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「キミ、何食べてるの?」
彼女は床に片手を着いて、ソファに座る私を見上げながらそう尋ねた。やや大きく、しかもまともに襟を閉じていないシャツを着ているせいで、隙間から若干下着が見えている。普通に考えてそういう格好は恥ずかしくないのだろうか。今まで何度も言ってきてはいるものの、反省の色が見えない。もう最近ではそういう癖なのだと認識するようにした。ついでに言うとすれば、今彼女が着ているシャツは私の物だし、彼女が適当に羽織り袖を余らせて遊んでいるコートも私の物だ。これもまた、彼女が唐突に泊まりに来るくせに着替えを殆ど持ってこないせいである。軽く体を前に屈め、手を伸ばしてシャツの襟を閉じてあげながら、ころりと口の中の飴玉を転がした。程よい酸味と甘さが舌に広がる。
「ん、これかい?この間森さんがくれた飴玉だよ」
「ふぅん、美味しい?」
サラリと黒髪を揺らしながら首を傾け、彼女は尋ねる。ふわりと甘い香りがして、ついその緑の黒髪に手を滑らせて指を通してみたくなったけれど、結局手を持て余してしまって、右手の指先で彼女の着ているシャツのボタンをいじっていた。チラリと彼女の付けた紺鳶色のヘアピンが、じろりと睨むように反射する。ふいと目を背けて、彼女の首元あたりを見つめた。
「まぁそこそこだね。普通の檸檬味の飴だ」
「へぇ…」
彼女は若干吐息の混じった返事をして、それから少し黙っていた。そろりと目を横に滑らせて彼女の目を見てみると、やはり綺麗な鳶色をしていて、けれどどこか鈍く汚れていた。どろりとして、死人のするような、虚ろんだそれと似ていた。どこを見ているのか分からず、ただ一点を見つめている、それと。どくりと心臓が脈打つような、心臓を矢で刺されたような感覚に襲われて、頭が変に熱くなっていくのを感じる。妙に火照った頭のせいなのだろうか。持て余しているこの手を彼女の顔に当てて、そっと触ってみたら、きっと面白いのだろうなぁなんて意味も無いことが脳裏に掠めた。どうやら私は随分つまらないことを考えるようになってしまったらしい。
「─見すぎだよ、キミ」
いつの間にかボタンを緩く摘んでいた指先に、柔らかい人肌の当たった感触がした。見れば、彼女がこちらに身を乗り出すように近寄っていて、先程よりもその濁った鳶色の瞳が近い。彼女の顔には薄く笑みが貼られていて、それを綺麗に剥がしてやりたくなった。─彼女がこれから何をしようとしているのかは知っている。以前もやられたことがあるのだから、知らないわけがない。だからといって、それを阻止するつもりは無いのだが。所詮これは遊びで、そこに熱異常はないのだから。
「─なんだい、そんなに近寄って。飴が欲しいならそこにあるけれど」
「分かってるくせに、意地悪い男」
流れるような手馴れた動きで、彼女はソファにそっと手を着いて体を起こし、くいっと私のネクタイを引っ張って顔を寄せる。ふわりと彼女が羽織っていたコートが床に落ちた。息がぶつかりそうな距離になったくせに、ちっとも彼女の顔は変わらず、ただ平然と、当たり前の行いをしているだけと言わんばかりの顔をしていた。──何度彼女は、私の知らぬ誰かと、今と同じように顔を寄せたのだろうか。
「泥棒猫は嫌われるよ?」
「─僕は飼い猫だよ。綺麗な首輪の付いた、ね」
一体誰の飼い猫なのか、彼女は言わないままネクタイを更に引く。温かく柔らかな唇が触れた感触がした瞬間、するりと口に残っていた飴玉を奪い取られた。ころころと飴玉の動く音がして、彼女は口を離す。まるでさも当然かのような、違和感なんてどこにも存在していないとでも言うかのようなケロッとした顔で飴玉をころころと鳴らしている。何を言うべきか迷って、ため息を吐いた。
「躊躇いとか無いのかい、君」
「あるように見える?」
「ちっとも」
「だろ」
口の中はまだ、ほんのりと檸檬の風味が残っていた。