賭場からの脱出
賭場からの脱出
その途端に、鬼神丸が矢のように鞘から飛び出した。
志麻と山形の剣が宙で交わり、青い火花が散る。
次の瞬間、双方の剣が吸い込まれるように鞘に帰って行った。
長五郎が目を丸くしてそれを見ていた。
志麻、無謀よ・・・
『ごめん、鬼神丸・・・』志麻は素直に謝った。
「ただの小娘かと思っておったが・・・」山形兵衛が志麻を見据えて呟く。
「私が相手をする」
「そりゃ駄目だ!これは俺の喧嘩だ!」長五郎が左手で匕首を拾って立ち上がる。
「あなたではこの人に勝てない」
「なにっ!」
「女に助けてもらうのか?」山形が長五郎を挑発した。
「誰が・・・!」
「お紺さん、その人を止めて」志麻が山形に目を据えたままお紺に言う。
「あいよ!」
お紺が長五郎を後ろから羽交締めにした。
「離せ、女に助けられたとあっちゃ俺の面子が立たねぇ!」
「なんだ、つまらない男だねぇ、もっと骨のある男かと思ってたよ」
「何だと?」
「女に助けられて潰れるような面子なら、ドブ川にでも捨てちまいな!」
「・・・」
お婚の啖呵たんかに毒気を抜かれたように、長五郎が押し黙った。
「さ、黙って見てな。あの娘に任せときゃ大丈夫だ」
お紺が長五郎を引き摺るようにして部屋の隅に移動する。
「せ、先生!」赤駒の鉄造が慌てた。
「分かっておる、この小娘を片付けてから、ゆっくりとそいつを斬る」
「た、頼みましたぜ・・・」
志麻は慎重に間合いを測る。長身の山形の腕は長い、しかもさっき見た限りでは、山形の刀の方が三寸ほど長かった。
『一か八か、懐に飛び込むしかないわね・・・』
山形の剣は速いけど力に頼っている、だから剣の届く範囲も決まってしまう・・・
『でも、私の届く距離はそれより短い』
躰を最大限に使って・・志麻。踏み込みの瞬間全身を柔らかくして膝を抜く、そうすれば遠間からでも剣は届く・・・
『難かしいわね』
あなたなら出来る・・・ただし勝負は一瞬・・・
『分かった、やってみる』
志麻は鯉口を切った鬼神丸を鞘ごと前に突き出した。
『踏み込みと同時に膝を抜き、躰ごと右手で柄を迎えに行く。その流れで左半身の鞘を送って剣を前に弾き飛ばす!』
手順を確認すると、頭からそれを消した。
デヤッ!!!
その瞬間、山形の剣が鞘走る。
同時に志麻の躰が沈み込み、滑るように山形の背後に抜けた。
斬!
「な、なぜだ・・・」
腹を横一文字に掻き斬られた山形の躰は、朽木が崩折れるように前に倒れた。
痙攣している山形の躰の下から、血溜まりが広がって行く。
赤駒の鉄造とその子分達は、棒のように突っ立ったまま声も出ない。
「今のうちに逃げるわよ!」
お紺と長五郎、それに馬喰の三次が泳ぐように寺の山門に向かった。
志麻は殿軍しんがりを守ってついて行く。
山門の前に見張の三下が二人倒れていた。逃げる客を止めようとして殴り倒されたのだろう。
それから松林を抜けるまで、誰も追ってはこなかった。
ヨロヨロと長五郎の足が絡もつれ、今にも倒れそうだ。顔色も紙のように白い。
「出血がひどい、とりあえず血止めをしなきゃ!」
「す、すまねぇ・・・」
「この近くに隠れる所は無いの?」
志麻が長五郎の腕にキツく手拭いを巻きながら訊いた。
「宿場の江戸口の近くに俺の実家がある。そこまで行きゃ何とかなる」
「よし、俺がおぶってってやる」三次が言い出した。
「よせやい、人の背中で帰ったんじゃ格好がつかねぇ」
「まだそんなこと言ってんのか?そんなに足元がふらついてたんじゃ、すぐに追いつかれちまうだろ。そうなりゃ俺たちまでやられちまうんだ、ぐずぐず言わねぇでさっさとおぶさりな」
長五郎が渋々背に掴まると、三次が言った。
「いつも人を乗っけてる馬の気持ちが、ようやっと分かった気がするぜ」
三次の言いように、お紺と志麻が口を押さえて笑った。
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