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まなこ〜友
117
#ますしき
T
5,800
翌日、私たちは車でショッピングモールへ来ていた。
食器に家具、消耗品。一通り必要なものを買い揃えると、そのほとんどを雅が軽々と抱えてくれている。
「これでひとまず住むのに問題ないだけ揃ったわね」
「ベッド届くの明日だっけ?」
「そう、だからあんたには働いてもらわなきゃ。明日朝から起きて一緒に組み立ててよね」
古いベッドの処分も店が引き受けてくれることになり、胸を撫で下ろしながら駐車場へ向かう。その時、背後から鋭い声が飛んできた。
雅の知り合いらしいその女性に、彼は「おー、久々」と短く応じた。けれど、その声のトーンはどこか低く、どこか気の抜けた声だった。
女性は一見して華やかな美人だったけど、私の隣に並ぶ雅を確認すると、次に私を品定めするように足元から頭の先まで視線でなぞり、それから隠そうともせず、鼻で笑った。
溜息が漏れそうになるのを何とか堪えた。うんざりするような出来事でも、人前で溜息を吐かないという常識くらい備わっている。
それに雅と一緒にいると、こうした場面は日常茶飯事。ナンパか、あるいは彼を狙う知人。私を見て身を引くタイプならまだしも、こうして露骨にマウントを取ってくるタイプは一番面倒くさいから相手をしないに限る。
雅自身の人間関係を疑いたくなるけれど、この男が周囲にそもそも興味があるわけがない。疑っても無駄。
わずらわしさに背を向けようとした瞬間、ぐい、と手首を掴まれた。
振り返ると、荷物を抱えたままの雅が、私の腕を逃さないとばかりに強く握っている。その瞳が「逃がさねぇけど?」と有無を言わさない様に真っ黒な笑みを向けてきていて、思わず舌打ちが出そうになった。
こういう場に居て良いことなんて一つもないのに、退路を断たれた私は、この男の横顔を精一杯睨みつけた。
「え? 彼女作ったの? 何日目?」
その口ぶりだけで、彼が今まで数日単位で女を履き替えてきたのだと察しがついた。
大方、最初は甘い顔をしておいて、相手が重くなったり執着し始めた途端、面倒になって放り出したのだと思う。
自分から沼に落としておいて、いざ溺れ始めたら勝手に溺れる方が悪いとばかりに放置する、そんな男に捕まった女性が、不安から情緒を乱していく様が安易に想像できた。
私だって、もしこの男を好きになったら、不安や嫉妬できっと面倒な女になると思う。
だから、これは私には関係のない話だ。余計な口は挟まず、時が過ぎるのをただただ待っていた。
「もう半年くらいは経つけど」
「えー、何で? 固定の子作っちゃったの?」
「それ、そっちに関係ある?」
雅の口元には笑みが浮かんではいるが、声のトーンは低く、目は冷え切っている。明確に不快だと感じているのが伝わってきた。
相手の女性は、雅の返答に表情を強張らせる。
「え、何。そんな感じじゃなかったじゃん、今まで来るもの拒まず去るもの追わずって感じで……。誰かと真剣に交際する気があったなら私だって……!」
「俺が誰に本気になろうがそっちに関係ある? お互いに気楽な関係が保てると思ったから居ただけで、俺1回でも好きだとか言った?」
ずっと黙って聞いていたけれど、あまりの言い草に耳を疑った。
目の前の女性が震えながら好意を伝えているのに、それを土足で踏みにじるような冷酷な一言。
どこまで性根が腐りきったクズなのか。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ。そんなこと言う必要ないでしょ」
低く、抑えきれない怒りを込めて声を掛けると、女性も雅も、少し驚いたようににこちらを見た。
口を挟むつもりなんて、これっぽっちもなかったけれど、嫌われたくなくて、面倒だと思われたくなくて、必死に言葉を飲み込んできた彼女の痛みが、今の私にはよく理解できる。それを土足で踏みにじった雅が許せなかった。
「相手の気持ちを考えずに最低な行動しておいて、開き直ってんじゃないわよ」
それだけ言い放って、手首を掴んでいた彼の指を力任せに振り払い、一度も振り返らず一人で駐車場へと歩き出した。
心臓が、嫌な音を立てていた。いつかあれに近い言葉を自分が吐かれるのではないかと考えたからだと思う。
考えても仕方のない不安が、湧き上がってくる。
大学時代、私の日常はずっと、雅でいっぱいだったと思う。彼が優しく微笑んでくれるだけで幸せな気持ちになって、だけどその内、いつか、私よりいい人が、気の合う人が現れたら私は捨てられると、そんな恐怖が常にあった。
それでも嫉妬をぶつけられなかったのは、泣いて縋れなかったのは、さっきの彼女と同じ。雅に”面倒な女”だと思われて、切り捨てられるのが怖かったから。
平気なふりをして隣に立っている今だって、私はあの頃から一歩も進めていない。
コメント
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「俺1回でも好きだとか言った?」って台詞、マジでクズすぎて笑ったわ……でもそれ以上に、主人公が過去の自分を重ねて怒って振り払うシーンが胸に来た。表面的には平気そうなのに「一歩も進めていない」って内面が明かされるところ、グッとくるね。この展開、どう転ぶのか続きが気になる🔥