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「――リティアさま?」
びくりと肩が震えた。驚いたけれど、聞き覚えのある声に私は振り返る。
「フラウ。どうしたの?」
「それはこちらのセリフです。こんな夜遅くに、どうしたのですか?」
フラウは私だけでなく、アウレリアさまにも仕える身だ。確かなことが何もない状態で、心配をかけたくない。私は少し考えて、今は話を誤魔化すことにした。
「……ちょっと眠れなくて。何か読んでいたら、眠くなるかなって。起こしちゃってごめんなさい」
「いえ……。そうでしたか。何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「ううん。眠くなってきたから、そろそろ切り上げようと思っていたの。ありがとう。本を片付けたら、部屋に戻るわ」
「承知しました。おやすみなさいませ、リティアさま」
フラウはランタンを手に、書庫を出ていく。私は宣言どおり、集めた本を棚に戻していく。
背を向けた私は、フラウが微笑みを消した、静かというよりは冷たさを感じる表情で書庫を去っていくことに、気付かなかった。
◇ ◇ ◇
結婚式まで、もうあと一週間。私は義理の両親に招かれ、アウレリアさまのご実家を訪れていた。美味しいお料理を、優しい義理の両親と数日後には旦那さまになる方と一緒に取ったけれど、あまり味は覚えていない。
あの夜のことが、あれからずっと頭を離れなかった。老人の言っていることは、間違っていなかった。王国の労働力が不足している……という話はどこにもなかったし、新聞で取り上げられている事件を見るかぎり、最近は本当に移民関連の事件が多い。確かに矛盾している――でも、それが悪である確証もなかった。
労働人口が多いことは別に悪いことではないし、治安を維持するために軍人を増やすことも別に変なことではない。違和感はあるけれど、でもそれだけだ。だからずっと、私はモヤモヤしていた。このことを、アウレリアさまに話すべきなの……?
その日もまたそう考えながら、アウレリアさまのご実家でアウレリアさまと一緒に眠りに付いていた私は、深夜に聞こえた大きな声で目を覚ました。
「――なんとかできないのか!」
「無理ですよ! だって私たちはもう……」
目が覚めた私は、胸騒ぎに襲われる。嫌な、嫌な予感がする……。幸い、アウレリアさまは私の隣でぐっすりと眠っている。私はその予感を確かめるために、アウレリアさまを起こさないようにベッドを抜け出すとショールを羽織り声のほうへ、お屋敷の大広間へと向かった。
数時間前まで食事をしていたその場所へ辿り着くと、そこには見たことのない使用人の方々が集まっていた。皆さんはすぐ私の存在に気付き、振り返る。どなたもとても年老いていて、私は自分の想像が間違っていることを期待して、一番近くにいるご婦人へ手を伸ばした。私の手は、ご婦人の体をすり抜けた。
そう――彼らは生者ではないのだ。だからあの大きな声も、私にしか聞こえていない。
『リティアさま……? もしや私たちの声が、あなたさまには届いているのですか?』
きょとんとした表情で、ご婦人が尋ねる。私は静かに頷く。
『なんと……これは、奇跡。奇跡です!! まさか、このようなことが……! いえ、今はそんな話をしている場合ではありません!』
『リティアさま、聞こえているのならお願いです! アウレリア坊ちゃまに、真意を尋ねていただけませんか!! なぜ……どのような意図で、あのようなことをなされているのかと!』
別のご老人がそう言った。続けて、その隣にいるご老人が口を開く。
『我々はかつてこのお屋敷に、グラウツヴァルト家に仕えておりました……。それゆえに、坊ちゃまの行動を大変憂慮しております。あなたはご存じないかもしれませんが……アウレリア坊ちゃまは、最近どこかおかしいのです』
今度は私の脇から、また別のご婦人が声をかけてくる。
『旦那様のお仕事をお手伝いする一方で、それとはまったく異なる分野の……特に隣国や国境に関する調べ物が増えているようで……。それに、ここ数年で素性の分からない使用人を、何人も増やしているようですし』
ひげを蓄えた老人が、それに続く。
『それなのに、そのことを旦那さまも奥さまもまったく気にされてない様子で……。しかもその使用人には、どうやら旦那様のお仕事とはまた別の、何か大きなお仕事を任されているようなのです』
最初にお話ししたご婦人が、また私に語りかけてくる。
『最近では、深夜にこっそり人を招いて会談を重ねているようなのです……。坊ちゃまは何か良からぬことに巻き込まれている、と思うのは考えすぎでしょうか! リティアさま、坊ちゃまが何をしようとしているのか、どうかお尋ねいただけないでしょうか……!!』
知らなかったことをわっと一気に伝えられて、私はひどく混乱し、言葉に詰まった。期待するような視線も、それを加速させる。私は何度か深呼吸して、自分を落ち着かせた。
私が聞かされた話と、自分が調べたことを整理しようとしたそのとき、また別の方向から声がかけられた。
「……リティアさん? どうしたの、こんなところで」
振り返ると、ぽかんとした表情の義母、ウェニア・フェルム・ディート・グラウツヴァルトさまがそこにはいた。
「えっと……喉が渇いてしまって。どこかにお水がないかと……」
「そうだったの。厨房はあっちだけれど……せっかくだし、ちょっとお茶を入れましょうか。さあ、こっちへどうぞ」
微笑んで手招きするお義母さまについていく。そこへ集まった幽霊たちは、不安そうな表情で私を見送っていった。
◇ ◇ ◇
私はお義母さまとお茶をいただいて、そのあと寝室まで送っていただいた。
お義母さまはアウレリアさまを起こしてしまうと、母親らしい優しい口振りで彼をたしなめる。
「アウレリア、お嫁さんを離しちゃダメよ? あなたのお父さまのように、ちゃんと折に触れて目をかけて、日々愛を伝えて、ずっとずっと側にいてくれるよう、ねぎらわないと。もちろん、この先もずっとよ」
「はい、母上。大変参考になるご助言、ありがとうございます。私も今のお言葉を日々、胸に刻んで過ごしていきます」
「ふふっ、いい子ね。それじゃあ、二人ともおやすみなさい」
お義母さまの気配が遠のくと、アウレリアさまがそっと抱き寄せてくれる。
「すまない、リティア。君から目を離してしまって。何でもいつでも、私には言ってくれて、構わないから……。私のことを、信じてほしい」
「はい……ありがとうございます、アウレリアさま」
そうして、私たちは今度こそ、眠りに付いた。
◇ ◇ ◇
漠然とした不安を胸に抱えたまま、私は結婚式の三日前を迎えていた。第一王子殿下の計らいで、結婚式は王城で行われることになっていて、今日からは私も王城に泊まり込みで準備に追われる予定だ。そんな忙しく過ごす中で、私は胸の中のモヤモヤを少しずつ忘れていった。
お昼を過ぎたあたりで、フラウが嬉しそうに私へこんなことを言ってきた。
「リティアさま! 時間のある今のうちに、あれをやっておきましょう!! 結婚式の定番の、あれを!」
フラウの言っているのは、この国の新郎新婦の間で行われる伝統的なやりとりのことだ。別に難しいことは何もない。この国の伝統的な焼き菓子、アルトラを花嫁が用意して、結婚式の前に、夫に食べさせるのだ。そしてそれが美味しいか、夫に味を確かめる。そこで美味しいと言うところまでが、この国の定番だった。
「予定では、アウレリアさまはもうすぐ執務室に戻ってきます。そこへリティアさまが突然現れて、お菓子のサプライズ!! これで行きましょう!」
さあこちらをどうぞと、いつの間にか用意していたアルトラを、リティアは私に渡してくれた。
私はそのままフラウの口車に乗せられて、彼の執務室へ向かう。こんなタイミングでも彼は忙しく過ごしていて、王城に仕事用のお部屋も用意していただいていた。
私は執務室へ入ると、フラウの言葉を思い出す。
「サプライズなら……どこかに隠れていたほうがいいよね」
私は壁際の大きなクローゼットを開けて、中を確かめた。私が入っても大丈夫なくらい、中には十分なスペースがある。私はそこへさっと身を押し込めると、クローゼットを閉めた。暗くて、ほどよい暖かさで、それまでの疲れもあって眠ってしまいそうになりながら、そこで身を潜めていると、しばらくして部屋の扉が開けられる音がした。
私がいつ出ていこうかと探っていると、今度は何故か、窓が開け放たれる音が聞こえ、そちらからも足音が聞こえてきた。当然だけど、この部屋は窓側から中に入れるようにはできていない。どういうこと……?
「首尾は?」
アウレリアさまの声だったけれど、聞いたことがないくらい冷たく、鋭い声だった。
「はっ。軍については、つつがなく……。実験のほうは、あれからあまり進展がないようです」
相手の声も、男性のものだ。
「なまけているな。計画どおりであれば、他国の中枢をたやすく落とせたものを……。まあいい。今の人数でも、暗殺程度なら造作もないだろうからな。……だが、まだ時間はある。次はちゃんとした成果を見せるように伝えろ」
「承知いたしました」
返事のあと、すぐに窓が閉まる音がした。入ってきた男性が、また窓から部屋を出ていったのだろう。
だけどそんなことより、私は偶然聞いてしまった話のせいで、ひどく動悸がしてしまっていた。
(なに、どういうこと……? 実験? それよりも、いま暗殺って……)
不穏な単語に動揺が隠せない。嘘であってほしい、杞憂であってほしいとずっと思っていたことに、突然裏付けがされて、混乱でくらくらした。どうしよう……今は全部、聞かなかったことにしたほうがいいんだろうか。
そう自分を落ち着けて結論を出してみるけれど、不幸なことにアウレリアさまが部屋を出ていく気配はない。ここでしばらく待つしかないのかな。
(……そうだ)
私はそこで、簡単なことに気が付いた。別に難しいことは何もないじゃない。クローゼットの中にいて、何も聞こえなかったことにすればいい。私はそう自分を納得させて、そこから出ていくことにした。
扉を開けると、不幸にもぎぃと音が出てしまう。アウレリアさまがこっちを見る気配がした。私は恐る恐るクローゼットから出ると、ポケットからアルトラを取り出して、アウレリアさまのほうへと近づいていく。手が届く距離まで行くと、震える声で言った。
「ア、アウレリアさま……こちらをどうぞ。結婚の、えとっ……アルトラ、ご存じですよね……?」
頑張って笑顔を形作ってみるけれど、口元は意図せず引きつってしまう。しばらく返事はなかった。私は背中が冷たくなるのを感じながら、ゆっくりと視線を上げる。凍ったような表情のアウレリアさまが、そこにはいた。
「……どこから聞いていた?」
「何を、でしょうか。私は何も……。アウレリアさまは、ずっとお一人でしたよね……?」
こちらまで凍らせるような視線に、自然と目線を下げてしまう。
「くそっ、まさかこんなことが……。誰かの差し金か? いや、それはあり得ない。私は完璧だし、誰かに操られるほど愚かではないだろう。しかし、どうする……? ここでもう、使ってしまうか? はぁ……まったく想定外だ。計画を見直さなければ……」
「……計画とは?」
独り言の中の気になった単語を反芻する。
それを聞いた途端、アウレリアさまは見たこともない恐ろしい表情で、私に詰め寄った。
「やはり、全て聞いていたのだな!! くそっ! 利用するはずの女に、邪魔される羽目になるとは……私も油断していたとはいえ、とんだ屈辱だよ!」
ものすごい剣幕でそうまくし立てると、アウレリアさまはそれが嘘のようにふっと薄ら笑いを浮かべた。かと思えば、その直後には恐怖に歪んだ表情を私に見せてくる。
「誰か!! 誰かいないか! 助けてくれっ!! 衛兵!! ここだ、早く来てくれー!」
アウレリアさまはひどくうろたえた表情で、私から逃げるように部屋を出ていこうとする。部屋の扉が開いて城の衛兵が中に入ってくるのと、アウレリアさまが部屋の扉に辿り着いたのは、ほぼ同時だった。そこでアウレリアさまは、思いもしない言葉を口にする。
「――この女は、禁忌の魔女だ!! 死者を使役する、悪の魔術師だ! 私は今まで、だまされていた……早くこの女を捕縛しろっ!!」
「なっ!? 何を言うのです、アウレリアさま! 私が魔女なわけ……!」
私だけでなく、その場へ駆け付けた衛兵も混乱の色を見せていた。
「アウレリアさま、いったい突然、何を言い出すのです?」
「衛兵、耳を貸すな! この女が言うことは、全てまやかしだ!! いいから、早くこの女を捕らえろ!!」
尋常ではないアウレリアさまの様子を見て、衛兵はその言葉に従ってしまう。
槍を手にじりじりと、私との距離を詰めてくる。
「待って! 待ってくださいっ!! 一度、話を聞いて!」
私の願いは聞き入れられない。当然だろう。宰相の息子と、平民の娘。どちらの言葉を信じるべきかは、明らかだ。
近づいてくる多くの足音が聞こえた。目の前の衛兵も、一瞬それに意識を持っていかれる。
私はその隙を見逃さなかった。さっと駆け出し、衛兵の脇を抜け、部屋を飛び出す。そこにはすでに、多くの衛兵がいた。
「その女だ!! 衛兵、捕縛しろっ!」
どの衛兵もすぐに私へ狙いを定める。私は反対の方向へ逃げるしかない。
道も分からない中、とにかく走った。途中転んで、靴が脱げてしまったけれど、気にしなかった。そこで私に、光明が差す。目の前の部屋から、フラウが出てきた。
「フラウ!! お願い、助けて! アウレリアさまがっ!」
そう必死に訴えるけれど、フラウは意地悪く笑って、しかも無理だと言わんばかりに手を振ってきた。どうして……? そう悩む時間も私にはなく、すぐに衛兵が背後に現れる。
私はそのまま、フラウの横を通り過ぎるしかなかった。
衛兵は鎧を身につけていたこともあり、幸いそこまで足が早くなかった。けれど道の分からない私は、お城の中を逃げ回るしかない。
あれから少し経ったけれど、私はいまだに結局、お城の中にいた。廊下を曲がり、周囲に人がいないか確かめる。私はそこで、少し息を整えた。すると曲がった廊下の先に、ふっとおばあさんが姿を現す。
見間違いでなければ、彼女は死者に間違いない。でも、どうしてこんなときに……?
『……リティア。こちらへ。このまま、アムニス川へ飛び込みなさい。それ以外、生き延びる道はないわ』
しわがれていたけれど、はっきりそう聞こえた。アムニス川は、王城のすぐ隣を流れている大きな川だ。確かにそこへ飛び込むことができれば、ここから脱出できるかもしれない。
私は声に導かれるようにして、ふらふらとおばあさんに近づいていく。おばあさんはすっと指さした。
『このまま、まっすぐ。左に階段が見えたら、そこを下りなさい』
その先は――? そんなふうに聞くことも忘れて、私はまた走った。階段を下りた先で、また衛兵の姿を見つける。どうしようかと思う前に、またおばあさんの声が私の耳に届く。
『右へ。突き当たりを、また右へ』
突き当たったところで、また別方向から衛兵がこちらに向かって駆けてくる。
『次を左へ。曲がってすぐの、部屋へ入りなさい』
言われたとおり部屋に入って少し進むと、その部屋には他に出口がないことに気が付いた。えっ、うそ……行き止まりなの?
絶望に打ちひしがれている時間すらない。部屋にはすぐ衛兵が詰めかけ、私はどんどん部屋の隅に追い込まれていく。
『――そこから、飛び降りなさい』
私の隣に現れて、おばあさんはそう言った。言ったのはそれだけだったけど、表情は優しく、自信に満ちていた。
「リティアさま! そのまま、抵抗はおやめください。我々も、あなたを傷付けたくはありません!」
『大丈夫。逃げ切れるわ。さあ、早く』
すっと左を向いて、窓のほうを見た。
不思議そうな表情に変わっていく衛兵を横目に、私は窓を開け放ち、そして――飛び出した。直後、味わったことのない浮遊感に襲われ、私はまっすぐ下に、墜ちていった――
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中学生痛々しい女子の夢小説でした

ちゃんと胡散(うさん)臭い奴が胡散臭い話し方をしている辺りに著者の経験が活かされている。具体的には婚約者のアウレリアは「あー」とか「えっと」のようなフィラーを挟まずによどみなく会話しているがこれは用意されたテンプレ通りに話して言葉で信頼を築こうとする営業やコンサルに多く見られる

一気に見たらめっちゃ続き気になるところで終わってもうた 続き楽しみに待ってる!