセンのことなんて俺は知らないぞ」
「いや知ってるでしょ、喧嘩でもしたの?」
「してないぞ。……ムカつくだけだぜ」
「そっかぁ、匠はらだおのこと嫌いなんだなー」
煮えきらない思いを嫌味にして吐き出していたつぼ浦にオルカの無邪気な声が突き刺さった。
「ア!?ち、ちげぇ、そうじゃねぇ」
とんでもなくまずい方向に誤解されている。青井がみんなに好かれることが不満でふてくされていたのに、オルカの解釈は真逆だった。
「ん?嫌いじゃないのかー?匠のキモチ、よくわからないぞ?」
オルカは眉をひそめてつぼ浦の顔を見上げる。つぼ浦は自分がチグハグなことを言っている自覚はあった。しかし二人の前で本音を言うこともできず、ただ唇がワナワナと震える。
「アイツは、そんな……いい人間じゃねェ!極悪人だ!!」
そして大声で叫んだ。悔しさと嫉妬心が胸の中でミシミシ音を立てる。
「ど、どしたの、なんかあったの?」
「いつも俺のこと手玉に取りやがってよォ、好き勝手しやがって、ずっと腹立ってたんだぜ!」
あっけにとられる二人の前で、つぼ浦は拳を握りしめて罵声を吐き出す。
みんなこれ以上好きにならないでくれ、俺からアオセンを奪わないでくれ。その本音をかりそめの憎悪に隠してまた壁を殴りつけた。
「んー?対応課されてるときなんかあったのかー?」
「そんなに嫌になることされたの?まぁ確かにらだお先輩、たまに話聞いてないところあるけど」
「そ、そうだぜ、耳も遠いんだ!ジジイだからな」
「うわ怒られるよ、それ聞かれたら。そんなに嫌いなの?意外だな」
「き、きら……っ!?チクショウ、違ぇんだそうじゃ……ンがーーーッ!!」
吠えながらバットで横のゴミ箱をボコボコに叩きのめしているつぼ浦のことを二人は唖然と見守る。あまりにも情緒不安定だ。とにかく噛みつきまくる様子は不審者相手に吠える小型犬のようだ。
「お、落ち着けよー!オルカたちが話聞くからさ」
「アオセンは悪いやつなんだ!」
「うんうん」
「悪いやつなんだよ!」
「うん……具体的に?」
なにしろつぼ浦は青井のことが大好きなので、単純な言葉でしかネガキャンができない。そこをまるんに踏み込まれて言葉に詰まった。
「ヘ……リしか上手くねぇ」
「わりと充分じゃないかな、それだけで」
「料理とかできないんだぞ、ぜんぜん、ああ見えて」
「そーなのか?らだおが料理できるって言われるほうがオルカはびっくりするぞ?」
「顔だって、ぜ、全然カッコよくねぇし」
「そうかー?前の式典のときに見たけどらだおって結構……」
「んなことねぇ!!アオセンはカッコよくなんてねぇんだ!!」
オルカの言葉でつぼ浦はまたしても火がついたかのようにバットを振り回して暴れた。目の前で青井を褒められるのが耐え難いくらい辛かった。本当は喜ばしいはずなのに、泣きそうなくらい悔しかった。
「間近で見たらシワとかあるし、いつも寝癖もひでぇし本当、全然なんだぞ!」
喚き散らしながら、鼻の奥がツンと痛くなった。
青井の素顔はつぼ浦が一番よく知っている。あの優しさの中に冷たさも潜む目がつぼ浦を見ると情けないくらいへにゃへにゃになるのも、愛おしそうに微笑むときの口角も、全部全部知っている。
そしてそれを誰にも知られたくなかった。
「だから、みんなが好きになるような、そういうヤツじゃ……」
うつむくつぼ浦から力のない声が漏れた。今までの威勢は消え去って、ズビッと鼻をすすってさえいる。
その時つぼ浦と付き合いの長い二人は光の速さで察した。これはアレだ、愛情の裏返しだと。
「そ、そうだね、えーっとつぼ浦はらだおさんのことよくわかっててすごいなー」
「んー、オルカよくわかんないけど匠のこと一番良く考えてるのもらだおだと思うぞ!」
青井のことが好きでおかしくなっているのだろう、と察した二人はつぼ浦の背中をポンポン叩く。寝癖がどうのとか言ってたしきっと重度の惚気なんだろうな、まさかこの二人がな、と気づいたがまるんは口には出さなかった。
「んなこと、ねぇよ……」
しかし慰められてもつぼ浦はしょげたままだった。つぼ浦が青井を一番わかっていて、そして青井に一番わかられているのは当然の事実だ。だからこそそれ以外のすべてが恐ろしいのだ。
嫌だ、誰にも取られたくない。その言葉を最後まで言うことができず、つぼ浦はオルカにもらったティッシュで鼻をかんだ。
3
今日も可哀想な犯人をプリズン送りにして、つぼ浦は牢屋を出てガレージに向かった。人質の解放条件で自転車チェイスを要求されて、銀行からギデオンまでチェイスをする羽目になったところだった。足は疲れ果てたが無事勝利することができ、妙な達成感を携えてつぼ浦は機嫌よく鼻歌を歌っていた。
『つぼ浦ぁ』
不意に青井の声で一言だけ無線が入って切れた。ご機嫌な気分が中断され、『なんすか』と答えてみたが一向に返事は帰ってこない。
なんとなく、嫌な予感がしてつぼ浦はマップを見た。警察官のシグナルを探す。本署周りの無数のシグナルに青井の名前はない。ぽつんと離れた北の果て、パレト銀行のあたりにあるのをようやく見つけた。
そういえばだいぶ前に警察ヘリが一機、北に向けて飛んでいた。真面目な青井は僻地のパレトの対応でもわざわざやってるのか、と思ってつぼ浦の緊張が溶けた。しかし念の為に無線で呼びかけても反応がなく、電話をかけても出ない。
胸騒ぎがした。つぼ浦はガレージから愛車のジャグラーを引っ張り出し、急いで乗り込んだ。なにしろ青井がつぼ浦を無視するわけがない。これは緊急事態だった。
「……俺のことからかってんなら許さねぇからな!」
アクセルを踏みながら以前の会話を思い出してつぼ浦は苦い顔になった。不安がらせて、愛を試すなんて許しがたい。自分はこの程度のことでも飛んでくるのだぞ、ということを見せつけるためにつぼ浦はエンジンを唸らせて高速を猛スピードで北上した。
*
長い長い高速道路をぶっ飛ばし、ようやく北の街が見えてきた。砂色のジャグラーが砂煙を上げながらカーブを曲がる。銀行から少し離れた空き地に警察ヘリが停まっていた。そして銀行前の駐車場には赤いスーツの人影と、黒っぽい服の警察官が一人。
「アオセン、なにやってんだ?!」
ジャグラーから飛び降りてつぼ浦は人影、つまり青井に向けて叫んだ。振り向いた青井は面白くなさそうに両手を上げている。
「ごめんねーつぼ浦」
「ぉおいつぼ浦?!なんで来たんだ?!」
すまなそうな青井の声と、それをかき消すほどのハンクのとてつもなく嫌そうな声。どうやら餡ブレラの面々がパレト銀行強盗をやっているようだ。ちょうど大金庫の中身を取り出すフェーズに入ったようで、ドリルの音が外まで響いている。表の騒ぎを聞きつけて玄関からウェスカーが出てきた。
「あら警察来ちゃいましたか。でももう終わるんで、お開きですよ」
「アァ?どういうことだ?」
「これ歪み対応だったの。だから現金回収し終わるまでは警察は介入できないんだけど……」
つぼ浦が「それにしては遅かったな」という顔をしているのに気づいて青井はため息をついた。
「なんか流れであのミニゲームいっぱいやらさせられてたの!」
「だって実際歪みを見てもらったほうが早いし、また歪んでらだおきゅんに来てもらうのも申し訳ないでしょ?」
「さすがらだおさんでしたよ、ルールの飲み込みも解くのも早かったですね~!ね、入りましょうよ餡ブレラ」
「いや~ちょっとそれは」
「あなたの才能を活かせるのは警察よりもギャングだと思いますよ?」
「やめてくださいよ本当に」
ウェスカーに拳銃で肩を押されて青井はモゴモゴ否定の言葉を吐き出している。つぼ浦は背中のバットに手をやろうとして悩んだ。下手に刺激するのは得策ではない。
「ていうかつぼ浦、なんで来たんだよ!歪み対応だから通報は行ってないはずだぞ」
「あー、俺が無線で名前呼んじゃったから」
「さっきのアレか?そんなのだけで飛んできたのか??しかも車で?!とんだ忠犬だな……」
「うちのつぼ浦はあれくらいでも見逃さないんで」
胸を張る青井の後ろでハンクが呆れた声を上げている。いつもの茶番の気配を感じつつも、相手はギャング、しかもボスもいる。つぼ浦はとりあえず情報を掴もうと青井に話しかけた。
「なんで俺呼ぼうとしたんだよ」
「埒が明かなくなりそうだったらつぼ浦にムチャクチャにしてもらおうかと思って」
「んだよその修学旅行で腹立つ教師の部屋にねずみ花火投げ込むみたいなやつはよォ」
「え、なにそれやったことあんの?」
「あるぜ」
「やば、こいつ」
ドン引きしているハンクには目もくれず、つぼ浦は青井に銃を向けているウェスカーを睨みつけた。
「……アオセンのこと人質にしてんのか?」
「いえ、なんとなく銃を向けたらたまたま手を上げてくれてるだけですよ。らだおさん人質にしたらまた警察総動員の大騒動になっちゃいますから」
「アァ?てことは人質無しでパレトやってるってことでいいんだな?」
「それでもいいですよ?うっかり人差し指が動いちゃうかも知れませんけど、ね」
ギャングのボスらしい、サディスティックな笑みだった。法の抜け道のようなところを突かれてつぼ浦は返答に迷ってしまった。青井はつぼ浦おなじみの”特殊な”解決方法を期待していたようだが、さすがに人質(仮)に取られている相手が青井ではつぼ浦もすぐには行動できない。
応援を呼んだらややこしいことになる。青井が人質だと知ったら飛んでくる警察官は山ほどいる。それが更につぼ浦の心をざらつかせた。
不真面目そうに両手を上げている青井を見ていると、つぼ浦の腹の奥からだんだん何かがこみ上げてきた。形を掴めないその感情が言葉になる前に顔に出た。
「つぼ浦大丈夫だからね、さっきからずっとこんな感じなんだよな」
青井にたしなめられてつぼ浦は自分がとてつもなく醜い顔で睨みつけていたことに気づいた。怒りとも憎しみとも違う、それらをもっと地獄のように煮詰めた黒いものがドロドロと奥底から溢れてくる。
「本当に狂犬だな、こんな融通の効かない部下はもういいでしょ?」
「それは……ちょっと聞き捨てならないですよ?」
ウェスカーにつぼ浦を貶されて青井の声が少しピリついた。それを見てつぼ浦の背中を冷たいものが駆け下りた。こんな状況でも青井は唸り声をあげてつぼ浦を守ろうとしている。それを見ていると余計に苛立ちが増してきた。
「でも何もできないでしょう?一言「ギャングに入りまーす」って言ったらすぐ解放してあげられるんですけどね」
「だからそれは困るんですよねー」
青井はのらりくらりと執拗な勧誘をかわしている。つぼ浦は拳を固く握りしめた。
どす黒い感情の正体、それは強烈な嫉妬だった。
いつぞやの会話がつぼ浦の脳裏をよぎった。青井が目の前で声をかけられていたら、自分は何をすると答えたのか?
「え、ちょっとつぼ浦……?!」
瞳孔のかっぴらいた顔でつぼ浦が右の拳を掲げて青井に近づいてきた。ウェスカーはもちろん、青井が静止する間もなくその拳が振り上げられ、力いっぱい鬼の顔をぶん殴った。
「俺が好きなら断れよッ!!」
飛んでる鳥も気絶して落ちるほどの大声が響き渡り、ふっとばされた青井が地面に砂埃を上げて倒れ込んだ。衝撃でヘルメットが飛んで、痛ぇ~!と呻いている。つぼ浦はすぐさま飛んでいってその肩を抱きしめた。
「お、お、おれ、おれのだからなっ!!」
そしてウェスカーとハンクを交互に指差して、ツバを飛ばして喚き散らした。とんでもない行動に出ていることはつぼ浦も頭の端のほうで理解していた。顔も頭も指先までもが焼けたように熱く、今どんな表情をしているのかは考えたくもなかった。すがるように、いや守るように青井の肩を抱きしめて、声も出なくなった唇をわななかせて、ただ威嚇するように指だけを指し続けた。
あたりの空気が色んな意味で凍った。殴られた頬を押さえていた青井が真っ先に我に返り、ぱぁっと笑顔になってつぼ浦に抱きついた。そして血の滲む唇をつぼ浦の半開きの口に押し当てた。
「ン゛~~?!」
パニックになって逃げ出そうとしたつぼ浦を青井が固く抱きしめて離さない。恥ずかしさでつぼ浦が完全にパンクした頃に青井はやっと口を離し、ウキウキの笑顔でウェスカーたちを見上げた。
「すいませんねぇ、俺を引き抜こうったって無理ですよ。うちの番犬が黙ってなくて」
青井は高揚を隠さず、意識まで手放したくなっていたつぼ浦の胸元を指先でトントン叩いた。
番犬、という思いがけないワードだけは破裂寸前のつぼ浦の頭にも入ってきた。自分が犬なら誰にどう噛みついたんだ?そんな事を考えかけたつぼ浦の頬を青井が両手で挟み込む。
「ごめんね、つぼ浦。不安にさせちゃって」
空色の目は愛でいっぱいだった。その目に映る不安げなつぼ浦の顔がクシャクシャになる。
「……こ、怖かねぇし!!」
「大丈夫。俺にはお前しかいないよ」
そう言いながら青井はつぼ浦の首筋に顔を埋めた。そのままスリスリ顔を擦り付ける。無数のハートマークが飛び散るさまをギャング二人がぽかんと見守る。
「え、あ?君らそういう感じなんだ……」
たいへん気まずそうなウェスカーのことはチラリとも見ず、青井はまるで見せつけるかのように甘い言葉をデレデレと吐き出す。
「帰ったら今日もい~っぱいセックスしようね。つぼ浦の好きなところぜーんぶキスしてあげる」
「あ、あお、あおせ……」
「ねー?つぼ浦は俺が大好きなんだもんねー?俺も大好きだよ、お前の全部が♡」
「うわぁ……」
どちらもグラサンやマスクで表情は見えないはずなのに、つぼ浦にはウェスカーとハンクがとんでもないものを見る顔をしながらゆっくり去っていくのが見えた。人前でイチャイチャしている恥ずかしさを受け入れるにはとっくに脳が焼ききれていて、つぼ浦は不安から解き放たれた安堵と青井の熱にただ抱きしめられていた。
金品の詰まったダッフルバッグを抱えた赤い服のギャングたちがいそいそと車に乗って逃げていく。それはどこかよその世界の出来事のようで、そんなことより二人はお互いを見つめるのに忙しかった。
「は、ずか、しくて、しぬかとおもったぜ……チクショウ」
頬を真っ赤に染めてつぼ浦が訴える。知っている人の前でキスまでされた上に恥ずかしいことも暴露されたのだ。青井の愛と嫉妬の深さを甘く見ていた。恋人に愛される喜びを噛みしめるにしては主に社会的な意味での代償が大きすぎる。これからしばらく餡ブレラの対応はしたくないなとつぼ浦が歯ぎしりする一方で、青井は呑気なものだった。
「そぉ?わかってもらえたみたいで嬉しかったけどなぁ」
「わかられなくていいだろ、別に!……ほかのやつにあんなこと言うなよ」
「えー?あんなことってどれ?」
「いっぱい、その、セッ……」
「ふ、はははっ、それ?お前にしか言わないよ。どこまで信用ないの?俺」
つぼ浦の髪を指でサラサラいじりながら青井が笑う。それでもつぼ浦は眉をひそめたままだ。
つぼ浦が信用できないのは外野のことだ。目の前で青井が悪に勧誘されていて、しかもきっぱり断らないのを見て頭が真っ白になってしまった。
青井はむくれたままのつぼ浦に気づいてその膨れた頬を指でつつく。
「本当にありがとね。また今みたいに誘われてたらつぼ浦、断ってくれる?」
「ア?!あ、あんな恥ずかしいのぜってぇやんねぇ!!アオセンなら自分で断れるだろ!!」
「……すぐに断れないこともあるんだよ」
「っ、んなこと……」
「今のとか絶対無理でしょ、口プ弱いし」
青井とてつぼ浦に見せつけたくてのらりくらりしていたわけではない。ギャングのボスに銃を突きつけられて、うっかり機嫌を損ねて北の果てでダウン通知でも出たら大騒ぎだ。大人とは厄介なものだ。つぼ浦もそれは理解できるが、納得はできず口をモゴモゴさせる。
「特殊刑事課なんだからさぁ、ロケラン撃って全部ナイナイしてくれても良かったのに」
「本当か?なら次からそうするぜ」
「あ、やっぱりナシで、それ絶対俺もダウンするやん!?」
「当たり前だぜ、俺はこうなったらアオセンを殴るって決めてるからな」
「なんでだよっ」
「アオセンが悪い!アオセンがぜんぶ悪い!!」
色んな感情が溢れ出してつぼ浦は青井の胸をポコポコ叩いた。駄々っ子になってしまったつぼ浦を抱きかかえて青井は困ったように笑い出した。
「ごめんね、心配かけちゃって。でもつぼ浦が噛みついてくれて助かったよ」
「チクショウ、なんでそんなモテるんだよ!」
「えー、これモテとかじゃないでしょ。俺ってばちょっとヘリがうますぎるからかな~、一旦」
「……もっかいぶん殴るぞ」
「なんで!?」
わけがわからない、といった面持ちの青井の腫れた頬をつぼ浦は軽く小突いた。
青井はいつもつぼ浦のことを過剰なまでもの嫉妬の牙で守ろうとしてくれる。ならその青井に寄りつく周囲の羨望を弾き返せるのは?
「誰にも渡さねぇからな」
「へぇ、こんなにお前のことしか見てないのに?」
「他の奴らが見てんだよ!!」
「じゃあその時は頼むよ」
「任せとけ、思いっきりぶん殴ってやるからな」
「だからなんで俺なの?!」
情けない声を上げる青井に二の句を継がせまいとつぼ浦は強く抱きついた。
きっと青井はいつまでも気づかない。つぼ浦を見つめるあまり自分の価値に気づかない青井を守り、威嚇し、そしてその手にしこたま噛みつけるのはつぼ浦しかいないのだ。
「……俺も絶対渡さないからね」
青井の手がつぼ浦の背中を優しく撫でる。
わかりやすく唸り声をあげる大きな番犬と、ここぞというときに噛みつく小さな番犬。二人の世界を守るために、今日も二人はお互いの背後に吠えかかるのだった。
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恋人がモテすぎるのは困るよね!しかもその自覚がないのはもっと困るよね!!しかもしかもお互いに自分の価値をちゃんと把握してないぞ!!?!というお話でした
つぼ浦は恋愛苦手だしシンプルに恋愛自己評価低そうだけど、今作の青井はつぼ浦のことが好き過ぎるあまりそれ以外が一切眼中に入っていない恋愛バーサーカーでしたね…なんで殴られるのが自分なのかずっとわからなそうです、お幸せに…
繁忙期が終わったのでまたぼちぼち書ければと思います~
コメント
5件

最高です、、!ストグラめちゃくちゃ好きなので嬉しいです!!ありがとうございます!!
うわぁ…つぼ浦の嫉妬、重くて苦しくて、でもすごく伝わってきたよ…。青井が誰にでも優しくて、しかも本人に自覚がないから余計に辛いんだね。カフェでイチャイチャしてるのに、他の人に青井が取られそうになるだけで胸がギュッてなるのがわかる。最後の銀行前で「俺が好きなら断れよッ!」って殴っちゃうとこ、感情が爆発しちゃったんだなって…😢 でも青井がキスして「俺にはお前しかいない」って言うシーンで全部報われた気がした。小さな番犬、最高に愛おしいよ…!