「というわけで、特別ゲストの女神様再登場! 苦情コーナーのお時間でーす!」
「ええっトークライブ続いてるの!? っていうか苦情!?」
全員で雲に乗って、お茶を飲みながらのんびりと12層を進んでいると、ネフテリアがいきなり大声で騒ぎ始めた。1層でやっていたグレッデュセントを加えたライブを続行したいようだ。
ネフテリアとグレッデュセントを中心に映す光妖精と、俯瞰で全体を移す光妖精の2つに分けた後、イディアゼッターが1枚の紙を取り出した。
「ここに、今まで出ていたヴェレスアンツへの苦情や要望を簡潔にまとめています」
「えええ……」
ここまでヴェレスアンツの悪い部分が表沙汰になった事で、イディアゼッターもこれ幸いとリージョンを改めて貰おうと意見をこっそりまとめていたのだ。
しかし、ゆっくりとはいえ移動しているので、当然ヴェレストは襲い掛かってくる。
「なんか魚の切り身が皮で羽ばたいて飛んできてるんだけど……」
「あれはゲオリードの塩焼きなのよ。骨があったら刺さって危ないのよ。蔦で縛って止めるのよ」
「なるほど。【縛蔦網】。メレイズやっちゃう?」
「はーい」
パフィの適格な指示によってミューゼが捕縛し、メレイズがジタバタする切り身に頑張って攻撃する。
「それでは最初の苦情から」
”いや戦ってるの放置して進めるんかい!”
「『外で食べ物が手に入らない。進めば進むほど飢え死にしそう』だそうです」
”強行しやがった”
ヴェレスアンツでは戦闘に明け暮れる事は出来るが、途中で狩りをして食料を調達する事が出来ない。
「あれ? ジルファートレスではどうやって食料確保してるんだっけ」
「地下に食用の木と畜産の畑があるから、勝手に生えてくるのを収穫して食べれるようにしてあるわ」
”オレ見たことあるけど、動物が畑から生えてくるの見た時は、仲間から「すげえ顔してるぞ」って言われたわ”
”えっ何それ怖い”
ジルファートレスの食糧事情は、1層にのみ肉と木が自生しているようで、2層以降はそれが全く考えられていなかった。食材で構成されている12層はあくまで例外である。
そんな話をしている後ろでは、我関せずと他のメンバーがヴェレストを迎撃し続けている。
「なんかの魚の煮付けが泳いでくるね」
「この辺りって魚料理が頻繁に出てくるのかな?」
”……肉が生きたまま地面から生えてくるのって普通っぽいな”
”そうかも? そうかも”
”いやいやいやいや”
あらゆる物が食材や食器で出来ていて、料理が襲い掛かってくる12層でこの話をすると、流石に誰もが混乱するようだ。
「丁度半分で食べ物あるから、大丈夫でしょ?」
「半分まで何日かかると思ってるんですか」
”そうだそうだ”
”1層ごとが広すぎて無理”
”飛んで最短コースで数日なんだ。食料大量持ち込みでも飢え死にするわ”
”そもそもそんなに持っていったら動けないもの”
「おかしいなぁ……」
多くの人々の苦情コメントを見ながら、グレッデュセントは不思議そうに首を傾げている。
「それなりに強くなれば20日で踏破出来るようにしたつもりなんだけど……」
「1日って、いや無理でしょ」
「ん? イマなんかコトバのウラに、おかしなヘダタリをかんじなかったか?」
ピアーニャが感じた違和感は、以前精神世界でアリエッタがエルツァーレマイアに感じたものと同じである。神と人とでは時間間隔に大きなズレがあるのだ。
人と共に過ごしていると、そのズレは不思議と緩和され、神は自然と人の感覚で動くようになる事が多い。しかし、人の世から隔離された場所では、どうしても時の流れが大きく変わってしまう。しかも時間経過も曖昧で瞬間的な感覚でしかないので、神が1日と数えても、人の世では5日経過している場合から20日経過している場合があったりと、とにかくブレが大きい。
エルツァーレマイアが次元を移動してアリエッタの魂を持ってきただけで100年以上経過したり、アリエッタを森の家に預けて報告の為にちょっと帰っただけで100日程経過したのは、この辺りが原因である。
その事を理解したイディアゼッターは1人頭を抱えてから、おずおずと説明した。
「え? 神の時間とヒトの時間ってそんなに違うの?」
後ろではパフィ達がラーメンのような食べ物を相手に、麺とパスタで激しい応酬を繰り広げたり、水とスープを飛ばしあったりしているが、今は説明を理解するのを諦めた人しか見ていない。
「……つまりどーゆーコトだ?」
「今は神にとっての1日は、ヒトにとっての20日になっていると思っていただければ大丈夫です。しかも日数はグレッデュセントの強さが前提になっていますが」
”それもう人だと何倍かかるんだよ”
”ポータルの場所を知ってる前提でも、12層まで何十日もかかりそうよね”
”うん、無理だな”
「ええ、そんなぁ……」
「人のフリしてたまに遊んでたとの事でしたけど、そこには気づかなかったんですね……」
「申し訳ございません、リージョンを創った時には存在しなかった問題でしたので」
世界創造の時はヒトという存在がいなかった為、神々はこの事に全く気付かなかったのだ。イディアゼッターが人との交流を増やした事で、今初めて発覚したのである。
「それじゃあヴェレスアンツは創り直し?」
「えええええっ!?」
「いえ、このまま改装ですね。最初から創り直すと、何百年かかるか分かりませんので」
「いやあああああ!」
イディアゼッターによって、リージョンのリフォームが決定した。
「さて続いての苦情は」
「ちょっと! 改装って言われて凹んでるんですけど! しれっと追い打ちかけないでもらえる!?」
「自業自得ですよ。ちゃんと創らないからこんな事になるんです」
「ぐぐぐ……真面目に創ったのに……」
「センスがわるかったというコトだな」
「はっきり言うわね……」
ネフテリアとピアーニャは、イディアゼッターの後ろ盾があるので強気である。リージョン自体を改装するという人智を超えた作業には、流石に人は加われないと思い、苦情だけを押し付ける気満々なのだ。
後ろでは、ニオが空飛ぶフルーツタルト相手に奮闘中。魔法の制御の練習なのか、【魔力球】で飛ばされてくるフルーツを1個ずつ消し飛ばそうとしているが、勢い余って本体側の鉄の硬度のタルト生地まで貫通しては泣きそうになっている。
「えー、『他のリージョンのパクりなのは別にいいけど、理由が何も考え無しなのが納得いかない。俺たちの神様としてちゃんと考えてください』」
「ヴェレスアンツじんからのクジョウだな」
「そ、そんな事言われても……」
この苦情については伝えるだけで意味があるが、ネフテリアは遠慮なく追い打ちをかける。
「世界を創るんだったらちゃんと戦う事以外を学んだ方が良いのでは? 他のリージョンのコピーというのは確かに面白いと思います。でも理由が『思いつかなかったから真似しちゃえ』だと、いままでこのリージョンを誇りに思っていたヴェレスアンツ人達が可哀想です」
「ぐ……は、はい、すみませんすみません。うぅ……」
思いのほか心にザックリと巨大な刃が突き刺さったようで、胸を押さえながら俯く女神。
しかし、ネフテリアは可哀想だからと手を緩める事はしない。
「そもそも戦闘しか存在しない造りにするから、長期間の外出と生存が出来なくなるんですよ。趣味をとやかく言う気は無いですけど、攻撃手段と防御手段だけ持ってても、生きる為の料理や身を守る道具とか作れないし、子供の言う通り何も出来ないのと同じですよ? 食べ物が現地で取れないっていうのも、人を寄せ付けなくなるだけなんですよ分かります? そんなんだから何万年も誰にも相手にされない状態が続くんです。どんなに強くなっても人は空腹で──」
いつの間にか前の苦情の説教も混ざっていた。グレッデュセントは「はい……はい……」と力なく頷く事しか出来ない。そこには神の威厳など全く感じられない。イディアゼッターもコメントも、徐々に同情するようになってきていた。
”神様に説教って強すぎだろこの王女様”
(まぁヒトの中では一番神と交流を持っていますからねぇ……すっかり慣れてしまったのでしょうか)
説教している間にも、パフィ達はヴェレスト達の迎撃を続けている。パフィのお陰で安全に仕留める事が出来るので、楽しそうでもある。豆腐を取り除いて代わりに角砂糖を入れるという鬼畜の所業によって、竹輪をタイヤのように取り付けて走ってくる味噌汁の群れを撃破していた。
”あっちの戦闘マジで意味分からん……”
”頭おかしくなりそう”
”ニオたん可愛い、でゅふふ”
しばらくしてスッキリしたのか、ネフテリアの説教は終了。グレッデュセントもコメントもホッとしたが、
「それじゃあ次の苦情」
「うわあああんごめんなさああああいイディアゼッターたすけてええええええ!」
容赦無く次に進もうとした所で、とうとうグレッデュセントの心が折れた。怒られ慣れていない事に加え、下位存在である筈のヒトから精神的に責められた事が衝撃的だったのだ。
「ああはいはい。よしよし頑張って話聞きましたね~」
見かねたイディアゼッターが戸惑いながらも慰める。しかし、
「『休憩する時も警戒しつづけ、力を温存しておかないと戻る事も出来ない。そんなんで道中全力で戦って進めるわけないじゃないですか。バカなんですか?』だそうです」
結局ネフテリアが、次の苦情を読むという追い打ちを実行。
「びええええええええん!!」
結果、ライブ中にヴェレスアンツの創造神が幼児退行して大号泣という放送事故が発生した。