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こめかみがドクドクと高鳴る。体中の血液が、神経が、頭上に集まっているような感覚になった。
シワになったチラシを丁寧に伸ばし、広げてみた。結構綺麗なサロンの絵が映っていて、女性たちが優雅に昼下がりに談笑しているかのような画像が使われている。デザインはお洒落だ。悪くない。
そこに大きく『復讐サロン』と書いてある。概要を再び読んでみた。
~復讐サロン~
奪われたものを、取り戻したいあなたへ
完全予約制
秘密厳守
あなたに合った制裁レシピをご提案いたします
めちゃくちゃ怪しい匂いしかしないんだけど……。
住所は、家から電車で二駅ほどの場所だった。
スマートフォンで検索すると、出てきたのはカフェ『マカロン』。白と金を基調にした、上品なサロン・ド・カフェ。
私の日常とはまったくかけ離れた世界。
口コミには、こう書かれていた。
『マカロンが絶品』
『女性ひとりでも入りやすい』
『マスターが宝石ジェンヌみたいでとても綺麗』
……復讐サロン、とはどこにも書かれていない。
なにかの間違いかな?
とりあえず、30分無料お試しサービス券というのがチラシの端に付いていたので、QRコードを読み込んでおいた。これでいつでも割引きしてもらえる。お金が無いから、もし利用してみたいと思ったらお試しだけでもできる。
なんだかそれだけで、勇気が持てた気がした。
翌日。指定されたとおり、午前10時に義理実家へやってきた。都内に一軒家を持っているのはすごいと思う。けれど、義姉が出戻ってからは、家の中にいつも息苦しさが漂っていた。なぜなら義姉は、離婚後、自分の部屋に引きこもっているから。
「あら来たのね」
約束の5分前に到着した私に降ってきた言葉は――「昨日また料理を失敗したそうね」だった。
どうしてお義母さんが知っているの!?
「慎一から聞いたわよ。まだいつまでも絵にこだわって、料理を覚えようとしないって。もう絵を描く道具は慎一が売ったんでしょう? なら、心置きなく料理の修行ができるわね」
そんなことまでお義母さんに言ったの……。
目の前が真っ暗になった。
「さ、キッチンへ行くわよ」
肩を落としながら歩いた。すると義姉の部屋がぎいいい、と音を立てて開いた。中からのそっと人が出てくる。 伸びきった髪の隙間から、やけに鋭い目だけが覗く。
前に見た時よりもパワーアップしている。お義姉さん、離婚前はもっとお洒落だったはず。ネックレスやピアスも身に着けていたし、ネイルもしていた。華やかな人だったのに、こんなに変わってしまうなんて。
「美輪さん、料理がまともにできないんだって?」
珍しく義姉が話しかけてきた。
「は、はい。私、料理はほんとに苦手で……。お義母さんがいろいろと教えてくれると言ってくださいましたので、頑張りますね」
「そんな無駄なことしないで、さっさと離婚して出て行ったら? 婚姻関係結ぶ価値無し」
義姉に酷い暴言を投げつけられ、固まっていると彼女はふんと鼻を鳴らし、部屋に戻ってバタン、と大きな音を立てて目の前で扉を閉めた。
あったまにくる――!!
こっちだって無駄ってわかってるわよ!
苦手なんだからしょうがないでしょ!!
いくら自分が離婚して引きこもりだからって、そこまで言わなくてもよくない!?
せっかくの30歳の誕生日なのに、なにが悲しくて義母に苦手な料理を教わり、義姉に暴言吐かれなきゃいけないのよ!!
「美輪さん、なにやってるの! 早く来なさいっ」
「は、はいっ」
そして地獄の料理レッスンが始まった。
※
はああ…………。
料理開始早々1時間ほど。ぜんぜんうまくいかなくて、お義母さんの作った料理とまったく違うものができあがった。「ほんと美輪さんはセンスないし、お料理には向いていないわね」と、レッスンをつけると言った本人でさえ投げ出す始末。
結果、時間をかけるだけ無駄ということになり、早々にレッスンは打ち切られた。義姉の言う通りになったわけだ。
慎一は今日、実家に寄ってお義母さんの作ったご馳走を食べるらしい。私の分はもちろんない。
ほんとうだったら、静稀とランチ行けたのにな。
楽しみにしてたのに。予定空いたって電話してみようかな。迷惑かな……。
(ほんと……慎一と婚姻関係結ぶ価値無しって思う)
(でも、離婚は怖いな。ひとりになっちゃう……お義姉さんみたいに私もなっちゃうかも……)
子供ができたらまた変わるのかな。
でも、慎一はもう私を抱いてくれない。料理ができない女は、女じゃないって言うんだもん。
鼻の奥がつんとする。
SNSを開けば、綺麗な料理の写真がいくらでも流れてくる。同じ人間なのに、どうして私はこれができないんだろう。
どうしたら料理がうまくなるの?
人間だから苦手なことだってあるよ。私はたまたまそれが、料理だっただけで……。
落ち込んでいると、電話が鳴った。慎一だ!
もしかして、誕生日祝ってくれるとか……?
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「はい、もしも――」
『おいっ。昨日の荷物、僕のじゃなかったぞ!』
「え? 荷物?」
『代引きの荷物だ! 隣人の荷物だったみたいで、間違えて配達したらしい。中身、マカロンだったぞ!!』
うそ……そんなわけない。昨日、確かに『横山慎一の荷物』って言った!
「そんなわけ……」
『店に電話した! そしたら代金を返すから取りに来いって言うんだ! お詫びにマカロンは食べてもいいって言うから、会社で食べておく。美輪、どうせ暇だろ? 代金取りに行ってきてくれ』
「えっ、ちょっと待って……」
『取り返しておかないと、困るのは美輪だからな』
言いたいことだけ言って、慎一は電話を切ってしまった。すぐさま地図が送られてくる。あれ、この住所、見覚えがある……?
私はスマートフォンで確かめた。昨日のチラシの住所と合致している。
これ、復讐サロンの住所だ!