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悔しかった。大切な仲間を傷つけ、絶望させ、地獄の底に叩き落としたことが。
悲しかった。生まれ持った能力で悪事を働き優越に浸る自分がいたことが。
辛かった。大好きな仲間たちに軽蔑の眼差しを向けられたことが。
嬉しかった。そんな自分でもたった1人だけ受け入れてくれる人がいることが。
でも、どんなにその人に優しい言葉をかけられようと、どんなにその人に自分の気持ちが伝わろうと、もう心も体もズタボロで、引き返すことなんて出来なかった。
『……対象ヲ発見。対象ヲ発見。直チニ排除セヨ。』
真夜中の人気のないほぼ山奥に面する古い倉庫の中、スマートフォンから流れる無機質な機械音声。今俺の目の前には、殺害対象の男が傷だらけの状態で横たわっている。
弱らせて排除しやすくするために、予め怪我を負わせた。全身から血と膿が滲み出ている。
「おぉ、お前!お、俺にこんなことしてい、良いと思ってんのか!すっ、すぐ部下共がかけ、駆けつけるぞ!」
何を言っているのか、わからない。人の声がノイズのように耳をつんざく。血だらけの左手の人差し指をピンとこちらへ指す。次はお前だなんてことを言いたいのだろうか。愚かだ、そう思う他なかった。
『排除セヨ。排除セヨ。』
「ちっ…っるせぇな。」
言われなくても分かっている。そう思いながら横たわる対象に右の手のひらを向け目を閉じ、渦を念じる。
━━━━これさえ終われば、もう何も考えなくていい。金だけ手に入れて彼の元へ戻る。
二度と引き返せないと思っていた道を必死に戻ろうとする。言葉だけでは伝わらない感謝と謝罪。せめてもの賠償をと、こんな道に踏み出していた。
精神を統一し、強く念じる。これが、これさえ終わってしまえば…。
『双刃さん、みんなで遊びに行きましょう!』
はっと目を開ける。聞こえないはずの声。しかし聞いたことのある、いや、幾度となく聞いてきた優しい声。はい、と一瞬言葉が出そうになると左手で口を抑える。
なぜ今、こんな時に…。
『双刃さーん、一緒にゲームしよーよー。』
『双刃さん、ご飯できたから食べな〜。』
『よっしゃ双刃さん!俺とどっちが強いか勝負しようぜ!』
なぜ、なぜだ?なぜ今こんな声が聞こえる?
念じることも忘れ、辺りをキョロキョロ見回すが当然自分と対象以外誰もいない。
ダメだ、集中、集中だ。
そう思い再度渦に集中する。
『お願い、双刃さん、もうやめてください…』
今度は苦しそうな声が聞こえてきた。その声は震えており、今にも消えてしまいそうなほどのか細い声。
待ってくれよ、俺は、俺は…。
『双刃さん、なんで…』
違う…。
『あんたは、あんたは最低だよ!』
違うんだ…。
『私、双刃さんのこと親友だと思ってたけど…私だけだったみたいだね。』
待ってくれよ…。
『仲間を守りたいってあの言葉、嘘だったんですね。今までの言葉も行動も全部。』
どうして、どうして信じてくれないんだ…。
耳元で囁かれているように聞こえる幻聴に思わず両耳を塞ぎ、膝から崩れ落ちる。目の前にいる対象は呆然とし、すぐ横を走り過ぎ扉をガシャンと開けて逃げ出して行った。
しかし、今はそんなことはどうでもよかった。本当にどうでもよくなったのだ。自分がわからない。何をして、何を言って、どんな表情をしていたのかすら、もう覚えていない。あるのはトラウマと、楽しかった思い出だけ。
皆でショッピングに行った時。皆で事件を解決した時。皆で苦難を乗り越えた時。皆を傷つけてしまった時。
思い出と言葉一つ一つが鮮明に蘇る。酷く傷のついた心に、塩を振りかけられたような気分だった。思い出したくなかったあの軽蔑の眼差し、悲しい声、助けを乞う声、全てが脳内でぐるぐると目まぐるしく回る。
『……ミッション失敗。ミッション失敗。直チニ帰還セヨ。』
胸ポケットに入れた小型のスマートフォンを取り出すと、八つ当たりをするように地面へ叩きつけた。ザザザッというノイズを流しながら、部品がバラバラになり息絶える。
俺は、俺は…。
頭を抱え冷たいコンクリートの地面にうずくまる。涙がボロボロと溢れ出し、嗚咽が月明かりだけが差し込む倉庫内に響き渡り、もはや能力などどうでも良くなっていた。
どれだけそうしていたか、覚えていない。気づけば館の玄関前に立っていた。時刻は午前3時、もう既に皆寝ている時間だ。ここに来た理由は皆に謝るわけでも、睡眠や食事を取りに来たわけでもない。誰もいないまさにこの時間にこっそり別れを告げに来たのだ。
しばらく館を見上げたあと、ポストに1枚の手紙を入れた。こんな自分を大切に思ってくれた人、優しくしてくれたあの人への唯一のお礼に。
「……ありがとうございました。」
改めて館へ向き、深々とお辞儀をする。
苦しかった。仲間が自分への信頼が失われ、目に見えて孤立していくことが。
吐きそうだった。話しかけても邪険にされてしまうことが。
恋しかった。あの時の皆の優しい声と眼差しが。
愛されたかった。こんな自分でも今まで通り接して欲しくて、話しかけて欲しくて、美味しい食事と暖かな空間にまた戻りたくて。
本当の自分、それを知るのは家族でも友達でも知り合いでもない。心を許し許され、その仲間の和から切り離された時、ただ1人、「自分」だけが知れるものだ。