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キャップを目深にかぶり、タクシーからの窓から外をじっと見つめていた。
派手なネオンが目まぐるしく過ぎ去っていく。
今日は久しぶりに友人と会っていた。彼とは学生時代からの仲で、元貴もよく知る、数少ない友人のうちの一人である。元貴とのバンド活動にのめり込むうちに友人が目に見えて減ってきたけれど、彼は二人を応援しているからと言ってくれて、今もこうやって連絡を取っている仲なのだ。
昔は女性と遊び歩くことが多かった彼は、今やすっかり父親の顔をしている。スマホに埋め尽くされている子供の写真を、愛おしそうな視線を向けて何度も見せてきた。
ここまで親バカになるとは思っていなかったと、何度苦笑しただろうか。人生において背負うものを得ると、人はここまで変われるのかと感心したほどだ。
そしてしばらく他愛もない話をしたあとに、彼はふと呟いた。
『滉斗、お前さ……藤澤さんと、これからどうすんの?』
元貴やマネージャーたち以外で、涼ちゃんと付き合っていることを知る唯一の人物は、空いたグラスの氷をカラカラと揺すっている。涼ちゃんと付き合っていると報告した時には、『よかったな。お前、藤澤さんのこと本当に好きだったもんな』と、とても喜んでくれた。
それが数年を経て、彼からこんな言葉を聞くとは思ってもいなかった。
『どう、って……』
『いや、だって、俺らもそろそろいい歳じゃん?このまま、ずっと付き合っていくの?藤澤さんと』
神妙な声が個室へと響き渡る。室外は他の客たちの騒がしい声であふれているのに、まるでここだけが異空間のように思えた。
守るべき愛する家族ができた彼にとって、俺と涼ちゃんの付き合いは、不安定で先の見えないものに思えているのだろう。若かったころは情熱や勢いだけで乗り切れる部分があったのかもしれないけれど、三十歳を目前にすると、それだけでは済まされないこともあるのだ。
涼ちゃんと付き合い始めたころに今の彼の言葉を聞いても、当たり前だと軽く笑い飛ばせた。
しかし今の俺には、何も答えられない。
否定することも、肯定することもできなかった。
『まあ、そんな簡単なことじゃないとは思うけど。でも自分だけじゃなく、藤澤さんの将来はちゃんと考えてあげた方がいいと思うよ』
苦笑しながら、彼は咥えていた煙草を灰皿へと押し付けた。
友人の言葉が、あれからずっと心に突き刺さったままだった。
「お客さん、着きましたよ」
運転手の言葉にハッとする。いつの間にか、自宅のマンションへと到着していた。スマホで支払いを済ませて降りると、タクシーは静かに走り去って行く。
店を出るころにはまだ小雨が降っていたけれど、今はもうすっかりと止んでいた。夜特有の澄んでいる空気が気だるい体を包み込んでいく。
エレベーターのボタンを押して乗り込むと、小さくため息を吐いた。
最近は比較的緩やかなスケジュールなのに、なぜかすっきりとしない日々が続いていた。こうやって一人になると、心の中にモヤがかかっている感覚に襲われることが多い。
何となく重い足取りのままに玄関のドアを開けると、真っ暗であるはずのそこには明かりが灯っていた。視線を下に向ければ、自分のものではない靴が揃えられている。出掛けに慌てていたので散らかっていたはずの靴も、丁寧に揃えられて並んでいた。
渡している合鍵を使って入ったのだろう。
靴を脱ぎながらそんなことをぼんやりと考えていると、涼ちゃんがキッチンから顔をのぞかせた。
「あ、若井おかえり~」
「なに、涼ちゃん。来るなら連絡してよ」
そしたら早く帰って来たのに、という言葉は吞み込んでしまった。もし実際に連絡があったとしても、本当に早めに切り上げて帰ってきたかも怪しいからである。
以前なら、きっとすっ飛んで帰ってきただろうことなのに。
リビングへと向かい、そこから見えるキッチンを眺めた。
「うん、ごめんね~」
涼ちゃんは謝りながらも、キッチンで忙しく動き回っている。お世辞にも手際がいいとは言えない包丁の音を聞きながら、着ていたシャツを脱いで脱衣所へと向かった。洗濯機の蓋を開ければ、朝にはあったはずの洗濯物が綺麗さっぱりとなくなっている。
ズボンも脱いで、シャツと一緒に洗濯機へと放り込んだ。
パンツのままにリビングへと戻ると、ソファーの上には乾燥された洗濯物が綺麗にたたまれている。その中から部屋着を抜き取って着替えると、ソファーへと腰かけて周囲をぐるりと見渡した。
そろそろ掃除をしなければと思っていた室内は、綺麗に片付けられている。自分の部屋の掃除には無頓着の傾向があるのに、恋人の部屋の掃除はできるのはなぜなのか。
涼ちゃんは一体いつから、ここに来ているのだろう。
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夏季休暇が終わってしまいました。
休み中は❤️💛と💙💛の妄想にどっぷりと浸れて有意義に過ごせました。
今後はゆるやかな更新になると思いますが、またお越しいただけると嬉しいです。
コメント
1件
うわ、めっちゃ空気感のある大人の恋愛ものだ……「若いころは勢いで乗り切れた」って台詞にグッときた。30歳目前で将来を考えさせられるの、リアルすぎて胸に刺さるわ。涼ちゃんが何も言わずに部屋片付けてくれてるのが余計にもどかしい。続き読みたい🔥