テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
《朝・駅前カフェ》
通勤前のカフェ。
レジ前のラックに、
今日の朝刊が積まれている。
一面の端に、
昨日から始まった連載の見出し。
『オメガ100日間の真実②
二本目の矢――“日本主導インパクター”の舞台裏』
カウンター席でコーヒーを待っていた
スーツ姿の女性が、
その記事をスマホ版でスクロールする。
「一本目“アストレアA”は、
すでにオメガへ向けて飛行中。
そして裏側では、
“もし外れた時”に備えた
“二本目の矢(日本主導のインパクター)”の
検討が進んでいる。」
「これが発射されるのは
まだ先になる見込みだが、
世界のプラネタリーディフェンスは
すでに“複数矢”の時代に
足を踏み入れている。」
カウンターの中で、
店長らしき男性が
テレビのニュースをちらりと見ながら言う。
「……二本目、か。」
隣でカップを拭いていたアルバイトが尋ねる。
「マスターは、
二本目のロケットも
打ち上げた方がいいと思います?」
店長は少し考え、
苦笑いを浮かべた。
「俺、
“保険の営業さん”に弱いんだよな。」
「“何かあるかもしれないから
もう一枚入りませんか”って言われると
“まあ……そうですね……”って
つい頷いちゃうタイプ。」
「隕石相手でも、
それはあんまり変わらないかもしれん。」
アルバイトが笑う。
「じゃあ賛成派ですね。」
「うーん……
税金のこと考えると
“知らないフリしてたい”気持ちも
ちょっとあるけどな。」
二人の会話の向こうで、
壁のテレビが
同じ連載記事を取り上げ始めていた。
「日本時間・Day45前後には、
アストレアAの最初の軌道修正
“TCM-1”が予定されています。」
「この“TCM”は
“トラジェクトリー・コレクション・マニューバ”、
つまり“軌道をちょっとだけ修正する小さな噴射”です。」
「ここで向きとスピードを
ほんの少し変えることで、
“オメガに当たる場所”を
より正確に狙えるようになります。」
店内の空気が、
ほんの少しだけ
テレビに引き寄せられていく。
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンスチーム会議》
スクリーンには、
アストレアAとオメガの軌道を
横から見た図。
細い線で示された“理想軌道”と、
そこからわずかにズレた
“現状の軌道”。
「つまり、
このズレを“TCM-1”で
ちょっと押してやるわけですね。」
若手職員が、
レーザーポインターで示す。
「ここで使う“ΔV(デルタ・ブイ)”っていうのは、
“ロケットの速度を
どれくらい変えるか”を表す量です。」
「数字にすると小さいですけど、
何千万キロメートルも離れた先では
大きな差になります。」
別の職員が、
気がかりそうに手を挙げた。
「……その、
“二本目の矢”の方なんですが。」
「例の新聞連載で
“日本主導のインパクター案”が
かなり具体的に書かれてます。」
会議室の空気が
一瞬だけ固くなる。
白鳥レイナが、
タブレットに映った記事を確認した。
「“第二インパクター(仮称)は、
日本を中心に
欧州宇宙機関(ESA)とも連携しながら
検討が進んでいる。”」
「“打ち上げ時期の候補は
オメガ接近の約一ヶ月前。
一本目が“外れた場合”と
“当たって割れてしまった場合”の両方に
対応できるよう、
いくつかの軌道案が検討されている。”」
若手が小声で言う。
「……かなり核心まで
突っ込んでますね。」
「打ち上げウィンドウの話まで
出るとは思いませんでした。」
レイナは、
少しだけ息を吐いた。
「まあ、
SMPAGの資料を読み込めば
“そういうタイミングになるだろう”って
当たりはつくわ。」
「完全に秘匿してたわけじゃない。」
「問題は――」
彼女は画面を切り替え、
別のグラフを映した。
〈国内世論調査:
“第二インパクターに賛成か”〉
賛成 …… 52%
どちらとも言えない …… 30%
反対 …… 18%
「数字だけ見れば、
“打て”って声の方が多い。」
「けど“どちらとも言えない”三割は、
たぶんこう考えてる。」
『一本目で終わってくれればいいのに。
二本目の話なんて
聞きたくない。』
若手たちが
顔を見合わせる。
「……それでも
準備は続けるしかないんですよね。」
「“オメガが人類の最後の試験”みたいに
言う人もいるけど、」
「こっちとしては
“次の石”だって
あり得るわけですし。」
レイナは頷いた。
「そう。」
「だからこそ
“プラネタリーディフェンス”って
名前がついている。」
「オメガ一個をどうにかする話じゃなくて、
この先何十年も
“空からの石”と付き合っていく
仕組みを作る仕事。」
「……その一歩目が
だいぶドタバタしてるけどね。」
会議室に
小さな笑いが広がった。
《アメリカ・ホワイトハウス/執務室》
ジョナサン・ルース大統領は、
デスクの上に並んだ
三つの紙面を見比べていた。
一つは、
アストレアAの現在位置を
大きく載せたもの。
一つは、
オメガ初期ログの揺れを
掘り下げた解説記事。
そしてもう一つは――
〈“SECOND ARROW:
Japan prepares backup impactor concept”〉
「あの連載、
よく書けてますね。」
国家安全保障担当補佐官が
感心したように言う。
「初期の数字の揺れと、
今の“第二インパクター構想”を
同じ線上で語っている。」
「“過去のミスを隠さず、
それでも次の矢を準備することが
本当の防衛だ”――
なかなかのコピーです。」
ルースは、
窓の外の空を見やった。
「……“防衛”って言葉は、
いつも“後出し”の説明に使われる。」
「戦争でも、
今回のプラネタリーディフェンスでも。」
補佐官が問いかける。
「日本の第二インパクター構想、
正式に支持を表明しますか?」
「世論的には、
“アメリカがOKを出したなら”と
安心する層も多いはずです。」
ルースは少し黙り、
低く答えた。
「表明は、
“TCM-1”が無事終わってからだ。」
「一本目の矢が
きちんと狙いを合わせてから。」
「それまでは、
日本とIAWN、SMPAGの中で
静かに準備を進めさせる。」
補佐官が首をかしげる。
「“成功したら二本目の話がしやすくなる”
ということで?」
「逆だ。」
ルースは、
ゆっくりと椅子にもたれた。
「“一本目がうまくいっているときにしか、
二本目の話は冷静にできない。”」
「もしアストレアAにトラブルが出た瞬間に
“第二の矢だ!”と騒げば、
世界はこう受け取る。」
『最初から二本必要なのを
隠していたんじゃないか。』
補佐官は、
小さく息を呑んだ。
「……なるほど。」
「“余裕のある時に
あえて弱点も話す”方が、
信頼にはつながる。」
ルースは、
ニュースチャンネルの音量を上げさせた。
そこでは、
日本の連載記事を引用しながら
こうまとめていた。
「二本目の矢は、
“一本目を疑う”ためのものではありません。」
「“宇宙の石は人類の事情を考えてくれない”
という前提に立った、
冷静なバックアップです。」
ルースは、
テレビの画面を見つめたまま
小さく呟いた。
「……人類に足りないのは、
いつだって“バックアップ”だからな。」
「家族も、
国も、
人生も。」
《黎明教団・オンライン配信》
画面の向こうで、
天城セラが
静かに微笑んでいた。
コメント欄には、
連載記事のスクリーンショットや
ニュースのキャプチャが
大量に貼られている。
<二本目の矢って……>
<まだ撃ち足りないの?>
<“神の石”を
そこまでして壊したいの?>
セラは、
ゆっくりと語り始めた。
「アストレアAという
一本目の矢が
今も宇宙を飛んでいます。」
「そして今日、
“二本目の矢”という言葉が
ニュースを賑わせています。」
「人は、
“怖いもの”に対して
何本でも矢を用意したくなる生き物です。」
「保険、貯金、
予備校、資格……」
「“今の人生に満足していない”ほど、
矢は増えていきます。」
画面の向こうで、
信者たちが
黙って耳を傾けている。
「私たちは、
科学者の方々の努力を
否定するつもりはありません。」
「ただ、
こう問いたいのです。」
「“その矢は、
本当に“生きたい人”のために
放たれているのですか?”」
「“もう十分だ”と
心のどこかで感じている人たちにまで、
無理やり
“延命の矢”を
打ち込んでいないでしょうか。」
「黎明教団は、
“矢を増やすこと”ではなく。」
「“心の中で
もう疲れてしまった自分”を
そっと受け止める場所でありたいのです。」
コメント欄に、
こんな文字列が流れる。
<“二本目の矢”より
“二本目の人生”が欲しかった>
<社会で外れ者扱いされてきた人間からすると
“またリセットチャンスを奪うのか”って感じる>
“科学への不信”と、
“自分の人生への諦め”。
その二つが、
さらに強く結びついていく。
《新聞社・社会部・夜》
桐生は、
第2回の反響を
ざっとチェックしていた。
<“二本目の矢”の記事、
不気味だけど必要だと思う>
<“バックアップを作ること”を
ちゃんと説明してくれたのは良かった>
<でも黎明教団の配信見て
また気持ち揺らいだ……>
隣の席の若手記者が言う。
「……記事書けば書くほど、
“どっちを信じるか”で
人が割れていきますね。」
「“科学チームを信じたい人”と
“もう全部終わってほしい人”と。」
桐生は、
マグカップを手に取りながら答えた。
「それでも、
何も書かないよりはマシだ。」
「“どっちを選ぶか”は
最終的には
その人自身の問題だけど、」
「“何が起きているか”を
知らないまま選ばされるのは
一番フェアじゃない。」
彼は、
取材メモをめくった。
そこには、
JAXAの若手職員の言葉が
書き留められている。
『“失敗するかもしれない矢”を
飛ばしているのは事実です。』
『でも、
“何もしないで見ているだけ”よりは
ずっとマシだと
私は思いたい。』
(信じる理由も、
疑う理由も、
たぶん両方正しい。)
(その間に
“それでも手を動かしている人たち”が
確かにいることだけは――)
(ちゃんと残しておきたい。)
桐生は、
第3回のノートを開いた。
『第3回案:
“TCM-1前夜――矢の狙いを合わせる人たち”』
Day46。
宇宙では、
アストレアAが
明日の軌道修正に向けて
静かに準備を進めている。
地上では、
二本目の矢の影が
少しずつ
人々の心に形を持ち始めていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.