感謝のリクエストコーナー

🟦🏺に絡むvan/エイのうらがわ様より

炎天下、蝉の鳴き声がやかましく木霊していた。

ジリジリと照りつけ体力を奪う日差しにゴンと鈍い音が響く。レギオンの誰もが振り返った。鬼のフルフェイスヘルメットがカラカラ音をたててアスファルトに転がる。

「アオセン生きてますか〜」

「あぢぃ……」

「だと思うぜ。動けます？」

「……死ぬ」

青井の返事がワンテンポ遅いので、つぼ浦はしゃがんで童顔を覗き込んだ。ふつふつコメカミから浮いた汗が顎まで流れ、硬いアーマーにポタリと落ちていく。水滴はすぐに蒸発して消えた。防弾チョッキは屋台の鉄板みたいに熱されていた。

「干からびたミミズになりますよ」

「もー……動けん……」

「しゃあねえな」

つぼ浦は躊躇いなく青井のアーマーを剥ぎ取ってワイシャツまで脱がせた。白い肩はむわりと蒸気が出そうなほど真っ赤で、黒いタンクトップが肌に張り付いている。

過度な発汗だ。意識あり、自力で立てないが痙攣はしていない。軽度から中度の熱中症だろう。

救急車を呼ぶ前に応急処置をするべきだな、とつぼ浦は頷いた。

青井の肩を掴んで、うつぶせに転がす。

「ちょっとあちいっすよー」

「おえー」

「ピングー？」

胴体を両肩で背負って、ずり落ちないよう右手右足をまとめて掴んだ。戦場みたいな担ぎ方だ。空いた片手でトランシーバーを弄り警察無線に繋げる。

『つぼ浦です、アオセン暑さで死にました。ここ二人大型行けないです』

『意地でも行くんで皆耐えてー……』

『あっコイツ！　無理だぜ大人しくくたばれ！　じゃないと死ぬぜ！』

無線からは心配混じりの笑い声が返ってきた。

つぼ浦は走って奇肉屋の前に青井を放り投げる。力任せに扉を開けば、冷たい風がサァっと足元を流れて行った。肉屋特有の寒いほどの冷房だ。

「誰かいるかー！　氷くれー！」

でかい声で叫びながら、つぼ浦は手持ちの水をバシャバシャ青井にかけた。青い髪が一段深いダークブルーに染まる。生ぬるい液体が皮膚を濡らし体を冷やしていく。

青井はゆっくりと瞬きをしながら、震える手をつぼ浦に伸ばした。つぼ浦は「おう」と言ってペットボトルの蓋を開ける。

「持てる？」

「無理……」

「オケ」

つぼ浦はそっと青井の唇に飲み口を寄せた。顎を上げるのに合わせて傾ければ、気泡と引替えに水嵩が減っていく。

青井の喉がぐっと詰まるのが見えた。途端、堰を切ったようにバシャリとアスファルトに水が吐き出される。つぼ浦は慌てて背中をさする。

湿った咳はしばらく続いた。

「ウ゛ェー」

「わり」

「鼻いてぇ……」

「ごめんて」

青井がもう一度ぱかと口を開けた。

「マジ？　飲めます？」

「ン」

青井が頷いて強請る。つぼ浦は残りの水を口に含んで、飲み込まず青井と唇を合わせた。応急手当の枠に収まらない、親鳥のような献身だ。

つ、と青井の顎に唾液混じりの水が垂れていく。

「もっと」

「ハイハイ」

つぼがもう一度水を呷る前に、青井がつぼ浦の首に手を回した。カランとペットボトルが転がってアスファルトに水たまりを作る。

溶けそうなほど熱い舌がつぼ浦の唇を舐めた。震える肩を咎めるように、青井がジッとつぼ浦の目を見つめる。

「もっと」

気温のせいだけじゃない熱があった。早鐘のように心臓が鳴る。鼻が擦れ合うほど顔が近いせいで、濡れた青井の髪がつぼ浦の頬にぺたりと張り付いた。たったそれだけなのに胸の奥に途方もない何かがこみ上げてくる。色気、とか言うんだろう。多分。

つぼ浦がおずおず薄く口を開けばかすかに舌先が触れ合った。

「っ」

一瞬こわばる体を青井は優しく撫でた。体温を合わせるようジィと緩く吸う。

つぼ浦の下腹部が何故だか重たくなって、耳の裏に鳥肌が立つ。続きが欲しくて青井の舌をやわと食む。

そこからは白昼堂々、あまりにも熱烈なキスだった。

氷を持ってきた揚物ころもは残像が残るくらい二度見したし、レギオンで駄弁っていたキングスターダイヤモンド・ズズは決めポーズのまますっ転んだ。マクドナルドだけが「ｱ゛↑ハァ、ちょっとぉ昼間rsよォ！」とカメラを構える。

最後にひとつリップ音を立てて、2人の唇は離れた。艶めかしい唾液が名残惜しげに糸を引く。

「ゴチ」

「ボケナス病人が大人しくしとけゴラァ！」

熱中症が移ったように、つぼ浦は顔を覆ってその場に寝転がる。余韻で膝が震え、すっかり腰が砕けていた。

『#バカップル』はこうして瞬く間にトレンド入りしたのである。

夜道をヘッドライトの光が照らし、自転車を漕いでいたつぼ浦の隣にSPORTS IGNUSが停まる。

「あ？　誰だ？」

運転席の窓が小さな駆動音とともに降りていく。白髪が見えた。続けて黒いサングラス、シワの刻まれた壮年の顔が現れる。品の良いスーツまで見えれば間違いようがなかった。

つぼ浦はハンドルに体を預けて鼻で笑う。

「なんだ半チャーハンかよ」

「ハハハ」

ダーマーは訂正もせず、上を向いて肩を揺らした。

「なんだよ、気味悪いぜ」

「何、愉快な噂を聞いてなぁ」

「ハァ？」

「夜な夜な青井らだおと楽しい思いをしているらしいじゃないか」

つぼ浦の自転車がギイと音を立てる。

「……どこで知ったんだよ」

「どこでも聞けるさ。街中この話題で持ち切りだ」

「あーくっそ」

「ハハハハ、で、どこまで進んでるんだ？」

「何でオメーに言わなきゃならねえんだよ」

「お前たちが浮かれて腑抜けているかの確認さ」

「はっ、なら残念だったな！　俺たちはそんなヤワじゃねえぜ！　最後まで行けてなくても全然問題ねぇ！」

「ほーお」

「時間ちゃんと区切ってやってるしな！」

「へぇ」

ロスサントスの夜は暗い。怪しげなネオンライトが地面を紫色に染めていた。

「欲求不満だったりはしないのか？」

「ないぜ。そもそも俺はそんなに興味ないしな」

「ほぉ……。となるとらだおさんの方が」

「意外だよな」

「私としては、お前が淡白な方が意外だがな」

「まじか。……詳しくないんだよなー、ああいうの」

ダーマーが煙草を咥える。胸ポケットからジッポライターを探り当てる前に、つぼ浦は手のひらをダーマーに向けた。

アロハシャツの内ポケットから100円の安いライターを取り出す。青井と付き合い始めてから出来た習慣だった。シュと火打石の擦れる音と共に、青い炎が煌々と揺らめいてつぼ浦とダーマーを照らした。差し出された煙草の先端を炙ればほのかに甘い煙が鼻を掠める。

古い映画のワンシーンみたいに、ダーマーはフウと煙をつぼ浦に吹きかけた。

「教えてやろうか？」

「あ？　冗談キチイぜ。オジイチャンには無理だろ」

「煽るな、後悔させるぞ」

「……まさか詳しいのか？」

「勿論」

「まじか！」

つぼ浦がぱっと窓枠に腕を乗せて身を乗り出した。

「なら頼むぜ、俺とアオセンだけじゃ無理だと思ってたんだよ」

「いいのか？」

「あ？　何がだ。汚職には当たんねえぜ」

「……乗れ」

「おう。警察署行ってくれ」

「家やホテルじゃないのか？」

「そこまで時間ないからな」

「へえ」

ダーマーは顎をさすった。青井とつぼ浦は随分オープンというか、いや最近の若者の傾向なのかもしれない。

「……」

「お前マリオでいいか？」

「なんだこれは？」

巨大なテレビの前にJoy-Conが二つ並んでいた。つぼ浦は慣れたように電源を入れ、片方をダーマーに投げる。

「SUPERMARIOBROTHERS WONDER」

「なんて？」

「ゲームだよゲーム。お前だろ詳しいって言ったのは」

「ゲーム」

「おう。俺とアオセンじゃクッパが倒せなくてよ」

「クッパ……」

「あ、ヨッシーとトッテンはナシだぜ」

「専門用語が多いな」

「なんだよ、やったことないのか」

「ない」

つぼ浦は両手を叩いてソファの上に立ち上がった。デカい声で「ハーッ！」と笑う。

「だと思ったぜ！　携帯の使い方も怪しいワクワクオジイチャンが見栄張りやがって！　ちゃんとエアコン毎晩つけてるかってんだよぉ！」

生き生きした罵倒だった。ダーマーはリボルバーの銃身を下向きに折り曲げ、弾倉にパチンパチンと弾を込めていった。骨董品のエンフィールドリボルバーだ。美しい銃身にため息をつきながら、ダーマーはグリップでつぼ浦の頭をぶん殴ろうとした。

「なーにやってんだお前らー」

一触即発の惨事を止めたのは気の抜けた青井の声だった。

「お、アオセン」

「タイミングの悪い……」

「何してんのマジで？　ヴァンさんここ警察署の中なんですけど」

「コレに誘われましてね」

「指差すな爪剥ぐぜ」

「殴るぞお前」

「つぼ浦はギャングよりギャングらしいこと言うのやめようなそろそろ」

「勿論です。特殊刑事課だからな」

「会話が成り立っていない。一度病院で精密検査したほうがいいんじゃないですか？」

「あー、うん。まあ否定出来ない……」

「なんでっすかアオセン」

「ちょっと前の言動振り返ってみて」

「俺は過去を振り返らねえ主義です」

「経験にすら学ばない者をなんと呼ぶか知ってるか？」

「キャップ」

ダーマーと青井が口元を押さえて同時に笑った。

「お前キャップはずるい！」

「上司を生贄に捧げるのやめろつぼ浦ァ！」

「なんすかなんすかァ」

青井とつぼ浦の無線から、ピピッと通知音が鳴る。

「あっ、カージャックだ。俺行ってきます」

「俺も行こうか？」

「や、どうせすぐ大型来ますよ。ヴァンダマンの介護お願いします」

「はいよー」

「誰がヴァンダマンじゃ」

「いってらー」

「うーっす」

つぼ浦はアロハシャツを翻してバタバタ走り去っていった。赤と青のパトランプが完全に見えなくなるまで、青井は窓を見ていた。

「……で、ヴァンさん。なんでここにいるんですか？」

「いやあ、好奇心だったんですがね。……私からも質問いいですか？」

「どぞ」

「つぼ浦とは、まさか、その」

青井は物凄い勢いでダンと机を叩いた。木製の天板にヒビが入る。鬼面すら陰で黒くなるほど深くうなだれる。八つ当たりだった。

「……告白は、したんすよ」

「はい」

「返事も貰ったんすよ」

「なるほど」

「デート前に犯罪が起きるんですよこの街」

「あっ」

「休憩中も実質待機時間っていうか、パトロールした方がいいよねみたいな空気で」

「け、結局どこまで行ったんですか」

青井は黙って首を横に振った。

「無残な……」

「お互いの休憩時間擦り合わせてなんとかゲームしてるんですよ」

「あぁー、なるほど」

「で、今日来たらヴァンさんがここに居た俺の気持ち想像できます？」

「大層驚いたでしょうなぁ。不憫なことに」

「どうも」

青井は肩をすくめて両手を天井に向けた。

「まあ、いいんですけどね。惚れた弱みだし」

「こうなることは覚悟の上だったと？」

「はい。お互い家帰れないほど忙しいっすからねぇ」

「ほーお」

「ヴァンさんも原因の一端ですからね？」

「ハハハ」

青井はダーマーの腕を掴んで、サングラスの奥をじっと見た。身をよじりもせずダーマーは小首をかしげる。

「なんですか？」

「原因なんだよなーって」

「私に責任を取れと？」

「はい」

「……」

「何だかんだ、真剣に相談したら乗ってくれる人だと思ってるんで」

時計の針が動く音が聞こえるほど静かな時間が流れた。鬼面の奥で青井は瞬きすらしていない。警察がギャングボスに向ける歪な信頼だ。

胸がかゆくなる。ダーマーの舌打ちが響いた。

「……MOZU構成員の犯罪を3回見逃し」

「汚職はちょっと。連絡貰えたらヘリ無しでどうですか？」

「ではそれに加えて、マトリどもを抑えてもらいたい」

「努力目標で良ければ」

「いいでしょう」

「やった」

弛緩した空気にダーマーはため息をついた。詐欺師に騙されて毒でも飲んだような気分だった。うなじで両手を組んで天井を仰ぐ。

「貴方は悪い人だ」

「どこがっすか」

「人を使うことに躊躇いがない。ギャングに向いてますよ」

「俺は警察官っすよ。これからもね」

「つぼ浦匠と言う男に惚れたからですか」

青井はソファに寄りかかって肩を丸めた。恥ずかしそうな声で「ええ、まあ」と言って咳払いをする。

「曲がんない正義っていうのかな、ひねくれてはいるんですけど。眩しくて、隣にいるだけで胸が熱くなるような」

鬼面を脱いだ青井の顔は、幸せそうに緩んでいた。

「アレ好きにならない人間っているんですか？」

「犬も食わない話はやめてもらいましょう」

「ははは、市長の犬は俺らなんすけどね」

「同僚だって聞きたがらないでしょう」

「喋らないっすよ、そりゃ。つぼ浦のこと好きになっちゃ困るんで」

青井の無線機から通知音が鳴った。何かの犯罪が起きたのだろう、鬼面を被りソファから立ち上がる。

「ならなぜ私には？」

「ヴァンさんはつぼ浦のことを気に入っているけど、特別にはしないから。つぼ浦も犯罪者とは一線引きますしね」

「……悪い人だ」

青井の言葉はどこまでも正しかった。警察官はすべからく真っ直ぐなつぼ浦の気質を気に入っていたし、ダーマーが懐に入れたのはMOZUの部下達だけだ。つぼ浦もダーマーも見透かされている。

その上で利用しようという青井のしたたかさを、ダーマーは気に入っていた。

スマートフォンの画面をいくつかタップして友人へ電話をかける。MOZU主催のギャング交流会なんて日があっても悪くはないだろう。

「あーもしもしウェスウェス？　今暇？　うん、もし暇だったら――」

「頼みましたよ、ヴァンさん」

青井が背を向けたまま警察署の扉を開けた。

ダーマーは答えずにひらりと手を振った。

抜けるような快晴に入道雲が立ち上る。眩しいほどの青空の下、自転車を漕いでいたつぼ浦の隣にSPORTS IGNUSが停まった。

「あ？　誰だ？」

運転席の窓が小さな駆動音とともに降りていく。白髪が見えた。続けて黒いサングラス、シワの刻まれた壮年の顔が現れる。品の良いスーツまで見えれば間違いようがなかった。

つぼ浦はハンドルに体を預けて鼻で笑う。

「半チャーハン！」

「ハハハ」

ダーマーは訂正もせず、上を向いて肩を揺らした。

「なんだよ、気味悪いぜ」

「何、愉快な噂を聞いてなぁ」

「ハァ？」

「青井らだおとのデートは楽しかったか？　ん？」

ガシャン、と自転車が倒れる。つぼ浦の顔は真っ赤に染まっていた。

「どこまで進んだ？」

「て、めぇ、なんでそれっ」

「どこでも聞けるさ。街中この話題で持ち切りだ」

「こ、殺す！」

ダラダラ汗をかきながらつぼ浦はロケランを逆手に構えた。バットのように振りかぶり、砲身でぶん殴ろうとする。

「うちのつぼ浦になにしてるんですか～？」

一触即発の惨事を止めたのは気の抜けた青井の声だった。流れるようにつぼ浦の腕を掴んで手錠をかける。

「グワーッ！　アオセン放してください！」

「どちらかというと、コレに殺されるところでしたがねえ」

「殺されるようなこと言ったんじゃないですかヴァンさん？」

「おやおや、恐ろしい顔だ。ナニ、浮かれているようだから腑抜けているかの確認ですよ」

「そうだったらどうなるんです？」

「我々のビジネスが捗るだけです」

「そりゃ見逃せないですね」

「おや、捕まえます？」

「……」

青井は自身の乗ってきたヘリを顎で示した。

「ここでチャラでどうっすか？」

「まあ、良いでしょう。代わりに」

「あー、はい。努力します」

「よろしい。では私はこれで」

「悪いことしないようにー」

ダーマーは車の中で声を殺して笑った。お互い様じゃないですか、とはつぼ浦の手前言わないでおいてやる。

特別ではないけれど気に入っている二人への餞別だった。

「……アオセン、ダーマーに借りでもあったんすか？」

「なんで？」

「会話的に。汚職なら俺が切符きりますよ」

ニヨニヨ笑うつぼ浦を、青井はキスで黙らせた。