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フェルの記者会見が行われている同時刻、地球から遥か十万光年離れた場所にある惑星アードでもちょっとした動きがあった。
場所はケレステス島にあるアードでは数少ない天然の陸地に作られたハロン神殿。アードを率いるセレスティナ女王が住まう場所であり、アードに於ける中枢である。見事な庭園が一望できる渡り廊下を歩いているのは、首相や大統領に相当する政務局局長のパトラウスである。
周囲を固める官僚達と言葉を交わしながら歩いていると、進路上に一人の幼子が立っているのが見えた。地球で言えば小学校中学年程度の背丈しかないが、アードの伝統的な装束に身を包みながらも存在感を主張するその豊かな胸はアンバランスでありながらある種の背徳を感じさせる。何より特徴的なのはその星形の奇妙な瞳である。
ドロワの里長、ティリスである。
そんな奇異な幼女はパトラウスを見て嬉しそうに笑みを浮かべる。
「パトラウス~~☆」
そんな幼女の姿を見て、パトラウスは深々とため息を漏らした。
「姉上、御用があるならば事前に連絡してほしいと何度も申し上げている筈ですが」
「あははっ☆ごめんごめん☆今時間があるかな?あるよね?」
確信を孕んだ姉の言葉に、パトラウスは今一度ため息を吐いた。
確かに姉の言う通りちょうど政務に区切りがついて、一休みしようと考えていたのも事実なのだ。姉は昔から掴み所がなく、それでいて妙に鋭い。権力闘争の激しい政界に身を置いているが、未だに姉を推し量ることは出来ない。
「はぁ……少し休め。私もしばらく羽根を休める」
「はっ」
官僚達が一礼してその場を離れ、二人きりになる。
するとティリスは翼を広げて羽ばたかせ、浮かび上がりながら傍に寄る。
「姉上、神殿内部は飛行を禁じておりますが」
「屋内は、だよね?☆ちょっと散策しようよ。ほら☆」
中庭へと出たティリスの姿を見て、パトラウスは深々とため息を吐きながらも姉の後を追って庭園へと入る。
庭園には数少ない手付かずの森がそのまま残され、開かれた中央の広場にある噴水とベンチ以外に人工物は存在しない。アードでは極めて貴重な場所ではある。
「して、姉上。此度は何事ですかな」
ゆっくりと歩きながらパトラウスは隣を飛ぶ姉に声をかける。
「パトラウス、お土産はどうだったかな?☆」
ティリスは弟の質問に答えず、代わりに笑顔で問いかけた。パトラウスとしてもいつもの事だから気にせずに答える。
「確か、地球の食物で缶詰でしたか。保存食とは聞いていましたが、大変美味でしたな」
「ほうほう、美味しかったと?」
「私も今の立場上、それなりに良いものを口にしていますが……まあ、姉上に腹芸をしても意味はありますまい。率直に言えば、食物に関して地球はアードを越えております。高官達にも手土産を渡している理由は、それですな?」
「ありゃ、バレてた?☆」
「白々しい、わざとバレるようにしているのでありましょう?しかも差し入れと言う名目だ。相手も断れぬ」
「そして地球の食文化に触れる。ふふっ、主義主張なんて美味しい食べ物を食べたら頭から消えちゃうもんだよ☆」
ティリスは商売のためとは別に、政治的な利用のため缶詰の一部を流用していた。政治関係に全く関心を示さないティナのため、密かに暗躍しているのである。
「確かに地球は興味深い惑星ではありますが……」
「先ずは交易をしてみるのも悪くないと思うけどね☆」
「しかし、センチネルに発見されるリスクが付きまといます」
「ラーナ海戦で、プラネット号だったかな?それの隠蔽魔法は想定より早く探知された」
ティリスは笑みを消して弟へ視線を向ける。
「……なんですと?」
「やっぱり知らなかったか。ティナのAIから出されたデータだよ。艦載型ではあるけど、センチネルの探知能力は向上してる。奴らは進化しているんだよ、パトラウス。私達が引きこもっている間にもね」
「そのような報告は受けておりませんが」
「分かるでしょ」
「……握り潰されたか」
「とにかく、私達には時間がない。そう遠くない未来に、センチネルは隠蔽魔法を食い破ってくる。それは確定された未来だよ」
「それで、活路を見出だすために地球を?」
「いざとなれば避難場所になるよ。それに、地球産の食べ物は美味しいだけじゃない」
「なにか効果が?」
弟の質問にティリスは悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「んふふっ、元気になったでしょう?パトラウス☆具体的には色々昂るとか」
「むっ……確かに久方ぶりに昂りを覚えました。妻と……致してしまいましたな。100年ぶりか」
「やっぱりか。堅物のパトラウスでも効果があるなら間違いないね」
「迂遠ですぞ、姉上。何があるのですか」
「先日、里で6人が妊娠したんだよ。同時にね」
「なっ!?」
アード人は極めて生殖本能が低い。これも衰退の原因のひとつだ。当然同時に複数名が妊娠するなど前代未聞である。
「まだ詳細は調べてる最中だけど、地球の食べ物は私達の生命としての本質を強く刺激する効果があるのかもしれないね」
ティリスの推測にパトラウスは目を見開く。アードの繁栄を促す可能性が地球にはある。内心滅び行く種族の行く末を憂いていたパトラウスとしても、それは天啓と言えた。
「そうですか……だから女王陛下はあの娘を自由にさせていらっしゃるのか。全ては、この未来を見据えて……」
「女王陛下は意味のないことはなされない。パトラウス、取り敢えず交易だけは続けさせて。ちゃんとしたデータも集めておくから」
「ならば、信用が必要になりますな。あの娘だけではなく、アードも関心を持っているとあちらの為政者に知らせねばなりません。しかし、皆が納得するには明確な根拠が必要です。私は姉上を信じますが、他を説得するにはまだ至りません」
「そこは任せて、明確なデータを用意してみせるからさ☆その代わり、書状を頼めない?あちらの為政者宛にさ☆」
「国書と言うわけですな?しかし、それは不可能です」
「パトラウス個人の私信なら出来るよね?」
「アードの総意ではなく私信ですか」
「アードの政策部門トップの私信、少なくとも無視は出来ない筈だよ☆」
「では、直ぐに認めましょう。あの娘が戻るまでには用意します」
「こっちも頑張ってみるよ☆まあ、ティアンナちゃんが興味津々だから直ぐに終わりそうだけど☆」
「ああ、ティアンナ女史の娘でしたな。それならば期待できます」
まだまだデータは少ないが、地球との交流はアードにも大きな利をもたらす可能性が示され、ティリスを中心にティナの支援者達が暗躍を始めた。