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窓の外は暗い。
一方で室内が明るい理由は、文明の利器が煌々と輝くためだ。
入浴と夕食が済んだことで、居間は喉かな空気で満たされている。
四人はそれぞれのやり方で就寝までの時間を潰すも、その内の三人は偶然にも似通っている。
読書だ。
もっとも、無音ではない。ページをめくる音は心地良く、一方で雑音も健在だ。
その発生源はエウィン。彼だけが本ではなく皿と向き合っている。
ここはハクアの自宅だ。
そして、居間には腹を満たした四人が居残っている。
後は眠るだけの状況ゆえ、彼らはラフな格好だ。寝間着に一枚羽織っており、外出には耐えないが室内ならば問題ない。
居間の最奥には机とそれを囲うように本棚が設置されている。そこは家長の特等席となっており、机の上は読みかけの本だらけだ。
散らかっていることを気にも留めず、分厚い本に目を通すハクア。その佇まいは年長者のそれであり、そういう意味ではカーペット上の少女は正反対だ。
瑠璃色の髪を後頭部で束ね、フンフンと鼻息を荒げるパオラ。寝転がって絵本を読んでおり、行儀は悪いが注意するほどでもない。
読書に励む三人目はアゲハだ。少女の隣に座りながら、魔物に関する専門書で知識を蓄えている。ダボっとした黒い服を着ており、ズボンの締め付けも緩い。
女性陣が寡黙に活字を追いかける中、一人だけ口を動かしている。
エウィンだ。夕食時のテーブルに陣取り、モグモグと何かを食べている。
「この構図って、なんか僕だけマヌケなんじゃ……」
客観的な感想だ。
この少年も読書家と言えなくもないのだが、今だけは間違いなく仲間外れだ。
正しい論評に対し、ハクアが大人として同意する。
「わかってるじゃない」
「え⁉ それってほとんど悪口じゃ……。もぐもぐ」
「夕食の後に、一人だけお菓子食べてるあんたの姿が紛れもない証拠よ」
「うぐぐ……。もぐもぐ」
シャリ。
あるいは、パリン。
一口ごとに、そのような音が居間に響く。
その正体は、アゲハが作った菓子だ。地球ではありふれた食べ物ゆえ、スーパーだろうとコンビニだろうとありとあらゆる店で買える。
そして、片付けの手間はかかるが自作も可能だ。
テーブルの上には大きな皿が置かれており、そこには黄金色の薄い何かが折り重なるように盛られている。
菓子と呼ぶには素っ気ない見た目ながらも、こってとりとした味わいは少なくとも地球の人々を魅了した。
「ポテトチップス、こっちで作ったのは、初めてだけど、どうかな?」
アゲハが異世界に新たな料理を生み出した瞬間だ。
スライスされた薄い芋ながらも、エウィンは右手を止められない。
「すっごく美味しいです。コッテリしてて、ちょっぴり塩辛くて、確かにこれはお菓子です。元がただの芋とは思えません」
山盛りのポテトチップスを前に、エウィンは塩味と幸せをかみしめる。
もっとも、摂取カロリーは膨大だ。ニキビの一つも出来そうなものだが、この少年は鍛錬だけでなくフルマラソン以上の距離を駆けており、その運動量は地球人の比ではない。
アゲハもそれをわかっているからこそ、実験も兼ねてこの菓子作りに挑んだ。
結果は見事成功だ。エウィンの嬉しそうな顔も見れたことから、心の底から満足出来ている。
そうは言っても、つまみたくなるのが人間の心情か。
「わ、わたしも、少しもらおうかな」
そもそも作った当人だ。許可などなしに、好きなだけ頬張れば良い。
しかし、このタイミングでハクアが釘を刺す。
「いいんじゃない? あんたもいっぱい食べて太り……、間違えた、強くなりなさい」
「はう!」
事実として、この時間帯にポテトチップスを暴食しようものなら、脂肪が蓄えられてしまう。
アゲハの運動量もエウィンに勝るとも劣らないため、おそらくは問題ないはずだ。
それでもこの発言を受けて立ち止まった理由は、万が一を考えた結果か。
アゲハは知っている。ポテトチップスの暴力的なカロリーを。
味見のために何枚か食べてしまったため、追加の一枚や二枚は誤差かもしれない。
それでも今回は、踏み留まる。
大人達の他愛ないやり取りの最中も、パオラだけは静かだ。絵本に夢中な上、満腹ゆえにこれ以上は食べられない。もう少し時間が過ぎれば小腹も空くかもしれないが、その頃には就寝が待っている。
描かれた王様に食い入る少女を眺めながら、エウィンは思考を巡らせる。
(この子、本を読んでる時だけは本当に静か。行儀が良いのか、それくらい夢中なのか……)
後頭部のポニーテールを時折揺らしながらも、少女は絵本から目を離さない。
対照的に、十八歳はポテトチップスを食べ続ける。
パリンと。
あるいはサクッと。
手が止まらない理由は、それほどに美味だからだ。
おずおずと座ったアゲハへ視線を映しながら、エウィンは思うがままに語りだす。
「アゲハさんは別に太ってませんよ?」
「あ、そ、そうだよね……」
「お腹がこれ以上出るのはあれですけど、胸とか足なら大歓迎です」
「はう!」
デリカシーのない発言だ。
アゲハが倒れ込む一方で、ハクアが年長者として口を開く。
「あんたは本当に……。いつか後ろから刺されるわよ」
「時々、目ん玉潰されてますけど……。黙って食べます。もぐもぐ」
保護者の魔眼に睨まれた結果、エウィンは萎縮してしまう。反省を促された結果であり、今は黙って食べ進める。
薄っぺらいそれは食べ応えこそないが、その味は絶品だ。
だからこそ地球では売れ筋商品だった。エウィンの胃袋もあっという間に掴まれてしまう。
(芋を焼いただけでなんでこんなに美味しいんだろう? 形に秘密があるとも思えないし……)
すっかり虜だ。
焼くのではなく油で煮ているのだが、この少年は調理に関する知識を持ち合わせていないため、その差すらわからない。
貪り食うエウィンを眺めながら、ハクアがゆっくりと本を置く。
「あんたもすっかり大食いよね。夕食あんなに食べたのに、まだ入るなんて」
「確かに。でも、美味しくて止まらないです。これ、特別なお芋だったりするんですか?」
「まさか。普段から食べてる芋よ。若いと油っぽいだけでそう錯覚するんじゃない?」
「まぁ、否定はしませんけど……」
事実として、エウィンの右手は止まらない。
背徳感すら調味料にして、次々と口に運ぶ。
そんな中、アゲハがよろめくように立ち上がった理由は、観念したからだ。そのままエウィンの隣に着席すると、ポテトチップスへ手を伸ばす。
無言を貫くアゲハに対して、少年は問わずにはいられなかった。
「どうですか?」
「ちょっと、薄味かなって気もするけど、十分美味しい」
「食後のデザートにピッタリですよね。さぁさぁ、遠慮せずどうぞ」
「う、うん……」
エウィンの気遣いを否定するほど、アゲハは野暮ではない。促されるがままに、二枚目、三枚目を口に運ぶ。
しかし、家長だけはお見通りだ。ふんぞり返るように指摘する。
「アゲハ、餌付けされてるわよ」
「う⁉」
正しくは肥育か。
エウィンの思惑により、アゲハが数枚分太ったはことは間違いない。
その成果をニヤニヤ見守る十八歳に対して、二十四歳はぷうと頬を膨らませる。
「こ、このくらいだったら、太らないから」
摂取カロリーは微々たるものだ。
それでも不安感を払しょく出来ない理由は、ポテトチップスを知り尽くした日本人ゆえか。
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