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あなたのその優しさが好きだった
目覚まし時計の無機質な音が自分の部屋に鳴り響いている。煩わしいその時計の音を止め、布団から出た。スマホのロックを解除してメッセージアプリを開いたが、誰からも通知はきていない。今日も、幼馴染───寺島由希からのメッセージはなかった。最後にやりとりをしたのは半年前。高校1年の時は毎日のようにやりとりをしていたが、学年が上がっていくにつれてお互い忙しくなり、やりとりをしなくなった。実際に会って話す事も、高校三年生になってからは全然なくなってしまった。私が密かに、想いを寄せている人だ。
「雨やっっば、傘持ってくればよかった」
学校の帰宅中、雨が急に降り出した。朝のニュースで夕方から雨が降るとやっていたことを思い出し、自分の行動に後悔した。傘がないため鞄を頭の上で持って、走って帰っていると、見覚えのある背中が見えた。由希である。でも、話してる暇も勇気もないのでそのままスルーしようとした。
「あれ、玲奈!?お前傘ないのか?」
「見れば分かるでしょ」
「じゃあこの傘一緒に入ろう。俺の家すぐそこだし家着いたら傘貸してやるよ」
「本当?じゃあお言葉に甘えて」
私は彼の傘の中に入らせてもらった。
「お前と話すの久しぶりだな、メッセージもあんましなくなっちゃったし」
「そうだね、まぁでも学科違うから、仕方のない事なのかも」
「確かにそうだな。」
久しぶりに、会話をしている。それがどんなに嬉しいことか。しかも相合傘だ。心拍数が上がっていってしまう。恥ずかしい。そんなこんなしているうちに由希の家の前に着いていた。
「ビニール傘余ってるから貰ってい…」
「…?どうかしたの?」
「ちょっとここで待ってろ、すぐ戻る」
そう言って由希は急いで家の中に入っていった。頭の中はハテナマークで埋め尽くされていた。なんだあの急ぎっぷり。私なんかしたかな。そう考えていると勢いよく玄関の扉を開けて由希が出てきた。
「取り敢えずこのパーカー着ろ。早く。」
「え?いや、それは申し訳ないよ。私風邪引かないから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃなくて…その、透けてる」
なるほど。全てを理解した。雨でびちょびちょになったワイシャツは、体にペタリとくっついている。私はすぐさま由希が私に渡してきたパーカーを着た。
「ごめん、ありがとう。借りるね」
「いいってことよ。てか、そのパーカー去年でサイズアウトしていつか捨てようと思ってたやつだから貰っていいぜ。俺が持っててもゴミになるだけだし。」
「えっ…それは、なんか申し訳ないし…」
「いいから、傘もパーカーもやるよ。さ、風邪引かないように早く帰った帰った」
背中を押されて、道の方に出た。
「あ、ありがとう。今度お礼するよ。またね、由希」
「おう!またなー!あとお礼はしなくていいぞー」
彼から貰った黒パーカー。サイズアウトだと言っていたが、私が着るととてもぶかぶかだ。小学生の時くらいまでは私の方が身長が高かったのに、いつの間にか身長は抜かされ、肩幅も広がっている。少し、知らない彼がいた。
パーカーを貰ったあの日から、学校に行く時は必ずワイシャツの上にあのパーカーを着るようになった。お陰で毎年ワイシャツとパーカーだけでは少し肌寒かった冬もパーカーを着る事で、例年より暖かく過ごせた。今の季節は春。パーカーと傘のお礼をしよう、と秋からずっと思っていたが、メッセージアプリでありがとうと送っただけで、直接的なお礼はまだしていない。私がヘタレなのだ。勇気なんてなかった。お礼しよう、しようと思うだけで行動に移さなかったせいで、いつの間にか卒業式当日を迎え、今現在卒業式が終わった。今日こそは、今日こそはお礼を絶対に言う。そして、告白もする。そう朝家で決心をしてきた。下駄箱を見てみると彼の上履きはすでに戻されていた。もう外に居ると言う事だ。私はすぐさま外に出て、彼を探した。
────見つけた。いつもの通学路。見慣れた後ろ姿。必死に探し回った私の息は上がっている。息を整え、話しかけようとした。その瞬間、隣にいた知らない女が視界に入った。
「ねぇねぇ由希くん、この後由希くんの家お邪魔してもいい?」
「いいぞー、でも何するんだ?」
「えっとねー、」
その女は、一体誰?
その問いに答えるように、二人は恋人繋ぎをしている。私が話しかけようとして追いかけていた歩みが止まった。…由希、彼女いるの?なんで?私がもっと早く告白しなかったから?私に魅力がなかったから?私がドジでブスだから?そんな最低な疑問が私の脳みそを埋め尽くしていく。あぁ、目が熱い。視界が歪む。目に溜まった涙が、私の頬をぬらしていく。道の端にしゃがみ込み、嗚咽した。