テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
4,221
莉乃ちゃん
516
だから、一刻も早く片付けようと、必死の思いで床の破片を拾い始めた。
しかし、手袋もせずに素手で慌てて鋭いガラス片を掴んだせいか
「い゛っ……」
破片の角が右手の指に深く刺さり、情けない声が漏れた。
指先が少し切れて、白い肌の上に鮮紅の血がじわじわと滲み出てくる。
でも不思議と、その物理的な痛みのショックのお陰で
ほんの少しだけパニックから抜け出し、冷静になれた気がした。
(早く拾おう…敦が帰ってくる前に…何事もなかったみたいに…)
それがタイムリミットとでも思ったのか
僕は胸の奥の焦燥感を必死に抑え込みながら、また震える手で破片を拾おうとする。
しかし、床に膝をつき
血を流しながら破片を拾うこの場面も、酷いデジャブだった。
浜崎くんといたときも、こうやって床に這い蹲って、彼の機嫌を取るために必死になっていたような気がする。
「……っ」
激しいフラッシュバックの影響か
頭が割れそうなほど痛く、苦しくなる。
そのときだった───。
「ただいまぁ~」
ガチャッと、玄関のドアが開く金属音がして
敦が帰ってきたのだと瞬時に分かった。
皿を拾う。
たったそれだけの簡単な作業すら満足にままならない儘
敦が帰ってきてしまったことに、僕は強烈な焦りを隠せなかった。
心臓が早鐘を打つ。
また、部屋に入ってきた敦も、すぐに僕の異変に気づいたようだった。
「ひろ、どうしたの…?って、皿割れてるし…怪我してない…?!」
敦は手にしていた荷物を慌ててテーブルに置くと
スタスタと大きな足取りで僕の方へ駆け寄ってくる。
ハッとして我に返るが、時すでに遅し。
僕が怪我をして血の出ている指を隠すことも忘れて
割れた皿の破片の前でポカンと力なく座り込んでいたせいだ。
「ご、ごめん!今片付けようと思って」
相変わらず、何かあるとすぐに謝ってしまう自分の癖は治らない。
というより、今は間違いなく謝るべき場面だ。
仕事から帰ってきた敦のお出迎えも出来なかった挙句、皿まで割って部屋を散らかしたのだから。
僕が再び破片に手を伸ばそうとすると、敦に強い力で手首を掴まれ、静止させられた。
「危ないから」
いつもの敦の穏やかなトーンより
はっきりと強い語気で言われて、僕はびっくりして肩を竦めたが
見上げた彼の表情は真剣そのもので、そこには僕を案じる深い心配そうな眼差しがあった。
「とりあえず、手当しよう?掃除は俺がするから」
僕を静止させると、すぐにいつもの優しい声のトーンに戻り
敦は僕の手を引いてゆっくりと起き上がらせてくれて。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!