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それから数日が経ち、蓮は再び凛に呼び出されTV局に連れて来られた。
「兄さん、今度は何のマネ?」
「見れば分かる」
不機嫌さを隠そうともしない蓮とは対照的に、凛は涼しい顔をしている。
その態度が余計に気に食わなくて思わずチッと小さく舌打ちてしまう。
前回同様促されるままスタジオに入るとそこでは大勢のスタッフが慌ただしく動き回っていた。
カメラマンに混じって、雑誌の記者がメモを取りながら忙しく走り回っている。
そのカメラの向こうには『獅子レンジャーキャスト発表』の垂れ幕が大きく掲げられており、既に会場入りしている役者陣が撮影用の衣装を着てスタンバイしていた。
1人は子役時代から第一線で活躍し、クールビューティの名を欲しいままにしている、今や人気絶頂の高校生俳優。――草薙弓弦。
青い服を着ているところを見ても、ブルーの役であることが想像できる。
女性の方は、名前まではよく知らないが何度かテレビ局内ですれ違ったことがあるような気がする。
身長は160cm行くかいかないか位の小柄で童顔の女性だった。年の頃は弓弦と同じくらいかもしくはそれより下。下手すると中学生に見えなくもない。
いかにも元気そうな印象で、思いの外ピンクの服がとてもよく似合っている。
胸が無いのが若干気になるが、それでも十分可愛い方だろう。
そして、今作品の主役であるレッド席に座っている男に視線を移し、蓮は目を見開いた。
「なん……で……」
そこにいたのは、数日前大阪行きのバスで出会ったあの青年だった。
「なんだ? 誰か知り合いでも見付けたか?」
兄に訊ねられ言葉に詰まる。 言えるわけがない。あんなに熱い夜を過ごした相手とこんな所で再会するとは思いもしなかった。
『小鳥遊 ナギ《たかなし なぎ》』と紹介され爽やかな笑顔をカメラに振りまいている男は、何度見たってあの時の彼と同一人物にしか見えない。
まさか、彼がこの作品の主役だったなんて……。
と言う事は、アクターの仕事を受ければ約半年近く彼と行動を共にすることになる。
「……」
不埒な妄想が脳内を過り、蓮は慌てて頭を振って煩悩を払い落とす。
落ち着け、何を考えているんだ。そこにいる彼がまだあの時の彼だと決まったわけじゃ無いだろう。
「どうした? 具合が悪いのか? 顔が赤いぞ」
「……大丈夫。なんでもない」
心配そうに覗き込んでくる兄の視線から逃れたくて思わず顔を背ける。
「そうか……。それより、お前にはあの小鳥遊ナギのアクター役をやってもらいたいと思っているんだ」
「……ッ、僕はまだやるなんて一言も……。それに、彼……まだ役者を始めたばかりって……」
アナウンサーの説明では、今作品がテレビ初出演にて初主演作品らしい。
「初めてのオーディションで、初主演を勝ち取るって事がどれだけ凄い事なのかわからないか?」
「それは……確かに……」
「彼のオーディションでの演技を見て、監督がコイツは化けると確信したと言っていた。だから、アクターもそれなりのヤツじゃないと務まらない。それは理解できるだろう?」
兄の言葉に蓮は静かに頷いた。 確かに猿渡監督は人間性に問題は多々あるが、人を見る目だけは確かにある。戦隊モノが若手俳優たちの登竜門になっているとまことしやかに囁かれているのも事実だ。
そんな監督の目に止まったということは、きっと彼には何か光るものがあるのだろう。
確かに彼は、不思議な魅力を放っていた。実際の演技を見たことは無いが、蓮自身、初めて会った時に何か秘めている物を感じたのを覚えている。
彼がもし、あの時の青年だったら……?
その時、ほんの一瞬だが壇上の彼と目が合った気がした。
彼もまたまさかこんな所で会えるとは思わなかったと言わんばかりの顔をして、作った笑顔のまま固まってしまっている。
だが、それも束の間だった。
「本番、5秒前でーす!」
スタッフのカウントダウンの声で、はっと我に返る。
気がつくと、ナギと呼ばれた青年は、もう蓮を見ていなかった。
営業スマイルとも思える、人懐っこい笑顔でインタビューに答える姿は、先日会った彼とはまるで別人のようだ。
――やはり、ただの勘違いだったのか?
内心、首を傾げる。
他人の空似にしては似すぎている気もするが……。
(やっぱり、あの時、名前くらいは聞いておくべきだったな)
そうすれば、もう少し確信を持てたかもしれないのに。
と、そこまで考えて、ふと気づく。
――なぜ、こんなにも彼に拘っているんだ?
自分にとって彼は、ただの行きずりの男。
一夜限りの関係。それだけのはずだ。
特別な存在でもない。なのに――
このモヤモヤとした感情は、何だ?
「なんだ、彼のことが気になるのか?」
まるで心を読まれたかのようなタイミングで凛に声をかけられ、思わずギクリと肩が震えた。
けれど、兄に動揺を悟られるのが癪で、必死に平静を装う。
「そんなんじゃない」
それだけを返して、視線を再び舞台へと戻した。
――すると。
いつの間にか司会者との会話を終えていたナギが、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくるではないか。
(えっ……!? な、なんだ?)
どうしていいかわからず固まっていると、ナギは自分と凛の目の前でピタリと立ち止まった。
間近で見る彼は、遠目で見るよりもずっと整った顔立ちをしていた。
芸能人にありがちな“作られた美しさ”ではない。
自然体のままで醸し出される、中性的な魅力。
その瞳に見つめられているだけで、なぜか心臓が高鳴る。
思わず息を呑み、見惚れていると――
ふっと、柔らかく微笑まれた。
そして――
すっと差し出された手は、自分ではなく、凛へと向けられていて――。
「初めまして。御堂凛さんですよね? 俺、ずっと凛さんのアクションに憧れてたんです」
「――え?……」
一瞬で、頭が真っ白になった。
自分のことを認識していない? やっぱり――赤の他人だったのか?
兄のすぐ隣にいるのに、まるでそこに存在していないかのような扱いを受けて、蓮はショックを隠し切れない。
そんな戸惑いをよそに、ナギは屈託のない笑顔を凛に向けている。
やっぱり、目の前にいるこの人は別人なのだろうか?
もしかして双子か何か……?
でなければ、自分を無視する意味がわからない。
そんな蓮の混乱など知る由もなく、ナギは相変わらず凛だけを見て、夢見心地といった表情で語り続ける。
「小さい頃から、ずっと好きだったんです。引退してしまって、もう随分経つから……。まさかこんなところでお会いできるなんて、思ってもみませんでした」
「そ、そうか……」
口下手な兄が困ったように頬を掻いた。
照れている時によく見せるその仕草に気づいて、蓮の中でもやもやとした気持ちが広がっていく。
「今日はどうしてここに? もしかして……」
「俺は元々スタッフとしてここに居るだけだ。今日は弟に現場を見せたくて連れてきただけで」
「……弟?」
そこでようやく、ナギと真正面から目が合った。
その蠱惑的な瞳に、吸い込まれそうな錯覚を覚えて、慌てて視線を逸らす。
「……へぇ、弟さんなんですか。凛さんもイケメンですけど、弟さんはタイプの違うイケメンですね」
マジマジと、上から下まで舐めるように見られる。
なんとなく居心地が悪くなって一歩後ずさると、それを阻むかのように――腕をぐいっと引かれた。
「ふふ、そんなに警戒しないでくださいよ。別に、こんなところで襲ったりしないってば」
「!?」
耳元に唇を寄せながら、含みのある声音で囁かれ、蓮はぎょっと目を見開く。
「――初めまして。小鳥遊 ナギです。よろしくね」
にっこりと人懐っこい笑顔で手を差し出され、蓮はおずおずとそれを受け取る。
ギュッ――と、思いのほか力強く握られ、思わず顔をしかめたその瞬間。
「――俺とのこと、もしバラしたら許さないよ?」
今までの猫なで声が嘘のような、低く鋭い声で耳元に囁かれた。
ハッとして顔を上げると――
人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるナギの顔が、すぐ目の前にあった。
だが、その表情はほんの一瞬だった。
すぐに元の、爽やかな好青年の仮面を被ると、ナギはパッと手を離し、「またね」と軽く手を振って――呼びに来たスタッフと共に持ち場へと戻っていった。
あまりの変わり身の早さに唖然とし、ハッと我に返る。
……なんなんだ、アイツは!?
顔は同じでも、あの時のエロ可愛い青年とはまるで別人じゃないか。
それに、自分を“居ないもの”のように扱ったあの態度――それが何より腹立たしい。
さっきの言葉からしても、あれは――絶対に“わざと”だ。
自分には見向きもしないくせに、兄にはあんな愛想よく話しかけやがって……。
(あのクソビッチ……! 何が“許さない”だ! あんなにいやらしく誘ってきたくせに……!!)
悔しいやら、ムカつくやら、腹立たしいやらで、蓮は無意識のうちに拳を握りしめていた。
「……兄さん」
「なんだ?」
「今回のアクターの仕事――受けるよ」
その言葉に、兄は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにフッと口角を上げ、意地の悪い笑みを浮かべた。
「――あの子に惚れたか?」
「はっ!? 馬鹿言わないでくれ。あんなガキ、タイプじゃない」
冗談じゃない。誰があんな腹黒男に好意を抱くもんか。
好きになんて――絶対にならない。断じて、ない。
今はそんなことより、あの男に一泡吹かせてやりたい。
あの余裕の笑みを――ズタズタに崩してやりたい。
そのためには――。
謎の闘志を燃やしながら、蓮は壇上にいるナギの姿をギリ、と睨みつけた。