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「 ……、はは 」
ただ1人部屋で笑う。
この空間に馬鹿らしくなった訳じゃない。
俺には相手が見える。
暗い部屋、カーテンの隙間から小さく漏れる光。
真ん中に小さな椅子と机。
椅子には背もたれがなく丁度俺は猫背になるしかなかった。
椅子は一脚。
あいつはいつも、壁に背を掛けて煙草を吸ってる。
面白くもない話をするけど、俺にはいい相手だった。
「 お前さぁ、固すぎるんだよ。ほらそこの眉間の皺、増えてんぞ 」
返ってこない返事。
「 うるせぇ、お前のせいだよ 」
「 はは、 」
冷たく笑うことしかできなくなってしまった。
机の上にはいつも通りのイチゴ牛乳。
この部屋のドアの外には多分新八が前に置いてってくれたおむすびがあるはず。
「 …、はー 」
目が笑えない、瞼が重い。
眠い、目がシパシパする。
机に頬をつけて体重をかける。
目の下には酷く黒い影ができていることを触らなくても
自分でもわかりきっていた。
「 寝ろよ銀時。 」
また幻覚が喋った。
それでも否定する気力もなかった。
「 寝たら、お前また消えるだろ、… 」
「 元からいねぇよ。お前が勝手に作ってんだろ。 」
「 知ってるよ、んなこと。 」
分かってても、消えてほしくなかった。
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頬が机に押し付けられたまま、息だけが熱い。
「 トシ、 」
呼んだつもりはなかった。
でも声が勝手に漏れた。
部屋の暗闇の奥で、煙草の煙がゆらりと立ち上がる幻が見えた。
「また無茶してんじゃねえよ、お前」
低く、どこか呆れた声。
もちろん、返事なんか返ってくるわけないと分かってる。
でも今日はいつもより鮮明で、耳元で囁かれたみたいだった。
「うるせえ……俺の勝手だろ……」
声が震えた。
冗談じゃなく、眠気で体が動かない。
肩に力を入れても、指一本すら上がりそうになかった。
「寝ろ」
短く、やわらかい声。
その優しさが、逆に胸に刺さる。
「寝たら……お前、いなくなるだろ……」
銀時の指先が机の端を探るように動く。
まるでそこにアイツのの手があると信じるように。
「消えていいから……もう少し……傍にいろよ」
息が震えた瞬間、視界の隅で、幻の土方がしゃがみ込むように見えた。
銀時の目線に合わせるように。
優しい顔なんて似合わないはずなのに一今日はなぜか柔らかくて。
「……わかったよ」
ありもしない返事。
でも銀時の耳には確かに届いた。
「 トシ、… 」
呼びながら、銀時の意識はふっと沈んだ。
落ちる寸前、肩に何か触れた気がした。
温度も重さも、本当は無いはずなのに。
「 お前はもう、守らんでも立てるだろ。 」
最後に聞こえたのはアイツの声だった。
暗闇に沈む直前、俺は微かに笑った。
「 嘘つけよ、…ばか、… 」
…
そして静かに意識が途切れた。
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静寂だけが部屋を満たしていた。
どれくらい眠っていたのか分からない。
意識の底に沈んでいたはずなのに、心だけは妙にざわついていた。
ゆっくり目を開けると、ぼんやりとした天井の奥にまだ、あいつがいる気がした。
「……トシ」
名前を呼ぶと、返ってくるはずのない声が耳奥を震わせる。
「なんだよ」
幻のくせに、少しだけれた声をしていた。
銀時は、ゆっくり手を伸ばした。
その先にあるのは、冷たい空気だけだと分かっていても。
「……消えんなよ」
握りしめたつもりの空間は、何も返さない。
それでも、手を離したくなかった。
「お前…….あの時、勝手に先に行きやがって…..」
喉がきゅっと詰まる。
口の中が乾いて、言葉がちゃんと出てこない。
本当はいない。
もうここにいるはずがない。
あの日一
血に濡れた土方の姿が、脳裏にこびりっく。
「置いてくなよ、バカ……俺に、言ってくれたじゃねぇか……」
じわりと視界が滲む。
涙なのか、眠気なのか、分からなかった。
幻が、ゆっくり俺の手に触れた気がした。
気のせいでも、錯覚でも、妄想でもよかった。
「…..一人にすんなよ。お前がいねぇと……何も分かんねぇよ」
縋るように伸ばした手が、空を掴む。
そこに、確かにいた頃の記憶だけが熱を持ってよみがえる。
「銀さぁぁぁん!!いい加減起きてくださいよ!!」
ドアを叩く音が現実を殴りつけた。
俺は顔を歪めた。
「……うるせぇ……もう少しだ……」
「少しじゃないですよ!!昨日から一歩も出てきてないじゃないですか!!
おむすびだって腐っちゃいますよ!!返事してください!!」
新八の声がひどく遠く聞こえた。
新八の必死な声にすら、銀時は返事をしなかった。
なぜならその時、俺の耳元で、幻の土方がふっと笑ったからだ。
「……行ってこいよ」
「やだね…….まだ消えんな」
「お前、ガキかよ」
くすりと笑う声。
本当なら、もう聞けるはずがない声。
俺は手を伸ばしたまま、微かに首を振った。
「いいじゃねぇか…….もうちょっとくらい……」
祈るように、願うように。
まるで、そこに本当にアイツがいると借じ込むように。
「……トシ。頼むから、いなくなんなよ…….」
幻の土方は何も言わなかった。
ただ黙って、俺の隣に立っている気配だけを残した。
部屋の外では、新八が涙声で叫んでいた。
「銀さぁん!!本当に……ほんとに大丈夫なんですか!?
返事……返事してくださいよ……!」
扉の向こうと、俺の幻覚の世界。
現実と妄想の境界が、じわじわと滲んでいく。
銀時は微かに笑いながら呟いた。
「……ほっとけよ……今は…….アイツと一緒なんだ……」
声は誰にも届かない。
ただ、消えたはずの土方に縋りつくように、銀時は再び目を閉じた。
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