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話は少し遡り―――
王都でのレオニード救出から4日後。
クロウバー・メギ公爵は看過出来ない事態を
報告すると称し、王家へ謁見を申し出て……
城中のとある広間へと通されていた。
広さにして10メートル四方程度。
調度品の類はほとんど見当たらないが―――
質実剛健をうたうような無骨な壁に床、さらに
唯一高級さを思わせる絨毯が、一段上のイスへと
伸びている。
そのイスには、白いヒゲをたくわえた初老の
男が座っていた。
衣装は跪く公爵とそう変わりはないが、身分の
高そうなオーラを漂わせる。
「……メギ公爵、面を上げよ」
「は、ハハっ!」
その短い金髪と、掘りの深い顔にひとすじの汗を
垂らしながら、彼は顔を上げる。
「王は多忙でな。余がこの件を任された。
前国王の兄・ライオネル・ウィンベルとして
貴公の言を聞こう。
大方の事は書状で把握しているが―――
改めて申してみよ」
ゴクリ、と緊張で喉を鳴らし公爵は口を開く。
「じ、実は―――
先日、騎士団の一人が勝手に単独行動を取り、
行方不明になるという事件が起きました」
「ふむ、それで」
先を促され、彼は話を進める。
「この件―――
王家と婚姻するにあたり、ドーン伯爵家発祥の
ある事が絡んでおりまして」
「『足踏み踊り』の事だな。
それは余も聞き及んでおる」
抑揚なく相づちを打つように答える王族に、
メギ公爵は一息ついて、
「その『足踏み踊り』を強制的に子供たちに
させるという、不埒な者どもがおり―――
その救出に向かったのですが……
そこで驚くべき事態に遭遇しました」
「何だ? 申してみよ」
そこで彼は佇まいを整えると、
「この救出作戦はわたくしが立案したのですが、
先ほどの―――
単独行動を取ったレオニード侯爵家の団員が、
犯罪組織と絡んでいたのです!」
「なんと……!」
「彼は、子供たちの事を思って先走った行動を
取ったのだと……
わたくしは騎士団の団長として、規則違反では
あれ、それを心情的には理解しておりました。
その実―――
犯罪組織との関わりを前もって誤魔化そうと
していたとは、見抜けなかったのです!
団員を信じていたわたくしの失態であります」
ライオネルは深くため息をついた後、
「犯罪組織と繋がっていたのは、その者だけか?」
「申し上げにくいのですが―――
現場には、女性騎士団が副団長を中心として
10名ほどおりました。
しかもその場には冒険者ギルドの本部長もおり、
依頼だと言い訳していましたが……
誇り高き騎士団が、金さえもらえば何でもやる
あの集団に依頼などと、考えたくもありません」
うんうん、と首をニ・三うなずいた後、
ライオネルは片手を前に出し、
「だが―――
別段、冒険者ギルドへ依頼を出すのは違法でも
何でもあるまい。
それで犯罪組織と繋がっていたと断ずるのは、
いささか短絡的に過ぎぬか?」
「連中は明らかに犯罪組織の者と思われる人間と
出てきたのです!
お疑いならば『真偽判断』を使える者の前で
証言しても……!」
食い下がるように言葉を続ける彼に、王族の者は
一段上から声をかけ、
「それで、肝心の子供たちはどうしたのだ?
無事か?」
「は、はあ……
女性騎士団に引き渡すように言ったのですが、
彼女たちの方で保護すると」
ライオネルは口ヒゲを撫でながら、
「先ほど、依頼と言ったが……
もしその依頼が『子供たちの保護』であった場合
何とする?
犯罪組織の摘発は無論あって然るべきだが、
依頼された冒険者にはそのような事は関係無い。
彼らは彼らなりの方法で依頼をこなしただけ……
と言われたら?」
するとメギ公爵はククク、と笑い、
「それはこじつけが過ぎましょう。
重要なのは我が騎士団の一員と―――
女性騎士団までが、犯罪組織の人間と一緒に
同じ場にいた事です。
少なくともわたくしは……
そのような者たちを同じ騎士団とは
認められません」
「しかしだな。
現場には、冒険者ギルドの本部長まで
いたのだろう。
組織のトップでもあるし―――
彼からも話を確認してから、判断しても遅くは
あるまい」
それを聞いた彼は、一段と嘲笑するように
笑い声をあげ、
「あんな半分犯罪組織のような……
それにトップとはいえ平民でしょう?
わたくしの証言があれば十分なはず。
この際だからハッキリと言わせて頂きますが、
あのような非合法スレスレの―――
怪しげな平民どもが中心の組織は、いい加減
潰しておくべきです!」
それを聞いた王族はフー……と深く息を吐き、
「公爵よ、話がズレておる。
ハッキリさせねばならないのは―――
そのレオニード侯爵家の団員と、副団長を
始めとした女性騎士団が、犯罪組織と
繋がっておるかどうかであろう。
話を聞くに疑わしき点はあれど、決めつけるには
早いと申しておるのだ。
だからその場にいた冒険者ギルドの本部長を
呼べば……」
「ライオネル様は王族でありながら、公爵の
わたくしより平民の証言を信用なさるの
ですか!?」
すると、イスに腰かけた彼はゆっくりとその手で
ヒゲをつかむと―――
ペリペリと外し始めた。
「え……?」
次いで、口に入れていた綿のような物を吹き出し、
外観はそれまでのふっくらした顔から、精悍な
顔付きとなり―――
最後にカツラを外すと……
公爵は目を丸くして、ライオネルの顔に釘付けに
なった。
「黙って聞いてりゃ、調子に乗りやがって。
お前のやった事は―――
この2つの王家の目がしっかりと見届けて
いるんだよ!」
さらに王族の両端に2人の女性が現れ、
片側の美しい金色のロングヘアーの彼女が―――
ある装飾の入った札のような道具を、公爵へ向けて
突き付ける。
「この王家の紋章がわからぬかぁー!!」
もう片側の、黒髪・眼鏡の女性がライオネルへ
手を掲げ、
「ここにおわすは先の陛下の兄君、
ライオネル・ウィンベル様であるぞー!!」
「え!? は!?
い、いやそれは承知しておりますがっ!?」
混乱する公爵を前に―――
王族である彼は話を継続する。
「……クロウバー・メギ公爵。
騎士団は王族を、そして国を外敵から守る
ためにある。
この度、率先して動かなかった事については
咎めるつもりは無い。
だが、立場や規則を破ってでも子供たちを
救おうとした正義の者を―――
無実の罪で貶めようとしたのは言語道断!
謹慎して裁きを待つがいい!!」
水面に口を付ける魚のように、パクパクと声に
ならない言葉を宙へ向かって発する。
そんな彼に、ライオネルはトーンを落として
「だが、由緒正しい公爵家の名前に泥を塗れば、
王家の威信にも傷がつく。
それに貴公もまだ若いのだ。
その年で公爵家を継ぎ、功名心にはやるのも、
若さゆえの焦りであろう。
もし此度の件―――
償うつもりがあれば、行動で示すが良い」
「な、なな、何なりとお申し付けください!!」
その場で土下座せんばかりに床に額をこすり付ける
公爵に、王族は―――
「この度の件―――
そもそも、我が弟の孫であるナイアータと、
ドーン伯爵家のファム令嬢の縁となった
『足踏み踊り』……
それで子供たちが不幸な目にあうような事が
あってはならぬ、という事である。
よって子供たちを保護したわけだが、もちろん
恒久的な支援が必要なのは言うまでもない」
「わかりました!!
必ず、必ずや支援を……!」
床に伏したままの彼の表情は見えないまま、
ライオネルは続けて、
「よくぞ申した。
騎士団の団長―――
公爵家が率先して支援を申し出てくれた事、
嬉しく思う。
他の貴族も貴公に倣うであろう」
王族の彼はイスから立ち上がり、そしてそのまま
横の扉から退出した。
広間には、両手を地に付けたままのメギ公爵と、
サシャ・ジェレミエルの3人が残され……
「でで、ではわたくしはこれにて」
慌てて立ち上がり、背後の扉を目指そうとした
彼の首筋に―――
冷たい輝きの刃が突き付けられる。
「ヒッ」
一瞬息を飲む彼の両端には、今まで一段上の場に
いたはずの2人がいて、
「言っておきますが……
先の陛下の兄君が冒険者ギルドの本部長という
事実は、ウィンベル王家の中でも秘中の秘と
なっております」
黒髪ミドルの女性が刃を携えたまま語り、
次いでサシャが、
「公爵様の仰る通り、怪しげな平民どもの、
それも魔力・魔法が高い者が集う実力主義の
組織―――
それを王家が放置しておくはずがありません。
ゆえに、ウィンベル王家は代々……
最も優れた者をギルドへ潜入させて来たのです」
そこでジェレミエルがようやく刃を引き、同時に
公爵は両ひざを床につく。
彼女たちは子供をあやすように顔を両側から
彼へと近付け、
「もしこの秘密が外へ出た場合……」
「公爵様から漏れたと断じて―――
『処理』しに行きますので。
その時はどうぞお覚悟を」
すると彼は四つん這いのまま1メートルほど
前進した後、立ち上がり、
「わかりましたあぁあああ!!」
脱兎のごとく、扉を体当たりのように開け放って
広間から走り去った。
そして時は、『プルラン』を始め自然動物の
繁殖地の拡大を開始した日からおよそ一週間後。
サシャとジェレミエルは、王都での顛末を
報告するために、ドーン伯爵領西地区の
冒険者ギルド支部を訪ねていた。
「そこで一件落着! っとくらぁ!」
「もう最高に楽しかったですよー!
本部長もノリノリで♪」
本部長が前王の兄というのはトップシークレット
なので、支部長室でまずギルド長と私……
秘密を共有している2名に説明する形と
なったのだが―――
見事にいろいろ混ざったなあ。
「何だよその面白そうな話は。
今度は俺も混ぜろよ!」
「まあ、終わり良ければ総て良しという事で……
しかしさすが王族―――
断罪ではなく支援を取り付けるあたり、人の
使い方がわかっているといいますか」
組織のトップであり―――
統治者の器というものなのだろう。
それを聞いた秘書? の2人も、誇らしげに
ドヤ顔になる。
「仮にも相手は公爵家だからな。
罪に問うのは影響が大き過ぎるというのも
あっただろう。
何より、子供たちの保護の道筋が出来たのは
デカい。
こちらも可能な限り協力するから、何かあれば
遠慮なく言ってくれ」
こうして、一通り最高機密を交えた報告を
受け取ると―――
その部分を伏せて情報を共有するため、今度は
レイド君とミリアさん、私の妻2名……
いつものギルドメンバーが呼ばれる事になった。
「おー、さすがに王家もバカじゃ無かったッスか」
「それに王都にいる孤児たち、千人単位って
聞きましたからね。
予算の心配が無くなるのはいい事です」
ライオット本部長=ライオネル・ウィンベルという
事実は隠しつつ、サシャさんとジェレミエルさんが
説明を行い、次期ギルド長と女性職員がうなずく。
「そーいえば、ギルド本部で保護した
子供たちはー?」
「30人ほどいたが―――
まあ預かり所が出来るまで、本部で預かっても
問題はなかろうがの」
次いでメルとアルテリーゼも、状況確認のため
質問する。
「あー、それがですね……」
頬をぽりぽりとかきながら、黒髪眼鏡の女性が
話し辛そうになる。
「あの時いた孤児たちは―――
奴隷としてですけど全員、女性騎士団の
メンバーに引き取られました」
ロングの金髪をした女性が話を引き継ぐ。
「どういう事だ、そりゃあ?
世話しているうちに情でも移ったのか?」
ジャンさんがアゴに手を当てながら問うと、
サシャさんとジェレミエルさんは交互に説明
し始めた。
実際、最初から救出作戦に参加していた
団員は元より、あとからギルド本部へ駆け付けた
メンバーも―――
子供たちの世話をするうちに、『ウチで引き取る』
という者が続出したのだという。
「ただそれに拍車をかけたのが……」
応援として、ドーン伯爵家からアリス令嬢が
来たのだが―――
その横には当然のようにニコル君もいて……
「どこからどう見ても、『将来を誓った仲』
でしたからね」
「そのカップルさんが来てから、子供たちを
引き取るという話が加速しまして」
あー……そりゃあニコル君を見ればそうもなるか。
元奴隷にして、アリス様と功績を上げて平民へ
解放され、そしてグレイス伯爵家の養子へ―――
アリス様とは姉弟にして主従のような絶対的な
信頼関係を持ち、浮気なんて考えもしない。
また暴力とも無縁。
そんな『成功例』を目の当たりにすれば……
「それにニコル様はあくまでもグレイス伯爵家の、
本家の次の跡継ぎまでの『つなぎ』であって」
「ゆくゆくは分家として独立する予定ですが、
身よりの無い方ですから、言ってみれば
煩わしい嫁姑問題も無いわけで……」
この世界、グレイス伯爵家のように女性当主が
いないわけではないが―――
女は他家に嫁入りするのがやはりスタンダード
なのだろう。
当然、嫁いだ先の環境や状況が良いものだとは
限らず……
しかし許嫁、政略結婚当たり前の貴族の世界では
女性の選択肢など無きに等しく―――
そんな時に現れた、
範囲索敵持ちで相手の女性を姉のように慕い、
さらに奴隷解放から貴族の地位まで手に入れた
ニコル君という存在は……
一筋の光明に見えても仕方が無いだろう。
レアケースにもほどがあるが。
そこでサシャさんはコホン、と一息つけて、
「女性騎士団を擁護するわけではありませんが、
男女問わず子供を引き取っていきましたから」
「特に兄弟や姉妹、または仲の良い子供は、
離れ離れにはしないよう配慮しておりました」
ジェレミエルさんも、決して将来の夫候補育成の
ためだけに、引き取ったのではないと強調する。
「まあ、そういう事なら問題はないか」
ギルド長が納得したようにうなずく。
「そうッスね。
それにそもそも、子供たちを助けるために
集まった人たちッスから」
「様子見は必要ですが、悪いようには
しないでしょう」
こちらの若いカップルも、ホッとしたような
表情になる。
「何にせよ、一件落着だね」
「王都に児童預かり所が出来るまでは、
まあ平穏であろう」
妻たちもフゥ、と安堵のため息をつく。
「そういえば―――
こちらの方で何か変わった事は?」
「今はフェンリルまでいると伺っておりますが」
王都ギルドの女性職員2名が、今度はたずねる
側に回る。
「ルクレさんなら、今は児童預かり所にいると
思うッスよ」
「それ以外に変わった事といえば……
魔狼に子供が出来た事くらいですかねえ。
あとは元からいる魔狼の子供たちにちょっとした
変化というか出来事が」
それを聞いたサシャさんとジェレミエルさんは
妖しく目を光らせて、
「ほう……子供が?」
「その話、詳しく」
あ、これは変なスイッチ入ったなと思ったが、
だからと言ってどうしようもなく。
そして一通り話を聞くと2人は、児童預かり所へと
光の速さで去っていった。
「第三地区、異常ナシ!」
「アルテリーゼ、次の地区へ向かってくれ」
「わかったぞ、シン」
サシャさんとジェレミエルさんが町へ来てから
3日後―――
私とメルはドラゴンとなったアルテリーゼに乗り、
上空から見回りを行っていた。
魔鳥『プルラン』の生息地は、一ヶ所につき
一日がかりで開拓していったが……
水辺の近く・小高い山の麓など―――
現在六ヶ所ほどに増え、状況を見るために空から
安全を確認していた。
危険が無いと判断されたらその後、町へいったん
戻ってブロンズクラスを中心とした隊を組んで、
一緒に生息地へ向かう。
パトロールとある程度エサを運搬するためである。
「でもどんな感じー? シン」
「順調といえば順調かな。
ヒナの姿を確認するまでは何とも言えないけど」
メルの質問に、眼下の景色を見ながら答える。
もともとプルランは双頭の魔鳥であり雌雄同体……
そして7日に1度、20個ほどの卵を産む。
孵化までにだいたい2週間、産卵可能になるまで
およそ3ヶ月くらいだったから―――
肉用として捕獲可能になるのは少なくともあと
4、5ヶ月は見る必要があるだろう。
「まあ増えてもらわねばならぬからな。
見たところ、順応しているように見えるがのう」
避難小屋となる巣箱も用意したし―――
野生で暮らすよりは生存率は上がっているはずだ。
もっとも、ジャイアント・ボーアクラスの魔物に
襲われたらどうしようもないだろうけど……
「……ん?」
ふと視界の片隅に、何やら飛翔する物体が
入ってきた。
鳥か? とも思ったが……
そのサイズはかなり大きく―――
「あれは!」
見ると、複数のワイバーンが地上へ向かって
攻撃していた。
その先には、数台の馬車が……!
「アレ? ちょい待ちシン」
「あのワイバーン……
もしかして、この前保護した子たちと
その親ではないか?」
妻2人の指摘に思わずその光景を凝視する。
え” だとしたら何してくれてるんだ
こんなところで……
「と、とにかく止めなければ!」
しかし、メルとアルテリーゼは冷静に、
「でもおかしいよね。
馬車から反撃の魔法は来てないし」
「もし一方的にワイバーンが攻撃出来るので
あれば―――
とっくに馬車は消し炭じゃぞ」
そう言われてみれば……
馬車は多少傷ついているように見えるが、
致命的な損壊は見られない。
よく目を凝らすと―――
馬車の周辺で、恐らくその護衛と見られる数名と、
他に複数の影があった。
動物のようには見えないが、何やら見慣れた
覚えのあるような―――
「あー、アレ、ハイ・ローキュストだね」
ローキュスト……?
という事はアレ、バッタか!?
ちょっと待て、どう見ても1メートル以上あるぞ。
「あやつら、5匹から10匹ほどの群れで獲物を
襲うのじゃ。
どうやらワイバーンはアレを狙って攻撃している
ようじゃの。どうする、シン?」
アルテリーゼが首を曲げてこちらに視線を向ける。
つまり、ワイバーンは襲われている馬車を助けて
いたようだ。
それなら、する事は決まっている。
「とにかく、いったんワイバーンに攻撃を
止めてもらおう。
下の巨大バッタはこっちで対処する」
まずアルテリーゼに頼んで、ワイバーンの親子に
接近する。
あちらも、私たちが旧知の者だと気付いたのか
攻撃を停止し―――
私は下を指さして、『こっちで何とかするから』と
ジェスチャーで伝える。
ワイバーンは伝えたい事を理解したのか、
ホバリング状態で宙に留まり、それを見届けると
私たちは地上へ急降下した。
眼下の状況を確認しながら、次の一手を考える。
何より……
あのハイ・ローキュストという巨大バッタの
動きは―――
その脚力による瞬発力もさる事ながら、
ワイバーンの攻撃を避けるために飛行も
取り入れている。
バッタとしての行動に何ら問題は無い。
問題なのは、その巨大さだ。
巨大昆虫の特集動画を見た事があるが……
共通して言える事は、巨大化した分動きが鈍く
なったという印象を受けた。
地球なら、一番大きなバッタでもせいぜい
15cm程度の大きさだったと記憶している。
それが1メートルにもなればどうなるか。
昆虫は基本外骨格生物だが―――
サイズが巨大化すれば、当然外骨格も大きくなる。
哺乳類のような内骨格の生物なら巨大化した場合、
骨が大きくなって四肢も太くなれば、一応は自分の
体重に耐えられる。
だが外骨格の場合、巨大化すれば密度を維持
しようとして『厚さ』が増す。
必然、その重量も増すわけで……
今、ああやって巨大バッタが自由自在に動いて
いるのは、恐らくは薄い外骨格のまま―――
もちろん魔力で補っているのもあるだろうが、
どちらにしろ……
「そのような昆虫は
・・・・・
あり得ない」
私がそう宣言すると、すぐに下で異変が起こった。
「!? なんだ!?」
「いきなり大人しくなりやがったぞ!?」
護衛と思われる男たちの前で―――
突然ハイ・ローキュストの群れは地面へ着地すると
そのまま動かなくなった。
「そういや、なぜか敵さんを撃ってきた
ワイバーンどもの攻撃も止んだが」
戦闘に集中してそれどころでは無かったのだろう。
一人が上空へ視線を向けると、そこには……
「すいませーん、大丈夫ですかー!?
もうハイ・ローキュストは危険じゃないと
思うのでー!!」
女性の声とその光景に、全員が目を丸くする。
「え……?」
「ドラゴン!?
の上に、人……!?」
そして彼らの前にドラゴンが舞い降り―――
続けて、上空で待機していたワイバーン親子も
次々と地上へ降りてきた。
「いやあ、今回は本当に助かりました。
文字通り、あなた方は命の恩人です。
私は商人のサンチョと申します。
以後お見知りおきを……」
馬車の主である商人がペコペコと頭を下げる。
小太りの中年男性で、人当たりの良い印象を
受ける顔だ。
「しかし、よく懐いてるなあ」
「ああして見ると、可愛いモンだな」
護衛たちの声の方向に視線を向けると、
人の姿になったアルテリーゼに、ワイバーンの
子供たちがじゃれつき―――
親の方も、大人しくそばで主人を待つ犬のように
翼を休めていた。
「ワイバーンにまで襲われたと思った時は、
生きた心地がしませんでしたが……
いきなりローキュストどもを攻撃した時は、
驚きましたよ」
そのおかげで燃えている箇所がいくつか
あったので、念のためメルに頼んで消火作業に
回ってもらっている。
「以前、ちょっとした縁で彼らを助けた事が
あったので……
それで、人間は敵ではないと認識したのでは
ないでしょうか」
「ワイバーンをですか。
それはまた……
しかしなぜ、ローキュストは動かなくなったので
しょうな?」
今は縛られて戦利品扱いになっているが―――
どう説明したものか、と思っていると、
「ドラゴンの我がおれば、ほとんどの小動物は
恐れて避けるか動けなくなるからのう。
それが虫ごときならなおさらじゃ」
すかさず妻がフォローに入ってくれた。
そしてそれを聞いていた全員がうなずく。
ドラゴンというのは説得力あるよなー。
ちょうどそこへもう一人の妻も帰ってきて、
「シンー!
火は消し終わったよー。
多分もう無いと思う」
「ありがとう、メル。
……そういえばあなた方は、どうして
ここへ?」
馬車の主に振り向いて、根本的な質問をする。
「いやあ、ワインが豊作で余りまくったという
ところから、つい仕入れ過ぎてしまいまして。
そこで、ドーン伯爵領に景気のいい町が
あると聞きましてね。
それでそこを目指していたのですが」
見ると、馬車は4台ほどあり……
護衛の分を考慮しても、相当数の荷物を運んで
きたのが伺える。
その道中―――
巨大バッタの群れに襲われたという事か。
「そういえばあのハイ・ローキュストを縛って
ますけど……
あれ、もしかして売り物になるんですか?」
「え!? まさかシン」
「食べるのではあるまいな?」
妻2人の言葉にブンブンと首を左右に振る。
「ハハハ、羽は装飾品になりますし、
足や牙は頑丈な割に軽量のため―――
武器の一部として使われるんですよ」
サンチョさんの言葉に、メルとアルテリーゼも
ホッとした表情を見せる。
そういえば巨大ガニを倒した時も、似たような
素材の使い道を言われたっけ。
「あ、じゃあ知り合いに研究肌の人がいるので、
一匹お譲り頂けませんか?」
「いやいやいや……
譲るも何も、これはあなた方が仕留めた物です。
それにいくら何でも、命の恩人の獲物を横取り
など出来ません。
私はただ運搬させて頂くだけです。
ちゃんとしたお礼は、町へ着いてからで」
うーん。
成り行きで助けたとはいえ……
そこまでしてもらうのも悪い気がするが。
「じゃあ町まで護衛しましょう。
多分目的地は同じだと思うので―――」
そこで待機しているワイバーンたちのところへ
メル・アルテリーゼと一緒に行き、彼らの前で
上空へ指さし、ジェスチャーで意図を伝える。
『上から付いてきて』
私がして欲しい事を理解したのか―――
ワイバーン親子は一斉に飛び立ち、上空で
旋回し始めた。
「スゲエ……
ドラゴンとワイバーンが護衛してくれるのか」
「……ん?
確かドーン伯爵領の冒険者で、ドラゴンを
妻にした男がいるって―――」
「ハイじゃあ出発しましょう!」
護衛がざわつくのを後目に、私は大きく
声を上げた。