第1話 始まりは突然
帰路を色白く照らす蛍光灯。所々ひび割れたアスファルト、壁には不良どもが書いたであろう、とても芸術とは言えない雑な落書きがいくつもある。当たり前のようにポイ捨てされたコーラの空き缶。その代替品のように、大の字になりながらゴミ袋のベッドで仰向けになっている一人の男、
「はぁ…」
重たく動かしにくい体を起き上がらせ、ただ決まった動きをするロボットのような足取りで帰路を歩く。 所々赤く滲んだ深緑のパーカーに、切り刻まれてボロボロになった青い長ズボンには、味が無くなるまで噛み尽くされたガムがへばりついている。いつもは綺麗だと思える満月。だが今は、男を見下し惨めな姿を晒し者にするかのように、パーカーの血を照らし出す。
「今日は、奏の誕生日なのになぁ…」
男にとって、唯一家族と言える義理の妹。
誕生日だからといって、妹を祝える訳では無い。どうやら親は、無能な実の息子よりも成績優秀な義理の妹を愛していたいらしい。自分の無力さに嫌気がさし、非力で無力な拳を握りしめ、男のせいっぱいの力で壁を殴る。拳から滴る血は、まるで見せしめかのように壁にこべりついていた。
「俺、このまま生きていていいのか?」
正常な人間なら考えつきもしないような疑問が、男の頭をそれ1色に染めていた。男の質問に答える声はひとつもなく、男はその場から立ち去る。
赤く点滅し、カンカンと一定のリズムでする忠告の言葉を叫び続ける踏切、右側からは電車が来ている。そんな声を無視し、男は…
「…すまない、奏…俺は…」
男が言葉を言い終える前に、バゴン、と鈍い音が鳴り響き、辺り一面が真っ赤に染った。最後に見えたのは…、腰を抜かして驚愕する女と、そして…、目を見開き絶句するサラリーマンの姿だ…。
そして…、、
男は、久凪 騎士《ひさなぎないと》は死んだ
…はずだった。
「え?…な、なんで俺、電車に…」
あたふたしながら自身の体を確認する。
何故か裸体であることを除けば、腹が6つに割れたいつも通りの細マッチョの体がそこにはあった。筋肉質な細い腕に、少し毛の生えた長い足…何かあるとしたら、いつもよりも体が軽くなっていることくらいだろうか。
目の前にはひとつの椅子がある。フカフカで整えられた高級そうなやつだ。椅子以外は何も無い。本当に何も無かった。辺り一面白く輝いており、どの方向も終わりが見えないくらい続いている。
「よいこらしょいっと。」
椅子があれば座る。あまり前のことである。
自分のおしりがふかふかの感触に包まれ、幸せな感じがした。ゴミ袋よりもずっと、ずっといい。そんな幸福感に浸っていると、辺りの白が光り輝き、視界を奪った。
「久凪騎士、あなたの事を待っていました。」
そんな声と同時に、久凪はゆっくり瞼を開く。
そこには、サファイアのような蒼い目に、腰まで伸ばした緑色の髪と、色白く透き通っ肌をした女神のような容姿の女性がこちらにほほ笑みかけていた。
歳は、20後半くらいか?コスプレが好きとは、なかなかいい趣味をしている。
どうでもいいことに考えを巡らせていると、それを遮断するように女性が口を開ける…
「色々言いたいことがあるでしょうが、まずはコチラの話を聞いていただけますか?」
首を少し傾げ、こちらに情を抱くように優しく暖かい目でこちらを見ていた。
「もうわかっているかもしれませんが、あなたは電車に轢かれ命を落としました。ですが、その事が評価されあなたは異世界転生の権利を得ました。」
「異世界、転生…?」
小説でしか聞いたことの無い単語に、男は口を開き呆然としていた。
「あなたが死ぬ直前、尻もちをついた女性がいたでしょう?あの人は、あなたがいなければ、電車に轢かれ命を落としていたのです。命を犠牲にし命を助けたことが評価され、2度目の人生を送る権利、異世界転生の権利を得たのです。」
男は、褒め称える女神を否定するように口を開いた。
「人を助けたなんて言ってるが、実際は違う。自分に嫌気がさして自殺しようとしただけだ。俺は女神様が思うような人間じゃない。」
女神は先程とは違い、憐れむような顔でこちらを見つめている。そして、申し訳なさそうに言葉を並べる。
「実は、あなたがこのような人生を送ることになったのはこちらの手違いでもあるのです。普通は、その人にあった最適の世界へ生まれさせるのです。が、貴方はこちらの手違いで間違った世界に生まれてしまったのです。 」
「転生先は俺に合った世界なのか?」
「はい。ただそれだけではご満足いただけないと思いますので、特殊な能力もおまけしておきます。そちらは向こうの世界でご確認ください。他には何か?」
女神はどんな質問でもドンと来いと言わんばかりに男に問いかける。
「他には無いです。これ以上女の人を立たせている訳にもいかないので、もう転生させてください。」
女は口の辺りに手を当てて、クスリと愛想笑いのように笑った。
今になって恥ずかしくなってきた……
女神が右手を振り上げると、空間を切り裂くようにして”門”が出てきた。門の扉がゆっくり開くと、男を手厚く歓迎するかのように暖かい光が溢れ出てきた。
「さぁ行きなさい。久凪騎士。貴方が悔いのない幸せな人生を遅れるよう、願っております。」
女神は手を胸の辺りで合わせ、女神らしい微笑みを浮かべて見送ってくれている。男は門に向かって歩いていった。その足取りは1歩1歩が期待に溢れていて、門の中へ吸い込まれて行った……
第1話はこれにて終了です。ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。
1話につき大体2000文字程度にしようかと思っています。数を重ねる毎に成長するつもりですので、温かく見守ってください。
次回第2話、「転生のち性転換」
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