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さすがに軽くはいなせなかったようで、兄が苦悶の表情を浮かべて俺の剣を受け止める。ギリギリと刃の擦れる向こうに見える兄の額には、ジワリと汗が滲んでいた。
「重力魔法です」
「いつものお前より、体捌きも剣筋も早い」
「肉体強化とスピードアップで身体能力を底上げしています」
「なるほど。……だが、その程度で俺に勝てると思うなよ?」
俺の重力魔法よりも、兄の筋力が優っていたらしい。渾身の力で押し戻され、俺は僅かに体勢を崩した。その隙を兄が見逃す筈もない。
「身の程を思い知るがいい!」
横から薙ぎ払うように繰り出された剣撃を強化した剣の腹でなんとか受け、俺は左手に魔力を集めた。身体強化などでこれほど補っても互角にしか持ち込めないとは、兄の素質がいかに素晴らしいか思い知らされる。
しかし、今日は俺も負ける気がしない。
「これも持ちこたえるか。なかなか楽しませてくれる」
「……負けません!」
ニヤリと笑う兄に、俺は人生初の啖呵を切った。
「珍しく、吠えるではないか!」
興が乗ったのか剣を一度引くと、兄は大きく振りかぶる。剣を持つ手に体中の気が凝縮していくのが見て取れた。この感じは見覚えがある。兄が鍛錬を重ねて開発した、大技に違いない。
「褒美に俺の技を見せてやろう!」
「!!!」
目に見えぬほどの速さで兄の剣先が空気を裂いた瞬間、凝縮された気が竜巻のような破壊力で俺に襲いかかる。とっさに防護壁を張ったが、それすら切り裂く。まるで強力な魔法を見た気分だ。
「終わりだ!」
衝撃波のような気が防護壁を打ち破ると同時に、目前に兄の剣先が迫る。技に溺れず追撃を欠かさない、確実に勝ちをつかみに来る……兄らしい貪欲さ。
「……!」
「リカルド様!」
ユーリンの叫び声が聞こえる。大丈夫だユーリン、心配は要らない。
俺は、一瞬で巨大な魔力を練り上げた。
防護壁すら破るでたらめな規模の兄の気。それを防げるレベルの魔法なんて、俺が知る限りでもわずかだ。
最短の詠唱だけで、俺は自分を守るように氷塊をいくつも展開させた。
凄まじい音をたてて、氷塊ができるそばから砕け散っていく。
兄の放った気の塊が、氷塊を砕きながら次々突破してくる。防ぎきれなかった気が、自身の体に到達する寸前に、俺は強力な突風を、兄に向けて放った。
「ぐはっ!?」
俺が吹っ飛ぶと同時に、切り裂くような音と兄のうめき声が聞こえた。どうやら俺の攻撃も、無駄にはならなかったらしい。
しかし、防護壁といくつもの氷塊に阻まれたというのに、まだ俺を吹っ飛ばすだけの威力を保っているとは、兄が開発したという技のすごさを知る思いだ。
だが、体へのダメージはさほどでもない。俺は素早く立ち上がり、状況を確認する。
兄は……まだ氷の中に埋まっているようだ。兄の気が砕いていった氷を、風魔法で氷の刃のように使ってみたのだが、結構うまくいったらしい。兄の体は無数の氷に覆われてしまっている。まだ氷がピクリとも動かないから、それなりにダメージを受けているようだった。
だが、俺もここからは魔法の残量も考えながら戦わねば。
兄の体力を考えれば、長期戦になると不利だ。
油断なく剣を構えた瞬間、足元の氷がガラガラを音を立てて弾き飛ばされる。中から、勢いよく兄が飛び起きてきた。
「寒っ! さっむ!!!」
すごい。まだ飛び起きるほどの体力が残っているとは。思ったほどのダメージになっていないことに純粋に驚く。だが、体はかじかんでいるようで、剣を持つ手がブルブルと震えていた。
「リカルド様、絶対に勝てますから!!!」
ユーリンの声援が聞こえる。
そうだな、ユーリン。今ならきっと勝てる。そう確信した。
これまで兄に勝てるなんてこと、考えたことすらなかった。いや、俺はもしかすると、怖かったのかも知れない。
剣術こそが至高で、その優劣がすべてだと教えられてきたこの家系で、もし魔法を操る俺が父や兄を超えるようなことがあれば、一族の矜恃を自らが傷つけることになるような気がしていたのだろう。
剣を捨てるのだから、魔法で頭角を現さねばならない。だが、魔法が剣を上回ることがあってはならない。
そんな考えが、無意識に俺自身を縛っていたように思う。
「頑張って、お願い!!!」
ユーリンの声に、俺の中のモヤモヤとした感情達がゆっくりと昇華し、劣等感が薄れていくのを感じる。ユーリン、君は……魔法も剣も、等しく俺の力だ、努力の証だと言ってくれたな。
今なら、その言葉を素直に受け入れられる気がする。
もしも、もしも兄に勝てたら、俺は……。