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雨の日だった。
仕事帰り、駅のホーム。
コンクリートに落ちる雨音と、濡れた床を踏む足音。
靴の裏までじんわりと湿っていて、
なにもかも、静かに重たかった。
僕はいつものように、誰とも目を合わせず、
小さく息を吐いて、ホームの端に立っていた。
人の目に映らないように。
気配を殺すように。
……それが癖になっていた。
「ごめん、ちょっと通るよ」
右から声が落ちてきた。
僕は反射的に身体を引いて、道をあける。
通り過ぎると思ったその人が、
僕の隣でふと足を止めた。
「……濡れてるの、平気?」
は?
意味がわからず顔を上げると、
彼の傘が、そっと僕の上に差し出されていた。
「……冷たくない?」
髪の毛が少し明るくて、ピアスが光っていて。
僕よりきっと年下。
でもその目は、まっすぐで――どこまでも、
ちゃんと、僕を見ていた。
なんで。
どうして。
誰も、僕にそんなふうに触れようとしなかったのに。
心が、揺れた。
名前も知らない人に、
こんな気持ちを抱くなんて。
……バカみたいだった。
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