コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……すち、ちょっとごめん。……先に教室、行ってて」
昼休みの中庭。
ベンチに並んで座っていたみことが、突然、そんなことを言った。
「……どうしたの? 何かあった?」
「ううん……うまく言えないけど、ちょっと……変なんだ」
透ける腕を見つめていたみことの輪郭が、ふわりと揺れた。
まるで、光が滲んだように。
「――みこと」
名前を呼ぶだけで、喉がひりつく。
数日前まではそんなことなかった。
毎日そばにいて、冗談を言って、すちのレポートをちゃかして、廊下を一緒に歩いて、空の教室でふたりで笑ってた。
けど――確実に、みことは、“こっち側”から遠ざかっている。
「大丈夫。……ちょっと一人で、考えたいだけ。すぐ戻るから」
笑うみことの表情は、あの頃と同じで、
だからこそ余計に、すちは自分の無力を思い知った。
放課後。
すちはアトリエに籠もった。
キャンバスの前で、筆を持ったまま何も描けずにいたあのときと、何も変わっていない。
変わったのは、隣に“みことがいる”という奇跡――と、それが崩れ落ちそうな不安だけだった。
「……もう、絵なんか描いてる場合じゃないのかもな」
ぽつりとこぼしたとき。
「描いてよ」
背中から声がした。
振り返ると、みことがいた。前より少し、淡い光をまとって。
「すちが描いた絵、好きなんだ。俺が知らない色も、世界も、すちの中にいっぱい詰まってる」
「でも……」
「“でも”じゃない。俺、思い出したんだ。俺が死ぬ前、すちに言おうと思ってたこと」
すちの胸がぎゅっと音を立てて軋んだ。
「……お前、俺に何か言おうとしてたの?」
「うん。でも、言えなかった」
みことの声が震えた。
光が零れそうな輪郭が、言葉にかすかに揺れていた。
「すちのことが、好きだった」
時が、止まった気がした。
「高校の頃から、ずっと。ずっと、一緒にいたくて、隣で笑ってたかった」
「……」
「でも、怖かった。友情を壊しちゃうのも、自分の気持ちがすちにとって重すぎるのも。だから、何も言わないまま……いなくなっちゃった」
すちは、ゆっくりと目を閉じた。
呼吸の仕方を忘れそうだった。
心臓が、ぐちゃぐちゃになるくらいに痛かった。
「なんで、そんな大事なこと……」
「ねえ、すち」
みことの声が、今にも消えそうに細くなる。
「もし……もし、俺がもう少しだけ、ここにいられるとしたら…
すちの好きな色、見せてくれる?」
「……ああ。見せるよ」
すちは涙を堪えながら、震える声で答えた。
「だから……いなくならないで」
その夜、すちは筆を取った。
キャンバスの白に、真っ先にのせたのは――“みことの瞳の色”だった。
透明な光と、静けさと、懐かしさが混ざったあの色。
忘れたくない色。永遠に閉じ込めておきたい、記憶の色。
そして――“初恋の色”。
触れられない君の手に、僕の想いをどうやって伝えたらいいんだろう。
でも――すち。
君の描く未来の中に、少しでも僕がいられるなら、
それが、僕の“今”なんだ。