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ほたるだってもう学生じゃない。
 もしかしたら残業やなんかで家にいないかもって思いながらコールしたら、幸いにもちゃんと在宅で。
 
 「ごめんね、ほたる。何も聞かずに服を貸して欲しいの」
 私、数ヶ月ぶりに連絡しておいて開口一番そんな突飛なことを言ったのに、ほたるは「とりあえず会って話そっか」と苦笑しながらも家に呼んでくれて、訪れた私がびしょ濡れなことに驚いてお風呂まで使わせてくれた。
 
 冷え切った身体に温かなお風呂はとても魅力的で。
 お言葉に甘えてお風呂場へ向かった私は、濡れた服を脱ぐときにふと、宗親さんからもらった指輪を薬指にはめたままだったことに気がついた。
 お風呂の時はいつも外していたから一旦取りはしたものの、風呂上がり、それを再度指にする気になれなかった私は、散々迷って身に付けていたネックレスに通して首から下げた。
 正直見るのも嫌だったけれど、値段を思うとぞんざいにも出来ないのが腹立たしい。
 (私のバカ。どうして家を出るときに外してこなかったの!)
 茫然自失だったとはいえ、真っ先にこれを外さなきゃいけなかったのに。
 着ていた服のポケットに仕舞えたらよかったんだろうけど、濡れた服はほたるが洗濯しておくよと言ってくれたから。
 ずぶ濡れの服を持ち歩くのはどうかと思っていた私は、後日ほたるに借りた服を返しにくるついでに受け取ればいいかなって思って、彼女の厚意に甘えさせてもらうことにした。
 
 「で? その同居人の上司と喧嘩しちゃって……ずぶ濡れになったのに家に帰れない、と」
 小さく吐息を落としたほたるが、「もぉ〜、相変わらず何やってるのよ!」って苦笑しながらも、下着姿にタオルを巻き付けて出てきた私に、着られそうな服を見繕ってくれる。
 私より十センチ以上身長の高いほたるの服の中から選ぶには、パンツルックはどれも足の長さが違い過ぎて無理で。
 「このワンピなら何とかいけるかなー」
 言われて手渡されたのはカーキ色のシャツワンピース。
ウエストのところに紐がついていて、そこをギュッと絞れば、背の低い私でもまあまあの長さで着こなすことが出来そうなデザインだった。
 「ありがとう」
 お礼を言って受け取ったら、
 「下着は濡れてないの?」
 と心配そうに眉根を寄せられる。
 「幸いそこまでは」
 ほんのちょっとブラが湿っぽい気がするけれど、着替えないといけないほどじゃない。
 無意識に胸元をつまみながら言った私に、「さすがに私、春凪の大きな胸をカバーできるようなブラは持ってないからね?」ってクスクス笑われて。
 
 私は宗親さんの件でずっと張り詰めていた気持ちが、ほたるのおかげでほんの少し解された気がした。
 
 ***
 ほたるは結局傘まで貸してくれて、私は雨の中、今度は濡れずに同期のみんなとの待ち合わせ場所として指定した【双葉台のバス停】まで歩くことが出来た。
 
 「もう外、暗いけど一人で歩いて大丈夫なの? 危なくない?」
 家を出る間際、玄関先でほたるに眉根を寄せられて、今朝宗親さんに言われた「キミが危なっかしく夜道を歩いて帰ることや〜」というセリフを思い出して何だか胸の奥がキュッと苦しくなって。
 
 「春凪?」
 私が急に黙り込んで表情を曇らせたからだろう。
ほたるが心配そうに顔を覗き込んできたから、私は慌てて「あっ、何でもないっ。大丈夫!」と取り繕った。
 「恋人と何があったのかは分かんないけど……なるべく早く話し合いしなきゃダメよ? とりあえず今夜はうちに泊めてあげるからここに戻っておいで?」
 言われて、アパートのスペアキーを手渡された私は、「いいの?」と恐る恐るほたるを見つめて。
 「アタシが泊めなかったら春凪、どこに行くか分かんなくて危なっかしいんだもん」
 またしても宗親さんに心配されたようなことを言われてしまう。
 私は色々一杯一杯で、ほたるが同居人の上司としか話していない宗親さんのことを、わざと恋人と呼んだことに気付けないままアパートを後にした。
 ほたるが閉ざされたドアに向かって「分かりやすいぞ、春凪。帰ってきたらたくさん話、聞かせてもらうんだからね」とつぶやいたことも知らないままに――。
 
 ***
 
 バス停まで歩いて行ってみると、既に男性陣が待っていて。
 「ご、ごめんなさいっ」
 Misokaでの待ち合わせをすっぽかした上に、またしてもみんなを待たせてしまったことに申し訳なさで頭が真っ白になる。
 そんな私に足利くんが「いや、北条がさ、早く早くって急かすもんだから待つようになっただけだから」とクスクス笑って。
 ふとバス停備え付けのアナログ時計に視線を上げたら、確かに北条くんに指定した時間までは、まだあと十分以上ゆとりがあった。
 北条くんは私が時計を確認したのをばつが悪そうな顔でキッと睨みつけてくると、「女を一人、外で待たせるわけにはいかんだろうが」とムスッとする。
 そうして私に、「大体お前がどっかの店の中とかを指定してこないのが悪い」って、私のせいにしてくるの。
 (けど……確かにバス停なんかを指定されたら心配されるか)
 ほたるにも散々心配されたのを思い出して軽く反省した私は、「ごめんなさい」って素直に謝って。
 「まぁ〜まぁ〜。そもそもココでいいってOKしたのは北条なんだろぉ〜? だったら柴田さんだけが悪いわけじゃないじゃん? 怒らない、怒らない。ほら、北条ぉー。眉間に皺寄っちゃってるぞぉー?」
 と、ワンコみたいな人懐っこい笑みを浮かべて、武田くんにのほほんと庇われてしまった。
 
 「――ったく、どいつもこいつも柴田春凪に甘すぎだ」
 憮然とした顔でそう言いながらも、北条くんの表情はそんなには怒っていないように見えて。
 私は身体の力をふっと抜くと、「北条くん、お願いだからフルネームで呼ぶのやめて?」と、本題とは関係ない抗議を入れた。
 同年代の男の子は苦手だけど……、多分この三人とならうまく話せるようになれる。
 そんな気がした。