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#一次創作
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麗太
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第221話 帰ってきた学園
【現実世界・旧学園跡地・朝】
校庭に、朝の風が吹いた。
異世界の空ではない。
王都の光でもない。
ジャバの黒影も、Cの針も見えない。
灰色の雲。
湿った土の匂い。
遠くで鳴る車両のエンジン音。
無線の声。
誰かが走る足音。
全部、現実世界の音だった。
ハレルは、校庭の土を見下ろした。
そこに自分の足がある。
主鍵を握った手は、まだ震えている。
肩の傷も痛む。
けれど、ここは戻ってきた場所だった。
「……戻った」
その声は、自分でも驚くほど小さかった。
隣でサキが、スマホを胸に抱いたまま空を見上げている。
「本当に……現実だ」
リオは校舎を振り返った。
窓の向こうに、生徒たちの顔が見える。
体育館の方からは、泣き声と、名前を呼び合う声が聞こえていた。
「まだ信じられないな」
ハレルは頷く。
「ああ」
その時、校庭の外から城ヶ峰の声が響いた。
『救護班、前進』
『ただし、全員走りすぎるな』
『学園内部の安全確認を優先』
『生徒、教師の点呼を開始』
救護班と警察官たちが、校門側から慎重に入ってくる。
誰も叫ばない。
誰も無理に近づかない。
それでも、その表情には強い緊張と、抑えきれない安堵が混じっていた。
木崎がカメラを下げたまま、校庭へ入ってきた。
「おい」
ハレルが振り向く。
木崎は言葉を探すように少し黙り、それから言った。
「……戻ってきたな」
ハレルは、ゆっくり頷いた。
「はい」
木崎はサキとリオも見た。
「三人とも、立ってるな」
リオが苦笑する。
「ぎりぎりですけど」
「立ってりゃ十分だ」
木崎はそう言って、校舎の方へ目を向けた。
「問題は、このあとだな」
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/体育館・朝】
体育館では、青山先生が泣きながら点呼をしていた。
「森下カナさん!」
「はい!」
「藤井タクト君!」
「はい!」
「安西リナさん!」
「はい!」
名前を呼ぶ。
返事がある。
それだけで、青山先生の声は何度も詰まりそうになった。
体育館の別の場所では、教頭が各学年の先生たちを集めていた。
「一年生は右側へ」
「二年生は中央」
「三年生は青山先生の列に続いてください」
「担任が確認できないクラスは、学年主任が代わりに点呼を取ってください」
声は震えていた。
それでも、教頭は止まらなかった。
校長も、壁に手をつきながら立っていた。
何度も深く息を吸い、生徒たちの顔を見回している。
「全員を確認します」
校長は言った。
「戻ってきたことを、全員の名前で確認します」
その言葉に、他の先生たちも動き出した。
「一年一組、こちらです!」
「二年三組、返事をしてください!」
「けがをしている人は、手を上げて!」
体育館には、泣き声だけでなく、たくさんの名前が響いていた。
一人ずつ。
クラスごとに。
学年ごとに。
学校が戻ったのではない。
学校にいた人たちが、戻ってきたのだ。
生徒たちは、床に座ったまま泣いていた。
抱き合う者もいる。
呆然と天井を見上げる者もいる。
まだ異世界にいるような顔で、自分の手を見つめている者もいる。
香川先生が体育館の入口から入ってきた。
「二年一組、校舎側から移動完了しました!」
「けが人はいますが、意識不明者はいません!」
青山先生は大きく息を吐いた。
「よかった……」
そこへ救護班が入ってくる。
「医療班です!」
「順番に確認します!」
「立てる人はそのまま座っていてください!」
「無理に動かないでください!」
生徒の一人が、震える声で聞いた。
「ここ……日本ですか?」
救護班の女性が、膝をついて目線を合わせる。
「はい」
「現実世界です」
「皆さんは戻ってきました」
その言葉を聞いた瞬間、体育館のあちこちから泣き声が広がった。
青山先生は、手元の名簿を握りしめる。
「戻ってきた……」
それでも、彼女はすぐに顔を上げた。
「点呼を続けます」
「全員の名前を確認します」
名前を呼ぶことは、もう恐怖への対抗だけではなかった。
帰ってきたことを、確かめるための声になっていた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
佐伯と村瀬は、端末の前から離れられずにいた。
画面には、帰還した学園の全体図が表示されている。
校舎。
体育館。
校庭。
外周。
全てが、旧学園跡地の地表に収まっていた。
佐伯が息を吐く。
「帰還対象、九割以上確認」
「残りは点呼と現場確認中です」
佐伯の画面には、生徒だけでなく、教職員の反応も表示されていた。
校長。
教頭。
担任教師。
学年主任。
養護教諭。
事務職員。
それぞれの反応が、体育館、校舎、校庭に分かれて点滅している。
村瀬が画面を確認しながら言った。
「教職員の反応も戻っています」
「校長、教頭、各学年の先生方、養護教諭も確認中」
「まだ全員の身元照合は終わっていませんが、反応はあります」
城ヶ峰は短く頷いた。
「生徒だけでなく、教職員も全員確認しろ」
「学校は、生徒だけでは成り立たない」
木崎が校舎を見ながら呟いた。
「本当に、丸ごと戻ってきたんだな」
日下部は端末を見たまま答えた。
「はい」
「建物だけじゃない」
「そこにいた人たちごと、です」
村瀬が続ける。
「白いコアは帰還ラインから完全に切り離し済み」
「成人遺体二体も、外部管理ラインへ移送完了」
「ラストの錆片も、今のところ再活性化なし」
城ヶ峰は頷いた。
「よし」
だが、その声には喜びだけではない硬さがあった。
日下部が画面の隅を指す。
「C反応は消えていません」
城ヶ峰が見る。
そこには、ほんの小さな針のようなノイズが残っていた。
帰還ラインの下。
学園そのものではなく、そのさらに奥。
佐伯が言う。
「かなり薄いです」
「でも、完全消失ではありません」
村瀬も頷く。
「Cは撤退したというより、観測を終えただけに見えます」
木崎が顔をしかめる。
「嫌な言い方するな」
日下部は目を伏せた。
「でも、そういう反応です」
城ヶ峰は短く言った。
「記録しろ」
「下層干渉体C」
「今後の最優先警戒対象に入れる」
佐伯はすぐに入力した。
『下層干渉体:C』
『状態:低反応継続』
『危険度:未確定・高』
木崎は帰還した校舎を見た。
「学校が戻っても、敵は奥に残ってるってわけか」
城ヶ峰は答えた。
「そうだ」
「だが今日は、まず戻った者を守る」
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/校庭・朝】
サキは、スマホの画面を見ていた。
地図アプリは開いたままだ。
黒い地図の上に、学園の輪郭が戻っている。
校庭。
体育館。
校舎。
そして、サキの現在位置のすぐそばに、小さな光点が揺れていた。
表示名は、変わらない。
re。
サキは小さく息を吸った。
「一緒に……戻ってきたの?」
reは答えない。
ただ、サキのそばで、ゆらゆらと光っている。
さっきまで画面の端にあったCの一文字は消えている。
でも、最後の声は耳に残っていた。
では、また。
サキはスマホを握りしめた。
「またなんて、嫌だよ」
ハレルが隣に立つ。
「reは?」
「まだいる」
ハレルは画面を覗き込む。
「消えてないんだな」
「うん」
リオも近づいてきた。
「Cに見つかったのに、残ったのか」
サキは頷く。
「名前はまだ分からない」
「でも、ここにいる」
リオは少しだけ考えてから言った。
「それでいいんじゃないか」
「今は」
サキは画面の光を見る。
「うん」
その時、イヤーカフにかすかなノイズが入った。
三人が同時に顔を上げる。
『……聞こえる?』
ノノの声だった。
弱い。
遠い。
それでも、確かに届いていた。
ハレルがすぐ答える。
「ノノ!」
『よかった』
『完全には切れてない』
『かなり細いけど、通信は残ってる』
サキの顔に安堵が広がる。
「ノノ、大丈夫?」
『こっちは大丈夫』
『アデルも、ヴェルニも、ダミエもいる』
『みんな疲れてるけど、生きてる』
リオが息を吐いた。
「よかった」
別の声が入る。
『よかったじゃない』
アデルだった。
『お前たちは現実に戻った。まずは状況確認をしろ』
ハレルは少し笑った。
「アデルらしいな」
『感傷に浸るのは後にしろ』
その後ろで、ヴェルニの声がかすかに混じる。
『おい、俺にも言わせろ』
『帰ったなら、ちゃんと休めよ』
『あと、俺が守った校庭を雑に扱うな』
サキは少しだけ笑った。
「ありがとう、ヴェルニ」
『礼は次会った時でいい』
『菓子でも持ってこい』
アデルの声が冷たく入る。
『負傷者は黙っていろ』
『はいはい』
その短いやり取りに、ハレルたちは少しだけ肩の力を抜いた。
けれど、リオはすぐに真顔に戻る。
「ノノ」
『うん』
「ユナは?」
一瞬、通信が静かになった。
それから、ノノの声が慎重に返る。
『イルダ医療棟にいる』
『状態は安定』
『イデールが見てる』
『でも、まだ現実には戻ってない』
リオは目を閉じた。
分かっていた。
分かっていたはずなのに、胸の奥が痛んだ。
「そうか」
アデルの声が入る。
『リオ』
『順番を間違えるな』
『学園を戻した。次はユナだ』
リオはゆっくり目を開ける。
「ああ」
ハレルも頷いた。
「次は、ユナさんを戻す」
サキも言う。
「うん。絶対に」
reが、スマホの中で小さく揺れた。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/さらに深い場所】
Cは、帰還した学園を見ていた。
校舎。
体育館。
校庭。
本来の地表に戻った学園。
その中にいるハレル、サキ、リオ。
そして、サキのそばで揺れる小さな光。
re。
Cは、静かに言った。
「残りましたね」
カシウスの声が、どこか遠くから響く。
「学園は戻った」
「はい」
「君は失敗したのかな」
Cは少しだけ沈黙した。
「いいえ」
「観測できました」
ジャバの声が苛立つ。
「負け惜しみかよ」
「違います」
Cは穏やかに答える。
「名前、場所、記憶、残光」
「そして、名になりきらない光」
「彼らが何で境界を越えるのか、分かりました」
カシウスが問う。
「次はどうする」
Cの声は、若いようにも、年老いているようにも聞こえた。
「次は、残ったものを見ます」
「ユナかい」
Cは答えない。
ただ、イルダ医療棟の反応を見た。
現実側に戻った者。
異世界側に残った者。
その間にいる者。
Cは静かに囁く。
「境目にいるものは、よく揺れます」
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/校庭・朝】
救護班の声が響いている。
生徒たちは順番に保護され、教師たちは点呼を続けている。
警察官たちが校舎の安全確認に入り、外周班が光具を維持している。
戻った。
確かに、戻った。
けれど、全てが終わったわけではない。
ハレルは主鍵を見下ろす。
父・匠の気配は、今はほとんど感じられない。
だが、消えたわけではない気がした。
リオは校庭の先を見ている。
その視線は、現実の校舎ではなく、まだ異世界に残る姉へ向いていた。
サキはスマホを見る。
reはまだ、そばにいる。
サキは小さく言った。
「帰ってきたよ」
光は答えない。
でも、ほんの少しだけ揺れた。
ハレルは二人を見る。
「休むのは少しだけだ」
リオが頷く。
「ああ」
サキも、涙の跡が残る顔で頷いた。
「次は、ユナさん」
ハレルは主鍵を握った。
「迎えに行く」
現実世界の空の下で、帰ってきた学園が静かに立っている。
だが、その先にはまだ、異世界へ伸びる細い線が残っていた。
第十五章 深層C編ーーー了
コメント
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ああ、戻ってきたんだな……って、読みながら何度も息を呑みました。体育館の点呼シーン、特に青山先生の「名前を呼ぶことが帰還を確かめる声になってる」って描写が胸に刺さりました。ただ戻っただけじゃなくて、まだユナは向こう側で、Cも完全には消えてない――この“終わったようで終わってない”余韻の残し方が巧いです。reがまだサキのそばにいるのも気になりますね。次はユナさんを迎えに行く展開、楽しみにしてます。お疲れ様でした!