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第13話 写真の裏に書かれていた名前
「……どうして、今……?」
おさでいの声が、静かな部屋に落ちた。
誰も動かない。
誰も話さない。
テーブルの上には、古びた一枚の写真。
そこに写っているのは――
幼い湊音。
幼い静佳。
そして、その二人の後ろに立っている、もう一人の子。
「……」
湊音は写真をじっと見つめる。
「この子……」
指先で写真をそっと触れる。
「本当に、誰?」
静佳も覗き込む。
「私も知らない……」
「でも」
心音が小さく口を開く。
「俺は、この子を知ってる」
「え?」
静佳が振り返る。
「どこで?」
「……」
心音は答えられない。
おさでいも同じだった。
「俺も……見覚えがある」
「兄ちゃんまで?」
湊音が聞く。
「……ああ」
おさでいは写真から目を離さない。
「でも、なんでだ……?」
その時。
静佳の母親が、写真の裏側を見せた。
そこには、子どもの字で書かれた名前。
『――蓮』
「……れん?」
湊音が読み上げる。
「蓮……?」
静佳も呟く。
すると。
心音の顔色が変わった。
「……蓮」
「心音?」
「その名前……」
心音が写真を握りしめる。
「俺、知ってる」
「どこで!?」
莉犬が思わず聞く。
「昔……」
心音はゆっくり話し始める。
「俺がまだ小さい頃、近所にいた子だ」
「……!」
おさでいも思い出したように顔を上げる。
「……あ」
「おさでい?」
「いた」
「え?」
「確かにいた……」
おさでいの声が震える。
「俺たちの近所に、蓮っていう男の子がいた」
「じゃあ――」
湊音が写真を見る。
「この子?」
「……たぶん」
「たぶんって?」
「顔は……覚えてる」
おさでいは目を細めた。
「でも、ある日突然いなくなった」
「……いなくなった?」
静佳が聞き返す。
「うん」
心音が答える。
「引っ越したって聞いてた」
「……」
静佳の母親が黙っている。
「お母さん?」
静佳が気づく。
「……何か知ってるの?」
「……」
母親はすぐには答えなかった。
「知ってるんだね?」
「……ええ」
「じゃあ教えて」
「静佳――」
「教えてよ」
静佳の声が少し強くなる。
いつものツンとした声ではない。
本気だった。
「私、この写真の子を知らない」
「……」
「でも、みんなは知ってる」
静佳は写真を見る。
「だったら……私にも知る権利あるでしょ?」
母親は静かに頷いた。
「……そうね」
そして。
一冊の古いアルバムを取り出した。
「これを見て」
ページを開く。
そこには――
幼い湊音。
幼い静佳。
そして、蓮。
三人で手を繋いでいる写真。
「……!」
「これ……」
湊音が目を見開く。
「俺、覚えてる!」
「本当に?」
「うん!」
湊音は写真を指差した。
「この日、みんなでお祭り行った!」
静佳もじっと写真を見る。
「……私も」
「え?」
「少しだけ思い出した」
静佳は眉を寄せる。
「この子……」
「うん」
「私たちと、ずっと一緒にいた」
「そう」
母親が頷く。
「あなたたちは三人で遊んでいたの」
「……三人?」
湊音が呟く。
「じゃあ、なんで忘れてたの?」
その質問に――
母親は黙った。
「……」
「お母さん?」
「……忘れたんじゃない」
「え?」
「忘れさせられたの」
「「……え?」」
空気が凍った。
***
「どういうこと?」
静佳が聞く。
母親は苦しそうに目を伏せる。
「あなたたちがあの事故に遭った後……」
「事故?」
「公園でのことよ」
「うん」
「湊音が怪我をして、静佳も泣いて……」
母親は一度言葉を止める。
「その後、蓮くんのご家族から連絡があったの」
「……何て?」
「『もう、子どもたちを会わせないでほしい』と」
「……!」
湊音が固まる。
「なんで?」
「それは……」
母親が言い淀む。
「理由を聞いても、教えてもらえなかった」
静佳が拳を握る。
「じゃあ……」
「うん」
「蓮くんは?」
「その直後に、引っ越した」
「……」
湊音の表情が曇る。
「俺たち……」
「うん」
「何も知らなかったんだ」
「あなたたちが小さかったから」
母親は静かに言った。
「大人たちで決めたの」
「……」
「あなたたちには、ただ『遠くに引っ越した』とだけ伝えた」
「だから……」
静佳が呟く。
「忘れちゃったんだ」
「……そうね」
「……」
静佳は唇を噛んだ。
「でも」
心音が口を開く。
「それだけじゃないよね?」
母親を見る。
「……」
「なんで今、連絡が来たの?」
母親は答えない。
「蓮くんが今どうしているのか」
心音が続ける。
「それを知ってるから、連絡してきたんじゃないの?」
「……」
静かな沈黙。
そして。
静佳の母親が、ゆっくり頷いた。
「……はい」
「……!」
「蓮くんは、今も生きています」
湊音が息を呑む。
「……本当に?」
「ええ」
「じゃあ……」
静佳が顔を上げる。
「どこにいるの?」
「……」
「お母さん」
「静佳」
母親は静かに言った。
「今は、まだ言えないの」
「なんで!?」
「理由があるの」
「また理由……!」
静佳が立ち上がる。
「私たち、もう12歳だよ!」
「……」
「何も知らないままにしないでよ!」
声が震える。
「私……」
静佳は目を伏せた。
「ずっと、知らないことばっかりだった」
「……静佳」
「心音がお兄ちゃんだってことも」
「……」
「湊音がおさでいの弟だってことも」
「……」
「みんなに言えなかった」
静佳の目に涙が浮かぶ。
「でも……それは私が選んで隠してたからいい」
「……」
「でも、この子のことは違う」
写真を握りしめる。
「私、忘れたくて忘れたんじゃない」
「……」
「だったら……」
涙が一粒落ちる。
「ちゃんと、思い出したい」
***
「静佳……」
心音が近づく。
けれど。
静佳は一歩下がった。
「……ごめん」
「え?」
「ちょっと一人になりたい」
そのまま部屋を出ていく。
「静佳!」
湊音が追いかけようとする。
「待って」
心音が止める。
「……でも!」
「今は一人にしてあげよう」
「……」
湊音は悔しそうに拳を握った。
「……分かった」
***
廊下。
静佳は一人で歩いていた。
「……」
涙を拭う。
「泣くな……」
もう一度拭う。
「泣かないって……」
でも。
止まらない。
「……なんで」
その時。
「静佳」
後ろから声がした。
「……」
振り返らない。
「今は一人にして」
「うん」
その声は――
湊音だった。
「でも」
静佳の隣に座る。
「一人にはしない」
「……」
「昔も言ったじゃん」
「……」
「ずっといるって」
静佳は俯いたまま。
「……覚えてたんだ」
「うん」
「私、忘れてたのに」
「俺も全部は覚えてなかった」
「……そっか」
「でも」
湊音は笑う。
「静佳と一緒なら、思い出せる気がする」
静佳は少しだけ顔を上げた。
「……うん」
二人はしばらく黙っていた。
そして。
静佳が小さく言う。
「湊音」
「ん?」
「蓮くん……探したい」
「うん」
「私たちで」
「うん」
「……絶対?」
「絶対」
二人は小指を絡めた。
昔と同じように。
「約束」
「約束」
***
その頃。
事務所の別室。
心音とおさでいは、母親たちと向き合っていた。
「……まだ話していないことがあるんですよね」
心音が聞く。
「はい」
「何ですか?」
母親はしばらく黙ったあと――
一枚の封筒を取り出した。
「これを見てください」
「……?」
おさでいが受け取る。
封筒の表には――
『湊音くん・静佳ちゃんへ』
と書かれていた。
「……これ」
「今日、届いたものです」
心音が封筒を見る。
「誰から?」
母親が答える。
「……蓮くんです」
「「……!!」」
二人の表情が変わった。
「じゃあ……」
おさでいが封筒を握る。
「今も、俺たちのことを覚えてるってこと?」
「……はい」
その瞬間。
廊下から声がした。
「――お母さん!」
静佳だった。
「……!」
全員が振り返る。
静佳は涙を拭いながら立っている。
その隣には湊音。
「その手紙……」
静佳が封筒を見る。
「蓮くんからなんだよね?」
誰も答えない。
静佳は一歩、近づいた。
「……読ませて」
そして。
湊音も隣に立つ。
「俺も」
二人の母親は顔を見合わせる。
やがて――
静かに封筒を差し出した。
湊音が受け取る。
静佳と一緒に封を開ける。
中から出てきたのは、一枚の手紙。
そして。
小さな写真。
湊音が写真を裏返す。
そこには――
『12年前の約束、まだ覚えてる?』
と書かれていた。
「……」
静佳の目が大きくなる。
「……この字」
湊音も息を呑む。
「俺……知ってる」
二人は顔を見合わせた。
そして手紙を開く。
一行目には――
『湊音、静佳。久しぶり。』
その瞬間。
静佳の頬を、また涙が伝った。
「……蓮くん」
12年間眠っていた記憶が――
少しずつ、動き始める。
コメント
1件
心音さん、第13話読ませていただきました。 湊音と静佳が「忘れさせられた」記憶に揺れる姿が、胸に沁みました。静佳が「忘れたくて忘れたんじゃない」と涙をこぼすシーン、そして湊音が「一人にはしない」と隣に座る優しさ…もう、じんわりきてしまいました。 最後の手紙の「12年前の約束、まだ覚えてる?」という一文が、こんなにも温かくて切ないなんて。記憶が動き出す瞬間、その余韻がとても好きです。続きが待ち遠しいです🌷