まだ日も昇りきらない静かな朝。
日本はキッチンのテーブルに座って、眠そうな目をこすっていた。
「……イギリスさん……昨日……いろいろ、甘えてしまって……すみません……」
「謝ることを禁止します。私は、日本さんが甘えてくださるほど嬉しいのですよ?」
イギリスの声は驚くほど穏やかで、しかしその奥に熱があった。
紅茶を注ぎ、カップを日本の前へ置きながら、手の甲をさりげなく撫でる。
「日本さんの全部が……愛しいのですから」
「っ……こ、こういうことを……朝から言わないでください……」
日本は顔を赤くし、耳までもゆっくりと染めていく。その姿があまりに可愛いので、イギリスは堪えきれずに日本の椅子の背に手を置き、後ろから抱き寄せた。
「言いますよ。言わせてください。昨日の夜の日本さんを思い出すと……どうしても、我慢できません」
日本の手が震えた。
「……っ……イギリスさん……」
喉にかかった甘い声。
その一音だけで、イギリスの胸に熱が走る。
「……仕事、行きたくなくなります……」
「ふふ。では、休んでしまいますか?」
「だ、ダメです! 今日上司が……」
「その上司なら、今日の午後、取締役会議で“然るべき扱い”になります。心配はいりません」
「……“然るべき扱い”って……何を……?」
「日本さんに二度と触れられない程度に、ですよ」
優しい声で、言っていることはかなり苛烈だった。
日本は言葉を失い、ただイギリスの腕に包まれていた。
日本が部長に書類を押し付けられかけた瞬間──
「その書類、彼に持たせないでもらえますか」
後ろからイギリスの声が飛んだ。
「しゃ、社長……!」
「あなたにはもう、部下を使う資格はありませんよ」
部長は青ざめ、日本は呆然と立ち尽くす。
イギリスは日本にだけ向ける優しい声で囁いた。
「日本さん。あなたは私の社員です。……そして、大切な人です。守らせてください」
「……っ……はい……」
日本の胸に温かさが広がる。
帰宅後、日本は玄関で立ったまま、力が抜けて壁に寄りかかった。
「今日……本当に……ありがとうございました……」
「いいえ。日本さんのためなら当然です」
イギリスはコートを脱ぐ日本に近づき、そっと抱き寄せる。
「……ご褒美を、差し上げますよ」
「ご、ご褒美……?」
日本が聞き返すより早く、イギリスは日本の腰を引き寄せ、額にキスを落とした。
「今日一日、頑張った日本さんへ」
「っ……! そ、そんな……子どもみたいな……」
「子ども扱いなどしていません。あなたが愛しいので触れているだけです」
日本の胸がぎゅっと締まる。
「……イギリス、さん……もっと……」
小さく欲しがる声が漏れた。
自分でも驚くほど甘えた声だった。
イギリスの表情が一瞬で熱を帯びる。
「……“もっと”……とは?」
「……あの……ぎゅって……してほしいです……」
「はい。いくらでも」
イギリスは日本を抱き上げ、リビングのソファへと連れて行く。
日本が両腕を首に回すと、イギリスはたまらず息を呑んだ。
「日本さん……そんな顔をすると……」
「……だって……イギリスさんが……優しいから……」
イギリスは日本の頬を両手で包み、額を重ねる。
「優しくしたいのですよ。あなたにはずっと」
「……もっと……甘えたいです……」
「どうぞ。私の日本さん」
日本は胸に顔を埋め、全身でイギリスに寄りかかった。
ソファには二人の身体が密着した柔らかい音が落ちる。
夜中。
日本はイギリスの膝枕で眠りかけていたが、半分だけ意識が戻って、ぽつりと呟く。
「……イギリスさん……」
「はい。起きてしまいましたか?」
「……大好き……です……ほんとうに……」
眠気でとろんとした目。
無防備で、甘くて、イギリスにだけ向けられる表情。
イギリスは堪えきれず、日本の髪に唇を触れさせた。
「……そんな顔、他の誰にも見せたくありません」
「だって……私……イギリスさんのもの……ですから……」
その言葉が、イギリスの理性を一瞬で溶かした。
「……はい。ええ、その通りです。
あなたは私のもの。
私だけに甘えて、私だけに心を開いてくださればいいのです」
日本は小さく微笑んだ。
「……じゃあ……そばにいてください……ずっと……」
「もちろんですよ。あなたが望む限り、私は離れません」
日本はイギリスの膝に頭を預け、手を伸ばす。
「……手、つないでください……」
「はい」
指を絡めると、日本は安心したように目を閉じた。
「……おやすみなさい……イギリスさん……」
「おやすみなさい、日本さん。
……愛しています」
静かな夜。
二人の呼吸だけが、同じリズムで重なっていた。
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