カインたちが脱出し、広いこの場には俺とヒュドラだけが残された。 一瞬、こいつも消えるんじゃないかという期待がなかったわけではないが、そんな淡い希望はどうやら叶いそうにない。
『最終選考を開始します』
先ほどと同じ声が聞こえてきたかと思うと、それまで大人しくしていたヒュドラから恐ろしい程の殺気が発せられた。
剣を抜き構える。
このデカブツ相手には心許ないが、これまで俺と一緒に多くの死線を潜り抜けてきた唯一の相棒。そう思うと、少しだけ心の中の恐怖心が和らいだ気がした。
ヒュドラの巨大な頭が、まるで獲物を狙う猛獣のように俺に迫ってくる。俺をひと飲みにしてしまうかのような、巨大な口の中には鋭い牙がぎっしりと並んでいる。ヒュドラの体が俺の体を掠めるように通り過ぎると、まるで突風を受けたかのような強い風圧が俺を吹き飛ばしそうになった。
その太い首を斬りつける。やはり俺の剣はその表皮に弾かれてしまう。
背後から別の首が迫ってくる気配を感じ、目の前の首を飛び越えるように回避する。それまで俺のいた場所から大きな衝突音が聞こえてきたが、そちらを確認する余裕もなく、更にもう一つの首が着地したタイミングを見計らっていたかのように迫ってきた。
着地の直前、迫ってきたヒュドラの鼻先目掛けて剣を振り下ろす。刃がヒュドラの硬い鱗に弾かれ、火花を散らす。当然斬れることはなかったが、そのまま剣を支点にして体を回転させ、ヒュドラの頭上を飛び越える。
戦闘が始まってどれくらい経っただろうか?五分?十分?一瞬でも気を抜けば命を落とすという緊張感の中、それは永遠とも思える時が流れていた。
あの謎の声は「最終選考」と言っていた。つまり何らかの条件を満たせばクリアーすることが出来るはずだ。ギリギリの戦いの中で、俺はその条件について考えていた。
最も可能性があるのは、目の前のヒュドラを倒すこと。俺だけ残されて戦わされているのだから、これが間違いなく大本命。そしてそれならば俺が条件を満たすことは出来ないだろう。俺には起死回生の奥の手も、ご都合主義の必殺技も無いのだから。
しかし、それならばそう伝えるのではないだろうか?
これは俺の都合の良い受け取り方かもしれないが、はっきりと条件を言わないということは、誰しもが考えうる達成条件ではないのではないだろうか?
だとしたら何だ?俺一人で成すことの可能な条件……。
「――がっ!」
ヒュドラの尾が左腕を掠める。
軽く当たったように見えたが、俺の体は地面に叩きつけられ、そのまま数メートルほど飛ばされた。
時間の経過と共に徐々にヒュドラの動きが速くなってきている。それまで回避することの出来た攻撃も躱し切れないことが増えてきた。俺の疲労が原因ではなく、確実にヒュドラの動きが上がってきている。
魔法鞄から素早く治癒ポーションを取り出して口に含む。これで五本目。即死ダメージを受けていないのは幸いだが、このままではいずれはポーションが切れるか、致命傷を受けるかだろう。
未だクリアー条件は検討がつかない。もしかして、このまま逃げ続けていたらタイムアップが来るのだろうか?もしそうじゃなかったら……。
立ち上がった俺に、巨体をくねられながら向かってくるヒュドラ。一切攻撃の手を緩めるつもりは無いらしい。
正面からは三つの首が、回避すればそちらに待ち構えていたかのような尾の攻撃が待っている。
カインなら正面の首を斬り落とそうとするだろう。ハンスならば盾で防ぎ、サレンなら魔法で迎撃するだろう。だが俺にはそのどれも無い。だから――
こちらから正面の首に向かっていく。
あえて間合いを潰すことで相手のタイミングをずらし、ギリギリのところで回避。胴体を飛び越し、そのままヒュドラの背後へと走り抜ける。背後から尾が迫ってくるが、勢いをつけて突進していたヒュドラと、逆方向へ走る俺。その尾は俺に当たることなく空を切った。
そして俺はすれ違う刹那、ヒュドラの背中の中央に小さく埋め込まれている何かを見つけたのだった。