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「濡れた仮面」
「それは、正義でも救いでも愛でもない。ただの自己犠牲です」
御幸の声が戦場に木霊した。
その一言を聴いたとき、リリーは動きが止まった。
流星がしてくれたことは「あい」ではなかったのか。
私は愛されていなかったのか。
「愛」とはなんなのだろうか。
リリーは地に足をつけ立ち止まった。
「晴流也?」
しばらくたつと御幸が晴流也の名を呼んだ。
どうしたのか。晴流也がどうしたのか。
振り替えると。そうすると晴流也が地に寝転んでいた。
それだけならいつもの平和な日常だ。
でも晴流也の身体には血がにじんでいる。
あ?
なんで?
リリーはすぐに晴流也のもとに駆け寄ろうとした。
でもそのとき。
リリーの首についていた青色の宝石の指輪のネックレスがちぎれた。
攻撃を受けたわけでもない。
何もないけど突然に。
戦場は強い衝撃がくわえられ続けていたためいくつもの谷ができていた。
そしてそのなかに指輪が転がっていってしまったのだ。リリーは指輪をとっさに掴もうとしたが届かなかった。
リリーの目は指輪をとらえた。
でも晴流也のもとへ。
行きたかった。
『リリー。約束やで。いつか本物の指輪買ったるからな』
――ほんと?楽しみにしとるで。約束な。
『リリー。唐揚げ食うか?』
――うんっ
『リリー愛っちゅうんのはな』
――
『リリー。俺は死なんで。』
――
幸せとは辛さを同時につれてくる。
流星の声が昔の声が脳に蘇る。
なぁ。流星。約束したやん。指輪買ってくれるって。
死なんって言ったやん。
この指輪をなくしたらもう。
約束は諦めたことになるん?
リリーの足はまた止まった。
接着剤をつけられたかのように動かなくなった。
また。声がした。
「リリー。」
なんだかそこにいる気がした。
「リリー。行きーや」
――いやや
「いまのお前には俺はいらんよ。」
――何にも知らないくせに。
リリーは走った。
晴流也のもとではなく指輪の落ちた谷のなかに。
幸い谷のなかは海に繋がっていて死ぬことはないだろう。
本当はわかっていた。
突然に指輪が外れたのはもしかしたら流星のせいなのかもしれないと。
約束はもう叶わないと。
もう背負わなくていいと。
はずしたのかもしれない。
でもね。流星。あんたはなんもわかってへん。
あたしはあんたが思ってるよりも、ずっと。
あの頃に戻りたいねん。
貧しくてもいい。苦しくてもいい。
あんたが笑ってくれるならそれで。
リリーは海に落ちていくなか意識を失った。
「ばぁか。」
流星の声がした。
間違えない。
リリーは目を開けた。
そこは見覚えのない町。
海の見える、町だった。
「流星?どこおんの」
返事はない。
そこでリリーは視界が霞んだ。
そっか。もう――。
「あっ指輪」
はっとして回りを探したが、そこに指輪はなかった。
ピンクの指輪はあるのに、青色の指輪はなくなった。
なんで?
リリーは小さな手で必死に土を掘り、気が付くと手は赤く茶色く腫れて、涙が砂に跡をつけていた。
リリーは町を歩いた。
気付くと身体は幼いあの容姿に戻っていた。
町を歩くと海風が潮を運び鼻をかすめた。
「しょっぱい。」
味はしなかった。でもそんな匂いだ。
ゴミ捨て場に一着の白色のワンピースが捨てられていた。綺麗なままだ。
大きさがあわず捨てられたのかもしれない。
リリーはそれを身に付け、町を歩いた。
「――御幸。大丈夫か」
頭がだるい。
身体も思い。
あぁ。右足が痒い。
御幸は目を開けた。
「春来先輩?」
「っ。御幸。」
春来の目元は赤く腫れていた。
あぁ。またこの人は。
「泣いてたんですか」
「――うるさい。」
「へへっ。――晴流也は」
「死んだ」
そうですか。
そうですか。と声にでなかった。
歯と歯の間をすり抜けていくように声がでなかった。
わかってた。
晴流也が死んだとわかっていた。
でも信じられなかった。
また、逢えると思った。
御幸の目から涙がこぼれた。
春来は何も言わなかった。
いや、言えなかった。
春来の目からも涙が溢れていたら。
そこでようやく御幸は気づいた。
自分の目元も赤く晴れ上がり痛みを感じることを。
そして己の足がないことも。
「私の足。切ったんですか。」
「あぁ。感染症をおこすかもしれなかったからな」
「私。これからも戦えますか。」
「――」
「なんで。何も言わないんですか」
「――すまない」
御幸は己の命を否定された気がした。
自分の生きる意味も。
「御幸。いや。御幸隊員。」
「――はい」
御幸の上司である春来が改めて名を呼んだ。
「今までご苦労だった。今回の任務においても多くの戦績を残した」
「――」
御幸は瞳から涙を流しながら、でも春来から目を離さなかった。
「――今日をもって御幸隊員を退役とする。」
「――はい」
ベットの上で上体を起こした御幸は敬礼をした。
ここにきて一番最初に教わった挨拶。
「私、御幸は今日をもって愛奪還組を脱退していただきます。長い間。お世話になりました。」
御幸の目は強く、でもどこか弱々しく。
助けてくれ。生きる意味を返してほしいと。
そう訴え掛けていた。
海風が帰還を祝福するように御幸の髪をゆらした。
「久しぶりに帰ってきたなぁ。いつぶりだっけ」
御幸の足には義足。
スムーズには歩けないがこれでも、
一人で歩ける。
御幸は自分の故郷。
海里町に足を運んでいた。
「きれいだね。ね!」
ね!と言ってみても答えてくれる人はいない。
「海。――ただいま。」
空は青く晴れ渡った。
御幸は歩いた。
ここ海里町は海が見える。
海は青く澄みわたっていて美しい。
昔海ときたなぁ。思い出に浸る。
そこで声がした。
「――御幸先輩?」
「ん?――リリー!?」
リリーがいた。
いつもとは少し違った幼い姿で。
「先輩っ。――脚」
リリーは御幸の右足の義足に目をあてた。
「あぁ。これね。いろいろあってねぇ」
「――そうですか。」
「そう。退役したんだよね。私」
「そう。ですか。あっ――晴流也は」
「死んだよ」
リリーは瞳を曇らせた。
「晴流也言ってたよ。リリーに」
「なんて、言ってました?」
「健康で長生きしてねって」
「――」
リリーは瞳を細めた。
あぁ。彼らしいなぁ。
「というか。どうしたのその格好」
「あっ――」
「――ね。どうしたの」
リリーは瞳を伏せ下を向いた。言うべきか言わないべきか。沈黙が長く続いた。
先に言葉をはっしたのはリリーだった。
「あの。私。実は」
御幸はリリーの目をみた。
リリーは考えのだ。もういやだと。
嘘はもういや。
「怪物。なんです」
「は?」
「――」
また沈黙が続いた。
御幸は考えた。
海を殺した怪物と同族であること。
殺すべき者である。
リリーを邪険に扱う理由がたくさん頭に浮かぶ。
でも御幸は思ったのだ。
『私と同じか』
と。
海を見殺しにした。
結局は人間だって変わらないと。
次は御幸が沈黙を破った。
「――ずっと?」
「はい。」
「――そっか。ごめんね」
「え?」
「私のせいか。言い出しにくい環境つくっちゃたの
私だ。」
「そんな。先輩のせいじゃ。」
「でも言わせて。私はあんたが好きじゃないよ」
「え?」
「――だって。大好きだもん。」
「は?」
「へへっ。引っ掛かった。」
御幸は目を細めて言った。
「な、なんで」
困惑。ただ困惑。
「ともかくあえて良かったよ。そうだ。私の前では
全然関西弁とか使っていいよ。なんか我慢してそう
だし。」
「へ?――」
「それに私が大好きな人がもともと関西弁だったからさ心地いいんだよね。」
「そうですか」
「うんっ。」
2人は道を歩いた。
一見すると仲のよい姉妹のようだ。
でも誰も気付かない。
2人自身も。
涙で濡れ、壊れかかった仮面を必死に被っていることに。
どこかで生きたいと願い。
どこかで死にたいと願う。
そんなことに。
「そういえば。ここ私の故郷なんだよね」
「そうなんですか。」
「うん。海里町。海の見える町」
「海の見える町?」
「どうした?」
「聞いたことがあるんです。」
「?」
「――海の見える町。
中学校から4つ先の駅から海の方へ歩く。
しばらく歩くとカニと猿の石像がある。
そこを左に行く。
すると不思議なことにだれにも知られていない崖がある。下を見ると海。後ろを振り向くと森。
そこでタイムカプセルを埋めた。
“海”と。」
「海?なんで知ってるの」
「流星が、言ってたんです」
「流星?――言ってた。海も。タイムカプセルの話っ」
そこに行けばなにかわかる?
海と流星のことが。
2人の居場所が少しわかるのではないか。
2人は歩いた。
まずは海と御幸が通っていた高校へ。
そこへ行けば海と流星の通っていた中学校がわかるのではないだろうか。
とにかく歩く。
仮面を必死に取り繕って。
誰にもバレないように。
本心をバレないように。
愛を捨てるため。愛を知るため。
自分が傷付かないように。
海風は背を押すように優しく吹いた。
「――ばかな子達やね」
「うん。」
「ええの?リリーちゃんこのままにして」
「――」
「まだ約束諦めてへんよあの子」
「――お前こそ御幸ちゃんかわいそうやん」
「あの子はええの。あの子は強いよ」
「――へぇ」
「――過保護はよしーよ」
「――うっさいなぁ」
「はぁ?」
存在しないはずの言葉が優しく空気をゆらした。
男と女。
2人の目は、愛おしむように優しく揺れていた。
コメント
1件
わあ〜第10話読み終わったよ😭💕 リリーが指輪落としちゃって、でも流星の声が聞こえて…あの「行きーや」が切なすぎる!!「あの頃に戻りたい」って言うリリーの気持ち、痛いほどわかるよ… 御幸も足失って退役して、お互い傷だらけなのに「大好きだもん」って言い合える2人に泣いた🥺💕 最後の見えない2人の会話、流星と海なのかな…まだ約束諦めてないリリーを見守ってる感じがして胸がぎゅってなったよ。続きが気になる!!