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逃げるように家から出てきた私は、息を吸って吐いてを繰り返し、鼓動をおさえた。
気持ちが落ち着いたときには、隣にルイスが立っていた。
出てくるのが遅くなったことと、若夫婦がニヤついていることから、昨夜のことを根掘り葉掘り聞かれたに違いない。
「この家は空けておくからね! また来年も二人で来るんだよ!!」
別れ際に若夫婦にそう言われた。
また来年。
ルイスと共にトキゴウ村へ来るのだと思うと、頬が熱くなる。
一年後、私はどうなっているだろうか。
無事、トルメン大学校の編入試験を合格して音楽科の二学年を終えているだろうか。
ルイスは士官学校を卒業し、騎士になっているだろうか。
その間、私たちの関係はどうなっているのだろうか。
「ってことで――、おい、聞いてるか?」
「ご、ごめんなさい。話を聞いていなかったわ」
「はあ、昨日もこのやり取りした気がするぞ」
「その……、一年後のことを考えていたのよ。ルイスにとっては今年が勝負なわけだし……」
自分の世界に入っていたあまり、ルイスの話を聞いていなかった。
指摘された通り、昨日も同様のやり取りをしていた気がする。
私は素直に謝り、考え事をしていたのだとルイスに告げた。
「まあ、何もなければ騎士になれるさ。勉強で分からないことがあれば、お前に教わればいいだろうし、剣術で行き詰ったらカズンさまに相談すればいいしな」
「私……、士官学校の勉強、教えられるかしら」
「謙遜しなくてもいいぞ。お前が通ってた学校、士官学校よりもレベル高かったからな。そこで首席だったら、余裕だろ」
「なんでそれをあなたが……、あっ」
「半年間、マリアンヌの個別指導してたんだぞ。おかげで、筆記試験には困らなかったな」
今年、ルイスは士官学校の最終学年だ。
勉強と剣術により一層、磨かなくてはいけない大事な時期である。
しかし、当人は重圧には感じていなかった。
勉強であれば私を頼ればどうにかなるし、剣術ではライドエクス侯爵家の当主を頼ればいいと楽観的だ。
「その……、カズンさまとは連絡を取っているの?」
「学校の授業料とか、寮のお金を払ってくれてるからな。手紙のやり取りだったり、直接会って話したりしてるぞ」
「そうなんだ」
ルイスにとってカズンは金銭を支援してくれる人。
主従関係が切れたとはいえ、まだ交流は続いているらしい。
「カズンさまはルイスにとって、恩人のような方なのよね」
「まあな。保護されてなきゃ、喉の治療もままならなかっただろうし」
雑談をしつつ、私とルイスは帰りの馬車のほうへ歩いていた。
帰りは、作物を出荷しに行く村人の荷馬車に乗る。
「二人とも、イイ夜は過ごせたか?」
荷馬車前で一人の村人が私たちに声をかけてきた。
どうやら彼が御者のようだ。
悪気はないのだろうが、そう聞かれると昨夜のことを思いだし、両頬が熱くなってしまう。
ルイスは「お、おう」と歯切れの悪い返事をしていた。
「おっ、遂にか!? そうかそうか。おじさんは嬉しいなあ」
私たちの反応で村人は何かを察したらしく、喜んでいた。
ルイスが私に片想いをしていたのは、ほとんどの村人が周知しているみたいだ。
まあ、村人たちはルイスのことを家族のように接しているし、気にするのも当然か。
「後ろに乗ってくれ」
「ありがとうございます」
私とルイスは荷馬車に乗る。
中は、収穫した作物が入った木箱が積まれており、昨日の馬車よりも狭い。
それぞれの荷物を入れたら、座る場所が限られている。
「イチャついても全然いいからな!」
「うっせえ、皆してからかいやがって!!」
村人が冗談を言うとルイスはムキになって言い返す。
ルイスの反応を楽しんだ村人は、繋いでいた馬にムチを打ち、荷馬車を動かした。
☆
馬車が動き出してから少し記憶が飛んでいる。
それは私が眠ってしまったからだ。
昨夜は十分に睡眠が取れておらず、寝不足ではあった。
「んっ」
目覚めると、私はルイスの腕の中にいた。
眠っている間、ルイスが枕代わりになっていたらしい。
「えっと、その――」
「おはよう。ロザリー」
「支えてくれてありがとう。ずっとその体勢なの、辛かったでしょ?」
「いいや」
目覚めた私はルイスから離れようとするも、彼はそれを拒む。
「この後、ロザリーと別れることを思うと……。そっちのほうが辛い」
「ルイス……」
「俺も近々クラッセル領からトゥーンへ戻らないといけないし」
ルイスがクラッセル領に居られる時間は短い。
私と再会して、トキゴウ村の見舞いを終えたら首都へ帰る予定だったろうし。
悲しい顔をしているルイスの頬に触れる。
今までルイスとは喧嘩ばかりしていたけど、両想いになったら、笑ったり、怒ったり、寂しがったりと表情が豊かだなと感じた。
そういう点がマリアンヌに似ていると私は思った。
(抱きしめられていると、お姉さまみたいに安心する)
マリアンヌ以外で、心地よいと思うのは初めてかもしれない。
「辛くないなら……、もう少しこのままで、いい?」
「もちろんだ」
私はルイスに顔を近づけ、キスをした。彼はそれに応えてくれる。
屋敷に帰ったら、もうルイスに甘えられない。
トルメン大学校の編入試験に合格しないと、しばらくルイスに会えない。
(絶対に、合格しなきゃ)
今まで、私にとっての編入試験は、それに挑み、合格することによってクラッセル子爵が喜ぶから練習に励んでいた。
でも、今は違う。
編入試験に合格すれば、ルイスに会える。
トキゴウ村での出来事は、私の気持ちを大きく変えた。