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第1話 政略結婚の花嫁
__今日は私の結婚式。
純白のウェディングドレスに身を包み、鏡の前に立つ。
本来なら、人生で一番幸せな日なのかもしれない。
でも__
「……これが、私の結婚なんだ」
口から出た声は、自分でも驚くほど小さかった。
今日、私が結婚する相手。
それは__
吉田仁人。
大企業を経営する吉田家の跡取り。
そして、私と同じように家の事情で、この結婚を受け入れた人。
恋愛結婚じゃない。
二人の気持ちなんて関係ない。
ただ、両家にとって都合のいい結婚。
それだけだった。
***
チャペルの扉が開く。
ゆっくりと歩いていくと、正面に仁人が立っていた。
黒いタキシード。
整った髪。
その姿を見た瞬間、胸が少しだけ苦しくなった。
__綺麗だな。
そんなことを思ってしまった自分が嫌になる。
私が隣まで歩いていっても、仁人はほとんど表情を変えなかった。
そして、私の顔を見ることもなかった。
「……」
一瞬だけ目が合った。
でも――
すぐに逸らされた。
まるで、そこにいるのが私じゃなくても構わないみたいに。
「仁人さん」
小さな声で呼ぶ。
「……何?」
返事はあった。
けれど、その声には温度がなかった。
「今日……よろしくお願いします」
少しだけ笑ってみせる。
すると仁人は、淡々と言った。
「別に」
「……え?」
「今日の式を終わらせれば、それでいいから」
胸に、冷たいものが落ちてきた。
「……そう、ですよね」
「うん」
それだけ。
会話は終わった。
***
式が始まる。
誓いの言葉。
指輪の交換。
そして――
「誓いのキスを」
その言葉に、私は思わず仁人を見る。
仁人も私を見る。
でも、その瞳には何もなかった。
愛情も。
照れも。
嬉しさも。
ただ、義務をこなすような目。
仁人がゆっくり顔を近づける。
唇が触れる。
ほんの一瞬。
それだけだった。
離れた仁人は、何事もなかったかのように前を向いた。
私は笑顔を作る。
カメラのフラッシュが光る。
「おめでとうございます!」
周囲から祝福の声が飛び交う。
だけど――
私たち二人だけは知っていた。
これは、愛から始まった結婚ではない。
***
披露宴。
私の隣には仁人が座っている。
たくさんの人に囲まれているのに、私たちの間には妙な距離があった。
「彩乃ちゃん、綺麗だね」
「仁人さんも本当に素敵」
親族や知人から声をかけられる。
そのたびに私たちは笑顔を作る。
けれど、仁人は私にほとんど話しかけない。
料理が運ばれてきても、
「食べないの?」
「……食べる」
「そう」
それだけ。
しばらくして、私は勇気を出して聞いた。
「仁人さんは……この結婚、嫌でしたか?」
仁人の手が止まった。
そして、こちらを見る。
「嫌っていうより」
少し間を置いて、
「興味がない」
「……」
「俺にとっては、家同士が決めたことだから」
淡々とした声。
「君がどう思ってるかは知らないけど、俺はこの結婚に期待してない」
その言葉が、胸に刺さった。
「……分かりました」
笑って答える。
「私も、期待しません」
そう言った瞬間――
なぜか仁人の眉が、ほんの少し動いた。
***
披露宴が終わる。
親族への挨拶を済ませ、私は仁人と二人きりになる。
今日から私たちは夫婦。
そして、これから同じ家で暮らす。
そう思うと、緊張で手が震えた。
「……帰ろう」
仁人が先に歩き出す。
「はい」
私はその背中を追いかける。
車に乗り込む。
仁人は窓の外を見たまま、こちらを見ない。
沈黙が続く。
耐えきれなくなって、私は口を開いた。
「仁人さん」
「何?」
「……これから、よろしくお願いします」
仁人は数秒黙った。
そして――
「必要以上に俺に近づかなくていいから」
「……」
「俺も君に干渉しない」
冷たい声。
「夫婦だからって、無理に仲良くする必要もないだろ」
私は膝の上で、ぎゅっと手を握った。
「……はい」
「それと」
仁人がようやくこちらを見る。
「この結婚を、本当の夫婦だと思わないで」
「……え?」
「俺たちは家のために結婚しただけだから」
その言葉に、私は何も言えなくなった。
車が静かに走り出す。
窓の外の景色が流れていく。
私は隣にいる夫を見る。
今日、私は大好きな人と結婚したわけじゃない。
好きでもない人と結婚したわけでもない。
――ただ、家のために。
だから、きっと。
この人を好きにならなければいい。
そう思っていた。
でも――
この時の私はまだ知らなかった。
一番「愛なんて必要ない」と言っていた仁人が、
誰よりも先に私を手放せなくなっていくことを。
コメント
1件
はじめまして、あおいです🤍 第1話、読ませていただきました。 「必要以上に近づかなくていい」「この結婚を本当の夫婦だと思わないで」—仁人さんの冷たい台詞のひとつひとつが、彩乃さんの胸に刺さる感じが痛いほど伝わってきました。それなのに最後の一文で“誰よりも先に私を手放せなくなっていく”とあって、この先どう変わっていくのか、もう気になって仕方ないです。続きが待ち遠しいです🌷