「あー、いや、アレだ、ほら、なんていうか……噂?」
雅史はぽりぽりと頭をかきながら、誰とも目を合わさずボソボソと独り言のように呟く。
「噂ってなに?なんのこと?舞花ちゃんの何を知ってるの?」
「なんですか!きちんと説明してください、岡崎さん」
「俺も知りたい、俺たち夫婦の何を知ってるのか、言えよ、雅史!」
みんなから詰め寄られた雅史は、覚悟したように自分のスマホを取り出して、何かの画面を見せてきた。
「ほら、これだよ、舞花ちゃんの裏垢ってやつ」
雅史のスマホにはSNSの写真とコメントがあった。
「え?ちょっと見せてください、私の裏垢ってなに?そんなのないのに」
雅史のスマホを奪うように取り上げると、スルスルと画面をスクロールして確かめている舞花。
「これ、私じゃない、私のフリをしてる誰かです。っていうか、なんでこれを私の裏垢だと思ったんですか?!」
「え?だってほら、そこに写ってる男の手は佐々木だろ?その独特の腕時計とカフスボタンに見覚えがあるし」
どんな書き込みなのか知りたくなった私は、雅史のスマホを覗き込んだ。
横から佐々木も一緒に覗き込む。
そこには、『優良物件ゲット!』と題して、ことの次第をサラリと書いてあった。
コンドームに安全ピンでこっそり穴を開けておき、妊娠する時期を見計らって誘ったこと。
もちろん彼氏にはそんなことは言わず、デキタから結婚してくれと迫って婚約したと。
_____なに?これ。舞花ちゃんがこんなことを?
いくら佐々木の事が好きでも、ここまでするのだろうか?
横で同じようにスマホを見ていた佐々木を見る。
まるで無表情で、感情が読み取れない顔をしている。
「偶然これを見つけたんですか?そして、私が本当にそんなことをしたと思ってるんですか?」
「いや、だって、そう書いてあるじゃん?舞花ちゃんはどうしても佐々木と結婚したかったんだろ?だから子どもをネタに結婚を迫った、なのにさぁ、ちょっと帰りが遅くなったくらいで離婚とか言うのが、俺にはわからないな」
話題を自分のことから舞花の裏垢にすり替えようとしている。
あ
そんな雅史に違和感を覚えた。
_____SNSなんてやってたっけ?
「うっ……ひどい…」
舞花が泣き出した。
「舞花、大丈夫。俺はこんなこと信じてないから。誰かのなりすましだろ?な、大丈夫だから」
「うわーん、私、こんなことしない」
佐々木が舞花を抱きしめて、背中をさすっている。
「ね、雅史はなんでそのアカウントを、見つけたの?それやってたっけ?」
_____SNSで浮気相手と連絡をとっていたんじゃないか?
そんな疑いを持った。
「え、あ、いや、偶然だよ。こんなのやってないし」
「じゃ、どうやってそれを見つけたの?誰かに教えられたとか?」
雅史の顔が、ハッとしたのがわかる。
「ぐ、偶然だって言ってるだろ?」
_____嘘だ
「偶然見つけたおかしなアカウントで、佐々木さん夫婦に波風立てるってなに?何が目的?自分が責められたから、話をそらした?」
「別にそんなつもりじゃ。じゃあさ、これがなりすましって証拠は?」
なんだか逆ギレしてくる雅史に、腹が立ってきた。
「も、もうっ、もしも裏垢だったら…私だったら、そんな見え見えのアカウントにしないっ!これが私のやつだから」
舞花は自分のスマホで、自分自身のアカウントを見せた。
そこには同じ写真があって、コメントは『大好きな彼と結婚します』そんな結婚報告だった。
「ほら、同じじゃん?」
雅史がドヤ顔で言う。
「あのさ、まったく同じ写真を使うかな?裏垢って見え見えになるよね?あ、ちょっと待って。ね、舞花ちゃん、他の写真も見せてくれる?」
舞花のアカウントの写真とその裏垢らしい写真は、全部同じだった。
コメントだけが、書き換えられている。
「あ、ここ、おかしいよ、ほら、この写真見て」
画面をスクショした写真を使ったのか、縁《ふち》がわずかにズレて二重になっている。
「ホントだ、わざわざスクショして使ってるんだ、なんでこんなこと……」
「舞花ちゃん、こんなことしそうな人に心当たりない?多分、わりと近くにいる人だと思うんだよね」
「……あ、でも、まさか!」
「なに、何か思い当たるの?」
「この、隼人君を罠に嵌めたっていうコメント、もしかしたら京香かも?」
「えっ!どういうこと?」
___あの、京香!!
ずっと心の奥に抑えてた名前が出てきて、心臓がドクンとなった。
雅史を見たら、雅史の顔も何かに驚いているみたいだ。