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「兄さん、これはどういう事?」
「言わなくちゃわからんか?」
質問に質問で返されてムッとする。まさかとは思うが……。
「実は、今回撮影を予定していた『獅子レンジャー』のレッド役のアクターに少し大きめの病気が見つかってしまってね。長期入院が必要だって言う事で撮影に参加することが出来なくなってしまったんだ。そこで急遽代役が必要になったんだが主役の彼と同じような体格の子が中々見つからなくて困っているんだよ」
「……」
やっぱりそういうことか。此処に来た時から薄々そう言う話では無いかと思ってはいた。
だが、自分は一度引退した身だ。
「監督。声を掛けてくださったのは嬉しいですが、僕には主役は務まらないかと」
「腰の怪我は凛君からもう完治していると聞いているよ? 君の復活を望む声も未だに多いんだ。それに、今回はアクションシーンが多い。主役級の役を任せられるような人材がなかなか見つからないんだ。どうか引き受けてくれないだろうか」
「ですが2年もブランクがある僕に出来るでしょうか?」
確かに、引退してから暫く経つが、今でも自分の復帰を望んでいるファンが少なからずいるという話は聞いたことがあった。
だが、現場を離れて久しい自分が現役のアクター達と一緒の動きが出来るとは到底思えない。
「……お前が引退してからも、仕事終わりに毎日ジムに通ったり走り込んだりして欠かさずトレーニングを続けていることは知っている。本当は、アクターの仕事を続けたかったんじゃないのか?」
兄の指摘に一瞬の間が出来る。その沈黙が肯定だと気付いた瞬間、思わず舌打ちしたくなった。
「…………そんなこと無いよ」
しばしの沈黙の後。結局、絞り出すように言ったのは否定の言葉だけだった。
「監督。気持ちは嬉しいのですが、少し考えさせて貰ってもいいですか?」
「勿論、無理強いするつもりは無いよ。でも、よく考えてみて欲しい」
「……はい」
いい返事を期待しているよ。と、念を押され、戸惑いながら部屋を出る。
「何がそんなに気になっているんだ? 2年前の事故の事を引き摺るのはわかるが……」
「……違う。引きずってなんかいない」
「ならどうして頑なに拒否する?」
食い下がる兄に対して苛立ちを覚える。これ以上踏み込んでくるなと叫びたい衝動を抑えて睨みつけると、凛はふっと小さく溜息を吐いた。
「まぁいい。気が向いたら話してくれ」
「……」
凛の言うとうり、戻りたいと思った事が少しも無かったかと言えば嘘になる。
だが、事故の後何度か現場付近の海へと足を運んでみたが、どうしてもあの日の光景を思い出してしまい、恐怖で足がすくんで動けなくなってしまった。
危険なシーンを率先して行うのがアクターの仕事の一部でもあるのに、これでは全く使い物にならない。
だから、もう二度とこの仕事に戻る事はないと思っていたのに――。
「あれっ? もしかして、蓮君?」
思わず洩れそうになった溜息を押し殺し、重い足を引きずりながら歩いていると不意に背後から名前を呼ばれ振り返る。
そこに居たのは、蓮がまだ事務所に所属していた頃、一緒に切磋琢磨していた仲間の内の一人だった。
蓮より少しばかり背が高く、健康的な浅黒い肌に柔らかそうな茶色の髪。がっしりとした体格に似合わぬ優しげな顔立ちは一見すると頼りなさそうだが、演技に関しては貪欲で妥協を許さない男――。
「……誰かと思ったら、雪之丞じゃないか!」
歳は自分より7つほど若いが、自分と同じく戦隊モノのヒーローに憧れてアクター業界入りした彼と一緒に仕事をする事が多かった為、プライベートでも何度かつるんで遊ぶ程度には仲のいい同僚だった。
棗 雪之丞(なつめ ゆきのじょう)と言う芸名のような名だが、本名だと言っていたのを思い出す。
「久しぶり。良かった生きてて。ずっと連絡ないから死んだかと思ってた」
「いやいや、人を勝手に殺すなよ」
「冗談だって。でも、会えてよかった。ずっと会いたいって考えてたから」
そう言ってどこか嬉しそうに微笑む姿は、まるで飼い主を見つけた大型の子犬のようだ。
雪之丞は基本大勢でワイワイするより、一人でいる事を好む。引っ込み思案でいつも現場の隅で一人ゲームばかりしているようなタイプで、人付き合いが苦手だ。
けれど、何故か昔から蓮にだけは懐いてくれていた。
「蓮君は今日は何しに? もしかしてこれから撮影とか!? あ! それとも稽古?」
「残念だけど、どっちもハズレ。ちょっと野暮用でさ」
「……なんだ、そっか」
あからさまに落胆した様子で肩を落とす雪之丞の姿に、思わず苦笑する。
「いつ復帰する?」
大きな体を丸め、おずおずと尋ねて来る。その仕草は、主人に構って欲しいと様子を伺う大型犬を連想させる。
「まだ分からない」
「……そっか。またいつか共演出来るといいな」
そう言って少し寂しそうに笑う雪之丞の笑顔を見て胸が痛くなる。
本音は、自分ももう一度アクターとして活躍してみたい。
だけど、まだ怖いのだ。
また同じ失敗を繰り返すのではないか、という恐怖がどうしても拭えない。
「あぁ」
曖昧に笑って返すと、雪之丞は何か言いたげに口を開きかけたが、そのまま何も言わずに黙って俯いた。
「――棗さん! こんなとこで何やってるんっすか。もうすぐ休憩時間終わっちゃうって」
微妙な沈黙を切り裂くように響いた甲高い声に視線を向けると、首からタオルを掛けた10代と思しき黒髪の少年がこちらに向かって駆け寄ってくる所だった。
「あっ、ごめん。今行く」
「も~、何やってんだよ。ほら、行こ!」
「ごめんってば、|東海《はるみ》君……じゃぁ、また今度。たまには連絡してよ」
「あぁ」
嵐のように去って行った二人の背中を見送り懐かしさに目を細めた。
「見に行ってみるか?」
「え?」
突然の兄の提案に驚いて聞き返せば、兄は相変わらずの無表情のまま「お前が嫌でなければ」と付け加えた。
「いや、今日はいいよ。長旅で疲れてるし」
古い友人が頑張っている姿を見たら、きっと自分も参加したくなる。
だが、今の自分にはそんな資格は無い。
「そうか」
兄は特に追及すること無く、それ以上は何も言わなかった。