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変な夢を見た。
「分からないかい?」
見た目らしからぬ落ち着いた声で少年は言う。
「…僕はね、全て知っているんだ。君の生涯も葬儀屋の全ても…そして、彼らについてもね」
「彼ら…」
少年は虹色の瞳の中に俺を写して言う。
「特別に教えてあげよう君の名前は…」
「兄さん、聞いているのかい」
しまった、今朝見た夢を思い出していて何も聞いていなかった。
佑夏は俺の心情を読み取ってか顔を顰める。
「えっと…」
「全く…『OUTCAST Paradise』での集団自殺の件について、兄さんは気になることはないのかい?」
ため息をついて言うのは佑夏だ。
最近葬儀屋の事務所近くで起きた、『OUTCAST Paradise』と言われるナイトクラブでの高校生四人による集団自殺事件。
元々『OUTCAST Paradise』は会員制などなく隠れて未成年者の入店も許していた。今回の事件で世間に明るみに出て、クラブは続けるのは難しい…と思ったのだが何故か経営は続いており、未成年の入店も密かにだが許しているようだ。
「気になるも何も…集団自殺、として扱っているなら俺たちの出番はないんじゃないか?」
「そうかもしれないね。でも集団自殺にしては準備が悪い、凶器はクラブの厨房にあった包丁などの刃物類。しかも四人クラブ内でバラバラの位置で倒れている。おかしいと思わないかい?」
確かにそうだ、警察として集団自殺による例は習って来たが、基本的にはまとまって無くなるはずだ。理由としては相互承認、同調圧力などが考えられる。
バラバラで死ぬのなら集団で行う必要性が薄れる。
「なるほどな…被害者達の面識は」
「高校もバラバラ、クラブで知り合ったかそれともSNS上で知り合ったか…」
佑夏は下唇に人差し指を当てて言う。
「あいにく僕にネット関連の知識はなくてね」
「偶然だな、俺もだ」
インスタやらFacebookやら、そういったものに人生一度も触れたことがない。俺を佑夏は顔を見合わせると互いにため息を着いた。
「へいへーい!お困りかねお二人~」
「おや雪都、君は非番だろう。」
腕を組んで佑夏が言った。
「そうなんだけどね、二人ともわかってるでしょ?葬儀屋は今非番とか作ってられないの」
一瞬佑夏の表情が曇った。
昨日の晩のことである。眠りにつく前に一本の電話がかかった。
騰蛇隊から、死者が出たと言う連絡だ。
俺は急いで葬儀屋の事務所に向かった。向かった先で見たのは首と身体が分離した、杏璃の姿。
「これは、一体」
「見落としていた…俺がもっと早く気づいていれば…!」
紗霧が自身の太腿を殴りながら言う。
以前結都から聞いた話だが、杏璃の能力は最大限使うと自身の体も滅ぶと言われるほど危険なものらしい。それを杏璃が使ったということは相当な相手だったと言える。
「敵は一人、のはずだった…けど…もう一人、いた。」
そう口にしたのは雪白だった。
「姿が見えなかった、きっと遠距離戦が得意なやつ…杏璃は紗霧を庇って能力を使った…」
「道國兄さん、再生の力を使ってくれないか。」
遠くから様子を見ていた雫月の声に俺は静かに頷いた。
杏璃に手をかざし、今日人質達に向けてやった「再生」の感覚を思い出す。
傷だらけの杏璃の姿が段々一昨日会った頃の姿に戻る反面。人の命をまるで壊れたおもちゃを適当に直すように、軽く扱っているような気がして心底嫌な力だ。と感じた。
こんな能力、何のためにあるんだ。
「目…覚まさないな…」
首が溶接されたように身体に繋がった杏璃を見て俺は呟いた。自身の能力が生死関係なく再生させることができる能力と知って初めは混乱していたものの、不思議と能力の使い方が体に染み付いている。
「あと三日は目を覚まさないだろうな…兄さんの『再生』は生命そのものを生き返らせる訳じゃないんだ。」
雫月の言葉に紗霧はバツの悪そうな顔をする。
「俺が…俺がちゃんとしてれば…」
「誰も紗霧を責めてはいないだろ…そういえば結都は」
先程から騰蛇隊の隊長である結都の姿が見当たらない。
「帰ってきてから…医療室に籠ってる…多分、あと数日は出てこない」
雪白が眉を下げて言った。
「医療室?」
「葬儀屋の私有地はここだけじゃないよ、ちゃんと地下を通じて別の場所を拠点として使っているんだ。医療室はその拠点にある場所」
静かに現場を眺めていた佑夏は言った。
「さぁ杏璃を部屋に運んであげて。道國兄さんも今日は遅いから葬儀屋に泊まっておくれよ、明日も兄さんに頼みたい仕事があるんだ。」
佑夏は騰蛇隊の二人にそう言ったあと俺に向き合って言った。雪白と紗霧は頷くと雪白が杏璃を抱えて去っていった。明らかに体格差が見えるというのに表情変えず運ぶ雪白にはいつ見ても驚かされる。
担がれる杏璃を見る紗霧の顔はいつになく険しい顔をしており、頭から離れなかった。
「だからちょ〜ど暇を手に入れた僕たちが手助けをしてあげよう!と思ってね」
「まぁ、ご覧の通り人手も足りていないんだ。朱雀が協力をしてくれると言うならば助かるよ。先程空狐隊でも騰蛇隊と同じく厄介なのに遭遇したらしくてね、雨雷が重症なんだ。」
「雨雷が…?」
佑夏はカウンターに寄りかかりため息をついた。
「油断していたね、右目を凍傷。しばらくは見えないだろうね」
おかしい。多少気分屋で気の抜けた雨雷だが、そこらの奴らで重症を負うような人間では無いのはあって月日の短い俺でもわかる。
「問題は海織だけどね…あれから姿を全く見せていない。空狐隊は完全に稼働出来ない状態になってしまったね。」
「そんな…」
涼風は眉を下げ、悲しげな表情を見せる。
「まぁ大丈夫でしょ、雨雷姉さんだし」
「大丈夫だろうね」
涼風とは裏腹に雪都と佑夏は心配する素振りもなしに言った。
「もうちょっと心配しろよ」
俺の言葉に佑夏は首を傾けにっこり笑った。
「心配しているよ。今回の仕事、空狐が最適だったのになぁ〜どうしようかなぁ〜って」
そこの心配じゃない。
「にしても図太いよね〜事件で明るみに出たにも関わらず元気に営業中!だなんてさ」
「明るみに出たと言ってもSNS上で話されているだけで、報道された訳では無いからね。」
呆れながら言う雪都に佑夏はスマホを見せて言う。
「どうやら顧客にお偉いさんの息子がいるみたいでね、報道した新聞社は消されてしまうだろうね」
スマホの画面はハッシュタグと共に『解放者』と書かれたツイートの検索画面だ
「解放者?」
投稿の内容からして今回の事件に関係のあるタグのようだかこれは…
「クラブの名前は『OUTCAST』…意味は「除け者、仲間外れ」などという意味のはずですがこれは一体…」
涼風の言う通りだ、『OUTCAST paradise』つまり『追放者の楽園』という意味らしいが追放者と解放者は意味が違うだろう。
「意味が違う、って思った?」
佑夏が心を読んだかのように言う。
「『OUTCAST paradise』の顧客のほとんどが大人への反感を持った若者、そんな彼らが自身を「除け者」だなんて名乗ると思うかい?」
「プライド高いだろうし無いねぇ。若気の至りってやつかな、一度は悪者に憧れる的なさ…未成年のくせしてクラブに入り浸ってる時点でお察しだけど」
かなり同世代達に喧嘩を売っている発言だがその通りなのかもしれない
「「社会の除け者」より「社会の解放者」の方が様にはなるか…」
その反発精神ですら子供らしさを感じるが自分たちは除け者という枠には収まらないと言う意思表示でその名を名乗っているのだろう。
「それで、ボクたちは何したらいいかな?殴り込み?」
「いくら独立した立場だとはいえ殴り込みは良くないだろう、よして欲しいね」
苦笑を見せる佑夏。前髪を整えると指を顎に添え黙考する。
「そうだなぁ…雪都、涼風。二人共持っている服はその仕事着だけかい?」
雪都と涼風は「?」を頭に浮かべながら互いの顔を見た。
「高!ビル高!」
「や、やめてよ…!一応葬儀屋と同じ街なんだから」
雪都の声が辺りの視線を集め、思わず涼風は静止に入る。
「このクラブの顧客のほとんどが高校生…なら潜入するなら朱雀隊が最適…か…」
雪都も涼風も歳は十七、このクラブに入ってもおかしくないだろう…問題は
「無理に来なくても大丈夫なんだよ?二人共」
涼風の声に大きく首を横に振るのは華月と暁だ。
「こんなクソみたいなところにお前達だけで入らせるわけにはいかないだろ」
「ぼ、僕も…なにか力になりたい…ですから…!」
二人して普段からは全く想像できないラフな格好をしている。最近の高校生はそうなのか?
「雪都と涼風はともかく、服装を変えたとはいえ中々クラブには来なさそうな見た目だな…」
高校では生徒会長を任されているらしい、真面目な険しい顔をした華月とクラブとは全く無縁であろう、幼すぎる表情の暁。
完全にクラブの潜入には不向きな二人が来てしまった。空狐が適切、という佑夏の言葉は間違っていなかったのだろうと今感じる。
「道國さんも人の事言えないと思うけどな」
華月はムッとした表情のまま目を細めて言う。
「あぁ〜ごもっともだね〜」
笑いながら言う雪都に対し「そんなはずは」と言いつつもビルのガラスに反射する自分を見る。
最近理由もなく佑夏から渡された黒のワイシャツと白のスラックス。ワイシャツの胸元にある白のリボンタイと若干のフリルはとてもこのネオンで輝く街の様相とは合わない。
「…俺はいいんだよ、保護者と言う立場があるし」
「保護者連れの未成年の方が疑われると思うんだけどね…」
雪都の呟きを無視してクラブの扉を開いた。
大きく響く音楽と複数人の軽快にステップを踏む足音音楽にも負けないほどの大きな若者たちのはしゃぐ声に思わず耳を塞いだ。
「へぇ、思ったより広いね」
「話によると4人ともそれぞれ椅子や床、壁などによりかかった状態で発見されたそうです」
涼風が酒を売るためのカウンター、入口そばにある壁、フロアの床と互いに遠くとも近くともない場所を指さす。
「店主にバレたら即アウト、追い出されるだろうね。みんなバレないようこの空気に馴染みつつ現場を隅々まで見るように」
「了解」
雪都の言葉に全員が頷いた。
雪都たちはそれぞれ別れて店内を捜索する。暁は何も言わず散る朱雀を見て慌ててすぐさま近くにいた涼風の後を追った。
「随分涼風に懐いているな」
普通に考えてあの三人の中でまともそうなの選んだらそうなるか…そう思いながら二人に背を向けて歩いた。
「…にしても冷房が効きすぎてはいないか…?」
体を縮こませ、指の先まで冷えた手で腕を擦りながら店内の隅までやって来た。
ちょうど俺から対角線になるようにフロアの奥で若い男がDJミキサーの真ん中で構えている。左右には男の身長を超えるスピーカーが大音量を奏で、鼓膜が痛い。
「出来れば早くここを出たいな…っうわ」
不注意だった。前を見て歩けと散々清蓮から言われていたのにこのザマだ。
「あっ……ぶないな…」
ちらりと周りがこちらを一瞬見るが、DJの男によって曲が変えられたことに気がつくとすぐさま意識は踊りへと変わった。
さて、残るは俺をつまづかせた元凶のものである。人のつま先だったら終わりなのだが足元にあったのは小型のスピーカーだった。
スマホやパソコンから繋げて音楽を流せるものだ。あのバカでかいスピーカーよりかは安値で買えるものだ。
「別にスピーカーあるなら小さいの要らなくないか…?」
そう思ったがDJミキサー横のスピーカーには多くの配線が繋がれている。
「…まぁ持ち運びとしては楽か…」
スピーカーに触れようとしたその時、奥から音楽とは違う別の「騒がしさ」がこちらへやってくる。
男の怒号と状況を知らない客たちの動揺の声、それらの先頭にいたのは涼風と暁だった。
縮こまりながら走る暁は会った当時にはなかった板のような何かを抱えている。
「潮時だ」
後ろから声を発した男が俺の肩を軽く指で叩く。華月だ。人混みの隙間から手を引っ込めると目線を出口へ送った。このままここに残れば監視カメラを見た従業員が俺たちの存在にも気がつく、ここは引くべきだろう。
客の意識が走って出ていった二人に向いているなか俺は何事も無かったように出口へ向かった。幸いまだ俺が連れだと気づいておらず、俺を気にする者はいなかった。
「いやぁ焦った焦った。」
最寄り駅の階段で項垂れる涼風とそんな様子の涼風を見てかける言葉を探す暁。怪訝な顔をする華月の後に俺が着き、最後に雪都がやってきた。
「随分遠くまで走ったねみんな」
「お前が呑気すぎるんだ雪都。」
華月が肘で雪都を小突く。
「ごめんなさい…僕が不用意に触ったから…」
暁の抱えていたものを今一度確認する。それはノートパソコンだった。
「せ、窃盗」
「ひっ」
俺の言葉に怯える暁、その間に涼風が入る。
「その通りですが!その言い方はちょっと」
涼風が言うには窃盗という点については変わりないが、これは証拠品になるという。
「暁自身、社会経験はまだ一ヶ月経っていません。お金を持ったことすらないんですから」
小声で俺にそう伝える。
「ごめん…」
「え、持ってっちゃまずかった?」
すっとぼけたような声が聞こえる。まさか、と眉間に皺を寄せた涼風が声の主の方へ向く。
「持ってきちゃったよ、ほら」
そう言って出したのは画面壊れたスマホだった。
「なんっ…もう…!」
暁の時と違って明らかにイラつきを見せる。
「お、落ち着け涼風。きっとこれも証拠品だろ?」
涼風の前に華月が立つ。
「落ちてたから拾ったね」
涼風が拳を握る。
「落ち着け涼風!」
華月の制止の声も虚しく雪都は鳩尾を抑えて蹲った。
「…それで聞くんだが…」
「慣れてきたねボクの扱いに」
後ろで雪都が呟く。うるさい今お前に構ってられるか。
「そのノートパソコン、何があったんだ」
「ファイルです。しかもあのクラブの情報ではない、外部から送り込まれたコピーデータですね。」
涼風は暁からノートパソコンを打ち込むと難なくパスワードを解く。
「パスワード知ってるのか」
「少しいじって設定を変えただけですよ。」
「だけ…」
涼風はファイルを開こうとするとおおきなブザー音とともに目で追えないほどの数式がならんだ。
「機械の扱いは得意な方ですが、このレベルまで来てしまうと私では到底敵いません。きっと専門のハッカーでも…」
「じゃあ手がかりを得るのは難しいってことか」
華月が首を傾げる。
「にしても、どうしてそこまでそのファイルにこだわる?」
「それは…」
涼風が答えようとした瞬間、俺のスマホが鳴る。相手は桃華さんだった。
「もしもし〜今って朱雀と一緒だよね。なら手早に伝えるかな」
「手早にって…桃華さ…」
雪都が大きく咳をした。心配した華月が駆け寄る。咳をし続ける雪都の視線は華月には見えないよう静かにこちらを冷たく見ていた。凍りつくような冷たい瞳は俺ではない、別の誰かを見ているようだった。
「…そういうこと、じゃあ伝えるね」
桃華さんは少し寂しそうに言うと、俺にクラブで倒れていた四人の内の一人が目を覚ましたことを伝えた。
唯一の証言者である彼女の名前は水元果歩。高校生だ。
彼女が語るには現場には同学年の友人3人と、意識が途切れる瞬間。ある男を見たという。
「…つまりその男が犯人と言うわけかな?」
雪都は納得のいかないような顔つきだ。
「な、なにか問題が…?」
「いやぁ…ねぇ…道國兄さんが聞いた話だと、その男の顔について詳しくは言えないらしいじゃん」
「知らない人…ということじゃないんですか?」
暁は雪都に聞くが雪都は小さく首を横に振った。
「だとしたら、きっと分からないって言うはずでしょ?それに、ボクが気がかりなのはこれと、こーれ」
雪都は自身が盗み出していたスマホを出し、もう片方の手で涼風の持つノートパソコンのファイル画面を見せた。
「今までの感ってやつかなぁ、ボクにはこの二つがどうも事件に関わっていないとは思えない。」
「なら、その二つの持ち主を見つけないとじゃないのか?」
俺は大方、パソコンは店の物、スマホはクラブ内の誰かのものだと予想していた。
「とりあえずパソコンは店の備品だろうし…」
「違うね」
雪都は涼風からノートパソコンを奪うように取ると俺にパソコンの表面、その中でも少し色が変わった面を指さした。
「店の備品ならこんな跡残していいと思う?」
雪都の指し示す場所、そこには確かにシールが雑に剥がされた後だった。
「店のロゴ…と思うかもだけどあの店は名前の筆記体を看板やロゴとして扱ってるところ。だとしたらこのシールはなんなのか。」
シールの剥がしきれなかった部分を見る。なにかの植物のような柄が描かれており色は黒。
「企業マーク?」
「うーん惜しい!じゃあヒント。」
雪都は次に店から持ってきたスマホのを取り出した。
「これ、なーんだ」
こちらもスマホケースにはられたシールの剥がしあと。完全に剥がされているためなんの柄かは分からないが、粘着部分がパソコン同様ホコリを被りどんな形をしていたかはわかる。
「同じ形だな」
華月が覗き込んで言う。
華月の言う通りパソコンとスマホについていたと思われるシールは同じ形だろう。
「同じクラブで同じシールの貼ってあった電子機器。まさか別の人が使ってましたなんて可能性ないよね?」
メール着信音が響き、自分のスマホかと思い画面を見る。俺では無いようだが、代わりに華月がポケットからガラケーを取り出した。
ガラケー…
「はなちゃん」と雪都はメールを読み終えたであろう華月に投げかけると華月は顔を顰めた。
にんまりと嫌な笑顔を見せる雪都にバツの悪い顔をして歩き始めた。
「華月さん?どこ行くんですか?」
暁は雪都と華月を交互に見ると華月を追って言う。
「いいタイミングだったね。ファイルの中身を開けて貰いに行くよ」
雪都は寄りかかっていた手すりから飛ぶようにして階段を降りると、俺の手を引いて華月を暁に続けて追う
涼風の表情に若干の迷いが見えたが、何かを諦めたかのように雪都の後ろを歩き出した。
華月が真っ直ぐ向かうのは駅から離れたゲームセンターだった。
可愛らしいぬいぐるみにも見向きせず進む先はじゃらじゃらと耳に障る金属が擦り合う音の方。
「居た居た、一際目立つのが」
雪都の言葉に涼風はため息をついた。
「あの人は…?」
暁も気がついたようだ。
メダル用パチンコスロットの台が並び、それぞれメダルをつぎ込んでいく中年男性や女性達。今は平日だぞ、仕事はどうしたと聞いてしまいたくなるがあぁいった人間には深く考えずに無視していた方がいい。
という話は置いて、そんな彼らがスロットを回しながら度々ちらりと様子を伺うほど目立った人物。
紫のインナーカラーが襟足に目立つ黒髪の男。なんだか涼風に色味が似ている。男の足元にはぱんぱんに詰められたメダルのバケツ、が約五つほど置かれていた。
「に、兄さん…」
怒りと恥ずかしさを抑えるようにして涼風は男に近寄った。
「…涼風?涼風じゃないか〜!!」
男は怪訝な顔をしていたが話しかけた人物が涼風だと知ると蹴った大量のバケツもお構い無しに涼風を撫でくり回す。
「あの、ちょっと」
「ダメだろこんな陰気臭い仕事もやってなさそうで世の中の店員にカスハラすることだけが生きがいみたいな人間が集まるとこ来ちゃァ」
さっきお前もやってただろ。
「ほら出るぞ!こんな場所居たら体調悪くなるぞ!」
「相変わらずだね〜風南兄さん」
ひょっこりと二人の前に雪都が入る。
「雪都!久しぶりだなぁ〜!お前もいるなら尚更だ、零姉さんに怒られちまう!早く出るぞ〜!」
雪都と涼風の手を引き店を出る風南と呼ばれた男を遠くから見ていた俺や暁は唖然としており、華月は何やらめんどくさい。といった顔をしていた。
店前の交差点を挟んだ先にあるカラオケの一室。俺たちはノートパソコンを囲うようにして座る。
「それで…?暁に道國兄さん…話には聞いていたけど…ふむ」
俺と暁を交互に見ながら風南は呟く。
「初めましてどうも、佐久間風南だ。見ての通り情報と面のいい人間が大好きな涼風の兄。よろしくな!」
何が見ての通りなのだろう。
「風南兄さんはホワイトハッカーとして海外出張も多いから、合流が遅れてしまいましたね…一応兄さんは雨雷姉さんのいる空狐隊です。」
「ホワイトハッカー…つまりファイルのロックを解くには適任だな」
「えぇプロですので、私も尊敬しています」
少し照れ臭そうに涼風は言う。
「早速だが俺は暁と兄さん、二人についての情報がまだ足りない…つまりどう言うことか分かるな?」
風南がじりじりと俺達に詰め寄る。両手の指の動きキモ。
「じゃあまずは…」
「ふざける暇があるならファイル解いてくれますか?」
涼風の肘が風南の鳩尾に当たる。
「今から風南兄さんにファイルのロックを解かせます。」
「あ、うん」
さっきの尊敬どこ行ったんだろう。
鳩尾を抑え蹲る風南。今日で二度目の光景だ。
「かなり俺の扱い雑じゃない?」
「日頃の行いじゃないかな」
雪都がにっこりと言う。お前が言うか。
風南は渋々パソコンのキーボードに手を添えた。数分ほどタイピングの音が鳴り響いた後、風南はピタリと指を止めた。
「これ、音声データか?」
全員がノートパソコンを覗き込む。
「本当だ、しかも結構長い」
「ファイルにたった一つ…こんな厳重に保存するほどの音声データなのか?これは」
雪都と華月は首を傾げる。
「…疑問だったんだ。音声データの羅列、あれはコピーとしてこの機体に送られたものだ。そして…」
風南は顔を顰める。
「…風南?」
「悪いが葬儀課でこのファイルは開く。」
先程までふざけた態度だった風南の険しい顔を見て察した。
「まさか新宿にまでこいつが出回るとは…信じたくないが念の為だ。ここで開くのは、ここで開くからこそ危険すぎる。」
風南はそう呟くと強くノートパソコンを閉じた。
「ちょっと兄さん!大事な証拠品なんですから!」
「あっそうなの、なんかごめん涼風」
葬儀課の一室。
「おい、イチ連れて来たぞ」
「おはよーおはよう。ひるる?ひるるひる。こんにちはこんにちは?」
「こんにちはであってるぞイチ」
ひめちゃんは扉を開くとイチだけを通し、そのまま去っていった。
「…桃華さんは」
涼風の耳元で問う。
「多分席を離れていらっしゃるのかと…」
華月の方を見れば俺の視線に気がついたのかこちらに近づく。
「俺になにか」
「い、いや?」
華月は俺の顔をじっと見る。雫月を詰める時の桃華さんもこういう目をするなそういえば…
「み、道國兄さんはイチの能力について詳しくないから、その説明が欲しいかなって」
すかさず涼風がフォローに入る。助かる。
「イチについてですか。雪都に聞くのが一番早いだろ…ってそうか今暁とイチの指示出してるのか」
華月の視線の先を見ると雪都と暁、イチが隅で何か騒いでいるのが分かった。
「まず始めに、後の世に関わる人間は自身の『一部』を代償に能力を得るということはご存知ですか?」
「能力がみんなあるのは知ってるけどその話は知らない」
華月が怪訝な顔をする
「では今知ったということで…しっかりしてくれよ葬儀屋…。」
「ごめんね…」
涼風が謝る。
「いや、悪いのは隊長の癖して何も喋らない雪都の阿呆のせいだ。気にするな。話は戻るがイチも能力を持っている『干渉』という能力をな」
「干渉…それが今回必要なのか?」
「風南さんが場所を変えたのには理由がある。」
華月はノートパソコンを指さして言う。
「一つはこの音声データが『音』を通して人の脳に危害を与えること。二つは音楽データ自体が電子媒体そのものに干渉しようとするからだ。」
「電子媒体に…!?」
華月は頷く。
「一つ目の理由のみだったら音のない場所に移動し、音声データを流せば問題ないだろう」
そうか、だから騒音の多いカラオケが危険だったというわけか。
「だが理由二つ目、これが厄介でな。スマホ、電話、パソコンにスピーカーテレビと、色んな媒体に主に電波、音波により乗り移り、無理やりにでも音を出させようとしてきやがる。共振現象(レゾナンス)ってやつだな」
「電源を切ればいいんじゃないのか…?」
「それを超えてやってくるから厄介なんだ」
「厄介な仕組みだな…というか、電子媒体にも乗り移るのであればパソコンが並ぶここも危険じゃないか?」
「ここも危険なのは変わりないが、暁とイチが居る。」
「暁の『電気を操る』力とイチの『干渉する』力があれば」
「よーし、じゃあ始めるよ」
雪都は音声データを選び、Enterキーを押す。
「構えろ。暁、イチ」
「は、はいっ!」
「かまえる?かまえる。よーいどん、よーい」
音声データを流した瞬間。パソコンやスマホの画面でエラーが起きる。
「おーおー、干渉しようと必死だね」
「か、かなりヤバいんじゃ」
風南はちっちっ…と人差し指を左右に振る。
「イチは『干渉』の能力。つまり向こう側の音による干渉を『干渉に干渉することで打ち消す』ことにより俺達の脳への危害を抑えている。そして問題の電子媒体に関する干渉…どうやら暁は話によると『電気を操る』らしいじゃないか。なら使い方は簡単。」
向こう側が電子媒体を操る前に電子媒体全てを暁の能力によって馬鹿にして使えなくする…ということか。
「これなら電源を切っていても乗っ取られる…なんてチート音声データ君にも対応できるし。何より電子媒体に関して暁が抑えることでイチが俺達に危害が及ばないよう集中出来る」
イチちゃん集中力ないから。とイチを指差し、風南はへらりと笑って言う。
音声データが流れる中、華月は単語帳を取りだし勉強を始め、雪都と風南は雑談と三人は好き勝手し放題であった。
「頑張ってる!頑張ってるよ暁!もう少し耐えよう!」
「イチ!イチ〜!頑張ったらひめちゃん喜ぶぞ〜!!これはご褒美貰えちゃうぞ〜!」
唯一初めての長時間の能力使用によって徐々に疲弊していく暁と集中力が切れ始めてるイチを応援俺と涼風の心境はおそらく同じだったであろう
こいつら後で殴ってやろう。
「女の子殴るってどうなの」
「ついでに、年下を殴るってどうなんですか」
雪都と華月からクレームが入る。
「涼風にやられるよりましだろう。見ろ風南を」
二人は俺の背後に立ち、肩で息をする涼風と動かないままうつ伏せで倒れる風南を見た。
「あれ生きてんの?」
「生きてます」
「うわ」
雪都の声に起き上がる風南。頬を殴られたあと、鼻からは血が垂れてる。
割とガチの殴られ方。
「と、まぁ一通り音声データを聞いたところで、みんな感じたことは」
風南は鼻血を拭うと言う。
「無音」
「特に何もなかったねぇ」
「そうか?若干ノイズぽかったが」
若干のノイズは聞こえても、それといった感覚は掴めなかった。そんな俺らに対して手を挙げたのは。
「頭が痛くなるような。電波とはまた違う衝撃がありました。」
「うるさいうるさい。ガー、ガー、うるさいうるさい。」
音声データの干渉に能力を使い対抗してくれた二人だった。
「そう、それでいい。奴は、『トキソプラズマ』は抵抗しようとするとより大きな音圧で危害を加えようとしてくるからな。…雪都!」
風南は雪都を呼ぶ。
「まとまったか?」
雪都は目を閉じ、ゆっくりと目を開く。
「Natürlich…ただこれは、彼女に真実を吐かせる必要があるね。」
水元をここへ呼んでくれないかい?
水元は案外あっさりと真実を吐いた。自身でも嘘をつき続けることに対しての罪悪感が残り、誰かに真実を話したかったという。
始めに、四人の自殺は四人の意志ではないことが判明した。ならなぜ殺人が起きたのか。事件前の背景はこうである。
四人は金欠から闇バイトに手を出した、はじめは調子がよく犯罪に使うための情報提供のような犯罪ではあるが大きな事件になるような案件はなく金にも困らなかった。しかし“ある人物”から出された依頼、それはある少女の誘拐だった。
「男の証言も嘘だったというわけか」
「はい、私怖くて、自分が、皆が犯罪者になっちゃうなんてそんなの…」
水元は涙を見せる。
犯罪への直接的な関与と、誘拐の依頼を申し出た犯人からの脅しにより四人は命の危機を察したという。
依頼人との情報を完全に断つために水元はスマホ端末を捨て、闇バイトの拠点として使っていたこのクラブからも離れようとした。
「捨てられていたスマホケースとノートパソコンに貼ってあったシール、あれは校章のシールだ。あれを残しておいたのが不味かったな。」
「それだけじゃないよ、カードケース部分から定期らしきものを出し入れした時に出来る擦り切れ跡と、同じコンビニで日にち別の同じ時間帯に購入したレシート。ボクたちが拾ってなかったら身元がバレて学校にまで被害が出てただろうね。」
俯く水元の表情は見えなかった。そしてまた事件について口を開く。
その前日水元は依頼主と遭遇しており、バイトを降りる代わりに別の仕事としてあるUSBをクラブのパソコンにさしこむよう新たなバイトを受け事件当日に至る。
「私が頼まれたUSBは一体なんだったんですか…」
水元は震えた声で言う。
「危険なものだから全ては言えないけど。聞いた相手の脳を支配し、攻撃的な状態にする音声データだよ。名前は『トキソプラズマ』軍用として機密に扱われていたものだ。」
「…」
華月は険しい表情のまま水元を睨む。
「ちょっと、はなちゃんやめてよ。自分とこの生徒だからって」
華月が生徒会長を務める学校の生徒だったのか。確かに水元と聞いた瞬間から表情が変わらないままだった。
「…生徒としての処分はもちろん後で決める。問題はそのUSBに関してだ。水元」
「は、はい…」
「お前、USBを刺したのは…トキソプラズマを撒いたのはいつだ。」
問いの意味を全員が察した。
「う…そでしょ。もしかして」
事件当日水元は依頼人に言われた通りクラブのパソコンにUSBを差し込んだ。パソコンの中にあるトキソプラズマが音楽と反応。閉店後トキソプラズマに操られ、密かに店内に潜んでいた四人はクラブ内で自殺を行った。
つまり、その日クラブに訪れた全員が…
「…っ早く該当者を調べて…!」
もう遅い、そう嘲笑うかのようだった。俺のスマホや葬儀課の固定電話が鳴り響く。
「おい、全員車に乗れ。」
防音の扉を乱暴に開けるとひめちゃんは言った。
「新宿クラブ、お前たちがちょうど今日行った場所付近で殺傷事件が多発。通報も何件か来てる。」
「『OUTCAST Paradise』付近って…」
確か大きな道路を挟んだ場所だ、近くにはショッピングモールもあり時間帯によっては人混みも避けられない。
「おっけーJKは俺に任せて、朱雀隊。行ってきなよ。ちゃんと水元ちゃんは守るからさ」
風南は真剣な顔で言う。
「本音は」
「時差ボケできつい」
「寝てろ」
ひめちゃんはそう言い放つと廊下に出ていった。
「風南兄さんの言う通り水元さんはここに、現場には朱雀隊が向かいましょう。」
「イチ、ついてくついてく?かんしょう、かんしょう」
イチが俺の服の裾を掴んで言う。
「そうだ、イチと暁は絶対必要だ。行くぞ!」
「いく、ごー?ごーごー」
OUTCAST Paradise目の前。
「ははは、なんてこったい」
いつもの口調で話す雪都だが、その笑いにはいつもの揶揄う様な調子ではなかった。そうなれなかったと言った方がきっと正しいのだろう。
けたたましい悲鳴と狂気の声。傷を負った一般人が次々と走り逃げる。複数の若者達が武器を振るい、現場は荒れに荒れていた。
「このままじゃ救急がこれねぇ、今いる奴らを拘束し次にお前たちの言う『トキソプラズマ』に寄生されたその電子媒体ってのを完全に潰し、増加を防ぐ。いいな?」
「了解。」
「了解です…でもそのためには一度別れる必要が…」
ガコン、と車が揺れた。
「うぎゃーーー!!」
窓を見れば返り血を浴びた若者の男が鉄パイプを持ち窓ガラスを割ろうとしている。
「おいやめろ、外車の修理は経費で落ちねぇんだよ」
気にするところはそこじゃないと思う。
ひめちゃんの声も聞くはずもなく男はまた窓ガラスへ鉄パイプを振り下ろした。
「てめぇ…この車あいつのなんだぞ…」
嘘許可取ってないで乗ってきたの?
ひめちゃんは車から降りると男の腹部に一発、銃弾をお見舞いした。
「っひ…」
暁が思わず口を両手で抑える。
倒れた男の腹からは間違いなく血が溢れている。
「ち、しんだ、しんだ」
「 死んでねぇ、わざと外してんだ。言っておくが、水元以外の三人も目を覚ましている。がしかし、目を覚ました直後攻撃的な行動、社員への殺人未遂が起きた。」
ひめちゃんは車の荷物置きからいつものでかいカバンを背負う。この意味はもう俺でも理解している。
「脳にトキソプラズマが残っていると、再発の危険があるという。国からの指示はこうだ。全員始末しろってな」
「また被害者は記憶操作ですか。葬儀課の」
華月は車を降りて言った。その左手にはいつの間にか弓が握られている。
「水元は生かす、今後のデータが必要らしい…俺も納得してはいない。だが今回は他に方法がない。」
「…俺の『再生』を使えば…!」
「ダメだよ。」
雪都は強く言った。
「兄さんただでさえ神魂の強い杏璃を再生している、連続で能力を使えば必ず自身にもダメージが来る。それがボクたちの能力だ。」
「だけど…っ」
「分かって、お願い。兄さんの能力はボク達とは訳が違うんだよ。人を生き返らせる『再生』が、どれだけ身を滅ぼすか。」
雪都は俺の腕を後部座席から乗り出し強く掴んだ。
「…」
「兄さん…」
雪都の言っていることは分かる。『再生』は酷く体力を使うし、使用後の体調不良も稀ではない。
しかし俺が犠牲になる、たかがそれだけだ。
「わかった…人に『再生』は使わない。だが、電子媒体の破壊については俺に任せて欲しい」
「…それで兄さんが納得するなら…」
雪都は手を離す。
「…俺とイチ、暁で電子媒体の破壊に向かう。ひめちゃんと雪都達は今いるヤツらの拘束を、殺さないでくれ。頼む」
「了解」
ひめちゃんは持っている拳銃をカバンにしまうとまた別の、特殊な形をした銃を取りだした。銃弾の代わりに針と液体。麻酔銃だ。
「さっさと行けよ。みち」
俺はイチと暁を見る。二人は互いを一度見つめると俺の顔を見て頷いた。
「行くぞ!」
道國を見送った後、残された朱雀隊は『トキソプラズマ』に操られる若者達の前に立ちはだかる。
「…」
「結局行かせちゃったね」
雪都は語らず二丁銃を取り出す。
「きっと大丈夫だよ。」
涼風は続けて言うと鎌を構え、雪都の前を進む。
「考えすぎなんだよお前は、佑夏だってそこまで考え込んじゃいねぇよ」
氷芽は銃口で雪都の背中を小突いた。
「うわ!危ないでしょ!」
雪都は銃口を自身から逸らすと、やっと声を出した。
「ほら、さっさと指示出せ。朱雀隊隊長」
華月は札から矢を錬成すると番えて言う。
「…冷静じゃなかったね、ごめん。」
頬を軽く叩くと雪都は涼風に続いて前線へ出た。
「よし!ボクと涼風が引き止めるよ!氷芽さんとはなちゃんは被害にあった人の保護と散らばった加害者達の拘束!全員行動開始!開始!」
「了解!」
雪都の声と同時に涼風は駆け出す。
『天狗風』
涼風の持つ鎌が振り下ろされる。突如として吹きおろす風が周囲の放火された機材や車体の激しく燃え上がる炎を一瞬にして殺す。
涼風の能力、『風を操る能力』だ。
『よーい!発射ぁ!』
すかさず雪都による銃弾が豪雨のように降り注ぐ。
銃弾は若者達の手を掠め、彼らの持つ武器にのみ集中する。
「相変わらず器用だな」
「武器は破壊した。拘束に入ります」
氷芽と華月は武器を失い、最後の悪あがきに出る集団へと向かった。
「あった!スピーカー!」
心当たりはあった。俺が思いっきり躓いた原因であるBluetoothスピーカー。
「小さいスピーカーなら事件後回収できるし目立たないからな…!」
「なるほど…じゃあすぐに壊しちゃえば…!」
スピーカーを持とうとする暁の手を掴む。
「俺に考えがあるんだ。」
俺はスピーカーに手をかざした。
『再生』
スピーカーは一度使い古されたガラクタのように朽ちると光とともに改めてスピーカーの形へと戻っていく。
「これで『トキソプラズマ』は除けた。あとは…」
左右には不思議そうな顔で俺を見るイチと暁がいた。
「二人の力を貸してくれ。」
「やってくれたな、みち」
クラブから出てきた俺達にそう声をかけてのはひめちゃんだ。
「トキソプラズマが電子媒体に干渉し、音によって相手を洗脳するなら…こちらもトキソプラズマを打ち消す電気信号を作り、スピーカーに乗せて大音量で流す…アホな作戦だが効果はかなりあった。」
ひめちゃんは顎で奥にまとめられた若者達を示す。
「全員精神が安定してきている。会話も可能。最悪の状態は避けれそうだぞ。」
ひめちゃんは肩に軽く手を置いて言った。
「兄さ〜ん!!」
疲労した体に、さらに背中への重みが増す。
「良かった〜良かった〜大成功だよ〜!」
「暁もイチも、よく頑張ったね」
飛びついてきた雪都と後からやってきたのは涼風だった。
「い、いえ、道國兄さんに言われたことをやっただけなので…」
「1号えらいえらいつよいつよい、18も、えらいえらいつよいつよい」
ここでやっと辺りが暗くなっていることに気がつく。
「…そういえば、今って何時だ」
「あ?…あー不味いな」
ひめちゃんはスマホを確認すると呟いた。
「お前ら、全員補導対象だ」
全員がスマホの画面を覗き込む。
23時。
「いつの間にそんな時間!」
「ど、どうしましょう…風南兄さんと水元さんまだ葬儀課ですよね…!?」
「風南には水元を葬儀課で保護するよう言ってある。今頃あいつも引き継ぎ済ませて葬儀屋に帰ってんじゃねぇのか?」
ひめちゃんはポケットから車のキーを出した。
「救急も来たな…全員車乗れ処理はうちの班に任せる。」
「うっそ…こんな夜中に、粋さん可哀想…」
「いいからさっさと乗れ、それとも他の警察に捕まって補導されたいか」
「いいえ〜」
眠い。明日の予習が。お腹空いた…などの声が飛び交う中、誰かの一言が時を止めたかのように辺りを静寂へ導く。
「僕も乗せてくれないかい?そこの華月とやらを待っていたらこんな時間になってしまってね。」
少年の声。名指しされた本人である華月は声のする方を見ると動揺せず、少年の名を呼んだ。
「凛蘭」
褐色の肌に虹色の瞳、左頬にヒビが入っているのかと一見驚かされる形の謎の痣。
その姿はまるで夢に出てきた少年にそっくりだった。
「やぁ道國。君も居るとわかっていたよ。」
深夜二時、葬儀屋本丸。医療室にて
「よっ、結都。手助けはいるかい?」
風南が影に満ちた部屋に向かってスマホのライトをかざす。
布団の上に横たわる杏璃の横で座りながら目を瞑るのは結都だ。
「風南兄さん、帰られていたんですね。」
そう言いながらも結都は杏璃から目を離さない。
杏璃はあの日から依然として目を覚まさない。ただ規則正しく呼吸音だけが部屋に響く。
「…なぁ結都、何日寝ていない。そろそろ紗霧や雪白にでも変わって貰え。」
芦屋道國による『再生』を神魂を強く持つ人体が受けた際、最も危険なのはその人体に意識が戻るまでの間である。再生により復活した直後、意識のない間の強い神魂は無防備な状態であり、賊心はその神魂を狙ってくる。
「それだと俺は、俺を赦せない。」
結都は杏璃の胸に手を翳し続ける。賊心によって神魂が離れないよう神魂を繋ぎ止めているのだ。
「…それだけ、今回の敵はやばかったってことか」
「はい、おそらく他の隊では同じ目に遭う。そのため今回遭遇した奴は、騰蛇が必ず相手をします。」
手に、声に力が入る。結都は敗北の理由を、仲間を責めたり、相手の強さに置き換えたりはしない。
ただ憎むのは自身の未熟さのみだった。
「確実に、殺す。」
結都の声に反応するかのように、杏璃の閉じたまぶたが震える。
「…あれ、結都」
杏璃はゆっくりと目を開けると自身の胸に翳す結都の手に触れた。
「三日経ってんだよアホ…寝坊はいつものだけにしとけ」
風呂に入る後は頼みます。そう言いながら医療室を出る結都を見て風南は満面の笑みを見せる。
「いつもは仏頂面のくせに柄にもない顔しちゃって」
状況を掴めない杏璃はただその光景を眺めるだけだった。
「杏璃は目覚めた、これで騰蛇は動ける…なら俺達が先ず行うべきは…」
長い三つ編みを解き廊下を歩く結都。すると目の前のある一室から明かりが溢れるのが見える。
「客室…誰かいるのか……っ!?」
扉の隙間から様子を伺う結都の瞳には、ある訳のない。あってはいけない光景が見えた。
テーブルを挟み、ソファに座るのは真神隊の雨月と雫月。そして
黒髪に黒のセーラー服。口輪をつけた少女のような見た目。
「多聞天…!?」
葬儀屋とはまた別の、国を脅かす組織『天理』に所属し、戦いの神である存在。多聞天であった。
多聞天は数分程雫月と睨み合ったあと、少女のような見た目とは似つかわない声を発す。
「話に聞くと、お前たちの所でうちのを誘拐しようとした小娘を匿ってるらしいな。」
今日の事件についてはあらかた説明は聞いている。おそらく水元の事だろう。
「小娘を出せ、今ここでその首を落とす。」