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荷馬車に乗って半日。
予定通り、私たちは街に帰ってきた。
荷馬車に乗せてもらったお礼を述べた後、私とルイスは屋敷から迎えに来た馬車に乗る。
ルイスを屋敷に連れてゆくのは、クラッセル子爵が『必ず二人で帰ってくること』と言ったからだ。
「ルイス、顔が強張っているわよ」
「そりゃあ、あの人にお前と結婚したいって伝えなきゃいけないからだ」
「お義父さまなら大丈夫よ」
「……ロザリーの言葉でも、それは信用できないな」
馬車の中では密着することなく、向かい合う形で座っていた。
その間、ルイスはクラッセル子爵に会うことを緊張しているようだった。
顔が強張っていて、両手もぎゅっと握りしめていたからである。
ルイスが緊張しているのは、クラッセル子爵に私との交際を認めてもらうために話さなきゃいけないこと。
クラッセル子爵は許してくれると思う。
私もルイスと同じ想いだから。
「お姉さまがマジル王国の第二王子と婚約したから、跡継ぎは私になる」
「……らしいな」
「だから、お義父さまの家業を継ぐ為に音楽学校を卒業しないといけないの」
交際をゆるしてくれるだろうけど、恋愛にかまけて編入試験の練習やその後の試験を疎かにしたら、私たちを別れさせるだろう。
きっと交際の条件として、ルイスにも”騎士”になることを求めるはず。
「私は音楽学校を卒業して、演奏家の資格を得ること。ルイスは士官学校を卒業して騎士になること。それがお義父さまが私たちの結婚を許してくれる条件よ」
「このままの成績で卒業しろってことだな」
「まあ、そうね」
話している内に、強張っていたルイスの表情が和らいでいた。
緊張が解けたみたいだ。
ルイスは私に手を伸ばす。
私はピシッと彼の手を払った。
「だめっ、御者の人が駆けつけてきちゃうわ」
「……だよなあ」
ルイスはトキゴウ村や荷馬車の時のように、私に触れようとしていた。
それを拒絶したのは、ルイスのことが嫌いになったわけではなく、場所が悪いからだ。
クラッセル子爵はルイスを警戒している。
御者に会話の内容などを報告するよう命じているに違いない。
御者は馬車を操っているから、中の様子は完全に分からないだろうが、ルイスが私に密着するような行動を起こせば、馬車を止めて制止するはず。
「俺を止められるほどの武力があるとは思えないけどな」
「そうなったら私が間に入ったとしても、お義父さまはルイスとの交際を認めてくれないでしょうね」
「認めてくれなかったら……、俺はお前をこの屋敷から連れ出す」
「えっ」
クラッセル子爵がルイスを認めなかったら、私たちの関係はそれきりだと思ってた。
もし、そうなったらルイスは私と駆け落ちする選択を取るようだ。
「ロザリー、お前はクラッセル子爵家に”拾われた”子供だ。跡継ぎ問題に深く関わる義理はないんだよ」
ルイスの言う通り、私は”拾われた”子供だ。
マリアンヌとクラッセル子爵はぽっかりと空いた私の心を埋めてくれた存在。
二人のために、それが私の行動原理だった。
それをルイスに否定されるのは好きな人とはいえ、嫌な気持ちになる。
「ルイス……、それは言い過ぎよ。これ以上言ったら、あなたのこと嫌いになる」
私は苛立ちをルイスに伝えた。
「……」
ルイスは唇をきつく噛み、黙った。
眉をしかめていることから、私の発言に不満を持っているのだろう。
(ルイスはクラッセル子爵家のこと、よく思っていない気がする)
綺麗で気立てのよいマリアンヌに、ヴァイオリンの実力者で優しいクラッセル子爵のことを嫌う人はそういないと思っていたのに。
その後、私たちは互いに沈黙したまま、屋敷に着いた。
☆
馬車を降りると、クラッセル子爵、マリアンヌ、グレンの他、使用人やメイドたちが私とルイスの帰りを待っていた。
私の姿を見るなり、マリアンヌは駆け寄ってきた。
「おかえりなさい! ロザリー!!」
「ただいま帰りました。お姉さま」
マリアンヌはいつものように、私をぎゅっと抱きしめる。
「あら? 甘い香りがするわ」
「これは、ルイスが髪を結ってくれたさいに、つけてくれたオイルの香りです」
「そう。可愛らしいロザリーにぴったり!! 流石、ルイスね」
マリアンヌはすぐにオイルの香りに気づいた。
私は素直に、ルイスが付けてくれたものだと話す。
好みの香りだったようで、マリアンヌも褒めてくれた。
「ゴホンっ。予定通りにロザリーを返してくれた誠実さは認めよう」
私とマリアンヌが一日ぶりの再会を果たしていた後ろで、クラッセル子爵がわざとらしく咳ばらいをする。ルイスをけん制しているようだ。
「クラッセル子爵……、僕もあなたに伝えたいことがあります」
「ほう」
ルイスはクラッセル子爵と対峙する。
「僕はロザリーを愛しています。彼女の婚約者として、交際のお許しを頂けないでしょうか」
ルイスはクラッセル子爵の前で膝をつき、深く頭を下げた。