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マーカスの声が聞こえる。それが幻聴ではないことを、皮肉なことに私の神聖力が教えくれた。
私の名前を呼ぶ声に答えたくて、出ない声の代わりに心の中で呼んだ。すると、それに答えてくれたかのように、もう一度名前を呼んでくれた。
「アンリエッタ!」
今度はさっきよりも近くから、マーカスの声が聞こえ、視線を動かした。首はもう動かせそうになかったから。
マーカスの顔を見た瞬間、ホッとした安堵感と共に、嬉しい気持ちも一緒に込み上げてきた。何日振りに見るのか分からなかったが、とても久しぶりのように思えたからだ。
すでに神聖力を吸い取られ、意識が切れそうになっていたところに、現れたマーカス。だからなのか、気配だけではなく、彼から感じる私の神聖力で、こっちに近づいてくるのが分かった。途切れそうになっていた意識が、自然と明確になるのを感じた。
それは、私だけではなかったようだ。私を捕らえている魔法陣もまた、すぐさま反応し出した。
「‼」
アンリエッタの腕に巻き付いていた紐状のものが、拘束を解いて、マーカスの方へ向かっていった。新たに魔法陣から飛び出てこないことから、数に限りがあるのだろう。
本当なら、解放された腕を動かして、紐状のものを掴み、それを止めたかったが、体の痛みで、もうそれすら出来なかった。見ていることしか出来ないのが、とても辛かった。
マーカス、逃げて。
口を動かしても、やはり声にはならなかった。
マーカスもまた魔法陣から、何かが来るとは思わなかったのだろう。一瞬驚いた後、すぐさま腰にあった剣に手を掛けた。次の動きは勿論、剣を抜いて紐状のものを切ると思っていったら、その体勢のまま動かなくなった。
部屋には、マーカスが突入してくる前から、ユルーゲルがいた。アンリエッタを捕らえている魔法陣とは別の魔法陣へと、神聖力を注ぎ込む時には、必ずユルーゲルが作動させていたからだ。どういうわけか、他の者に任せるようなことは、一切していなかった。
そのユルーゲルが何かして、マーカスの動きを封じているのかと思い、視線を向けた。すると、ポーラもいたらしく、部屋の中でユルーゲルに詰め寄っていた。そんな状態の男が、マーカスに何かをしているようには見えない。声までは聞こえなかったが、たじろいでいる様子だったからだ。
そんなわけで、何ともあっちは拍子抜けするような場面だったが、こっちはそうはいかない。ポーラもまた、こっちで起こっている出来事に、気づいている様子はなかった。
マーカスは剣に手を置いたまま、何故か抜くのを躊躇っている。そうなれば当然、動きは鈍り、最終的に紐状の物に腕を掴まれるのは、目に見えていた。
どうして切らないの? このままじゃ、マーカスまで捕まっちゃう。
魔法陣は、アンリエッタの足に巻き付いていた物まで解いてまで、マーカスを捕まえようとしていた。さすがに紐状の物が二つに増えると、マーカスも反撃した。飽く迄、剣は抜かず、鞘に納まった状態のまま、叩き落した。
その時、マーカスはアンリエッタの状態を確かめるような、目線を送った。そしてまた、鞘に入ったままの剣でそれらを、弾き返した。先ほどの躊躇っていたのとは、打って変わった動きだった。
つまり、魔法陣から出ているそれを傷つけると、魔法陣に捕まっている私に、何らかの影響があるんじゃないかと思って、躊躇っていたってこと?
嬉しいけど、自分の身を大事にしてほしい。遠慮なく、叩くんじゃなくて、バシバシ切ってほしい、こんな物。自分を拘束する物ほど、忌々しい物はないんだから。
どうやったら、それを伝えることが出来るのか、マーカスを眺めていると、バランスを崩す姿に、ヒヤッとさせられた。すると、マーカスの胸元から、青いリボンが飛び出した。
それからも神聖力を感じ取ると、魔法陣は胴体に巻き付いていた物で、それを掴もうと伸ばしていく。反射神経が良いのか、それすらも剣でたたき落として、マーカスは再び青いリボンを懐に仕舞い込んだ。
拘束する物が段々なくなっているにも拘らず、身動き一つ出来ない自分に腹が立った。意外なことに、魔法陣もそう感じたのか、最後の一つとなっていた、もう片方の腕に巻き付いていた紐状の物まで解いた。
さすがにマーカスも四つに増えると、対応出来なくなってきたのか、先ほどのような軽快な動きには見えなくなってきていた。いやそうじゃない、少しずつ、こっちに近づいてきている……?
気のせいだと思っていたが、見間違いじゃなかった。しかし、見方を変えれば、魔法陣に誘導されているという可能性も否定できない。
もしも、マーカスが捕まったら、私と同じようになるんじゃないかと思ったら、血の気が引いた。体の痛みなんて言い訳にしている場合ではなかった。
拘束する物がなくなった体に、無理やり力を入れて、起き上がった。ほんのちょっと動いただけなのに、息切れした。けれど、そんなことに構ってなんていられない。顔を上げて、出ない声の代わりにジェスチャーをしようと腕を上げた瞬間、掴まれた。
マーカスに。そこまで近くにいたことに気がつかず、驚いていると、さらに腕を引っ張られた。
「!」
抱き締められたことに気づいたのが、数秒。それが魔法陣の上であったことに、気づいた瞬間、マーカスの体を押した。が、案の定ビクともしない。
ダメ。離れて。
そう願って抵抗していると、離れてくれないマーカスから、妙な気配がした。
自分の神聖力に似た気配。マーカスの胸元から感じる、これは何? それが段々大きくなっているのを感じた瞬間、魔法陣の上で銀色の光に包まれた。
アンリエッタの髪が、その光に染まるようにして、元の色へと戻っていく。茶色から銀色へと。
その光もまた、神聖力だったのか、魔法陣へと吸い込まれていった。すると今度は、近くにあった別の魔法陣が反応し始めた。
それはユルーゲルがアンリエッタの神聖力を使って、起動させようとしていた魔法陣。既定の量に達したのか、今まさに起動しようとしていた。
「何だ……?」
マーカスの腕が緩み、アンリエッタも同じように眺めた。
あれが起動するということは、もう力を取られないで済むことを意味する。そう思うと、向こうの魔法陣で、何が起こるのか気になるよりも、安堵感で目を開けているのが辛くなった。無理に起き上がったり、押したりしたせいもあるのだろう。
「あれは……」
マーカスの体に身を委ねていると、驚いた声が上から聞こえてきた。だから、もう少しだけ頑張って、再び視線を向けた。
「パトリシア?」
マーカスによく似た、金髪の女性の姿が見えた後、アンリエッタは目を閉じた。もう驚くことさえ疲れたというように。