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☕番外編:カクテルと、消えた砂糖
【Fleur】の開店準備中。
その夜も変わらず、街の片隅に静かに灯る紫の看板。
だがその日の準備室では、いつもと少し違う空気が漂っていた。
「……カイン、砂糖が、ない。」
リュカがやや真剣な顔で、棚の前に立ち尽くしていた。
「ないって、何の砂糖だ?」
カインは奥の冷蔵棚を確認しながら聞き返す。
「きび砂糖も、グラニュー糖も、ブラウンシュガーも……ぜんぶ、ない。ほら、仕込み用の棚も空っぽだよ。」
カインが棚を覗き込むと、確かに、いつもなら詰め込まれている小瓶が軒並み消えている。
「……まさか。」
二人は一瞬顔を見合わせ、同時に気づく。
「この前の仕入れ……、僕が発注忘れた!?」
リュカが顔を覆ってしゃがみ込んだ。
■ 20時、営業開始と砂糖ナシのカクテル
【Fleur】は予定通り、しれっと開店した。
だがその裏では、深刻な物資不足が続いている。
「甘さを控えたカクテル、という方向で……なんとか。」
リュカが密かに方針を決める。
だが、そう簡単にはいかない。
最初の客が注文したのは、なんと――
「“スノー・ブリーズ”をお願いします。」
――砂糖、ハチミツ、ココナッツミルクで仕上げる甘口カクテルである。
(まずい……!)
リュカは涼しい顔を保ったまま、即席の「低糖レシピ」を脳内で組み立てる。
「…こちら、本日の特別バージョンです。」
いつものよりずっと控えめな甘さ。でも香りだけは完璧に仕上げた一杯をそっと出す。
客は一口飲んで、少し首をかしげる。
「……あれ、今日はちょっと大人な味ですね。」
リュカは笑顔で返した。
「今夜の空気に合わせて、少しだけ余韻を長くしてみました。」
客は満足げにうなずく。
(……あぶなかった。)
リュカは心の中で冷や汗を拭った。
■ 21時、カインの番
リュカが奥で補充の仕込みをしている間、カウンターにはカインが立っていた。
そこへ来店した常連の女性。
「今日は、例の“ブラウン・シンフォニー”をお願い。」
これは、ブラウンシュガーの香ばしさが肝の一杯。
カインは、少しだけ眉を動かすと、手元のボトルを見つめた。
(……ない。だが、やる。)
カインはブランデーの風味を強くし、チョコリキュールで甘みのニュアンスを調整。
ラストには、バーナーでほんのりとシナモンスティックを炙るというアドリブを加えた。
女性がカクテルを口に運ぶ。
「……え、なにこれ。なんか、今日のほうが美味しい。」
カイン「……。」
リュカ(奥から小声)「アレンジ成功してるじゃん……!」
■ 22時、リュカの“致命的ミス”
騒動のラストは、リュカによる“禁断のアレンジ”だった。
砂糖の代わりに、「ちょっと風味の似てるアガベシロップ」を使って試した新作。
だが――
「……あれ?」
味見をした瞬間、リュカの顔が止まる。
「なんか……青臭い……?」
間違えて入れていたのは、「未開封の青唐辛子漬けアガベシロップ」。
店のスパイス棚にまぎれていた、カインの個人ストックだったのだ。
リュカ「……これは、ない。」
カイン「お前、二度と俺の棚いじるな。」
■ 閉店後、反省とコーヒー
その夜はなんとか無事に終わった。
閉店後、二人は片付けながら、ささやかな「砂糖忘れ反省会」を開いた。
カイン「今後、発注はダブルチェックにする。」
リュカ「はい……反省してます……。」
カイン「でも、あのブラウン・シンフォニーは俺のほうがうまかったな。」
リュカ「ぐぬぬ。」
それでも最後には、苦めのコーヒーを手に、二人で笑っていた。