「あ~……なるほど。
そちら『も』でしたか」
「?? そちら『も』?」
助けた商人、サンチョさんと一緒に町まで
戻った後―――
魔物鳥『プルラン』の生息地のエサやりと、
パトロール隊の誘導をメルとアルテリーゼに任せた
私は、ひとまずワイバーンたちを児童預かり所へ
連れて行った。
あそこならラッチもいるし、今はサシャさんと
ジェレミエルさんも滞在している。
きっと『歓迎』してくれるだろう。
落ち着いたら事情を聞くので、ティーダ君に
話を聞いておいてとお願いした。
ワイバーンの通訳は初めてと言ってたけど。
いろいろ無茶ぶりスマン。
それが済んだら次は巨大バッタ……
ハイ・ローキュストの討伐を冒険者ギルドへ報告。
その後、サンチョさんを連れてドーン伯爵の
御用商人である、カーマンさんの屋敷へ。
そこで大量に仕入れたワインについて相談を
持ち掛けたのだが……
「ブドウの豊作により、ワインが余っているのは
こちらでも耳に入ってきているんですよ。
今年はどうも天候が良かったみたいで。
わたくしのところにも、今のうちから
ワインを買い付けてくれとの商談が
殺到しておりましてね」
ブドウの収穫時期は、確か夏の終わり頃からと
思ったけど……
それまでの様子から、ある程度は予想も出来るの
だろう。
しかし、すぐに飲んでしまうものだろうか?
アルコール類は保存が利くはずなのに。
「あの、保存出来ないんですか?
無理に売らなくたって」
もともと酒に詳しい方ではなく、ましてや異世界の
酒事情などわからないので―――
大人しく専門家に質問を投げかける。
「貴族お抱えの酒蔵ならともかく―――
大量に保存出来る倉庫や、売り先や取引先を
確保していなければ、難しいでしょう。
ある程度出来た分から売らなければ、次の
運転資金も入らないでしょうし」
ある意味、自転車操業もいいところだが……
保存場所や流通が現代の地球とは比べ物にならない
この世界では、仕方がない部分もあるのだろう。
私は少し思考を巡らせた後、サンチョさんに向けて
口を開き、
「う~ん……
ちょっと使い道を考えてみましょう。
全部でいくらくらいになりますか?」
「えーと一樽につき……いや今なんて?」
目を丸くするサンチョさんに、同業の商人である
カーマンさんは苦笑し、
「大丈夫ですよ。
この方はその程度の財力は余裕であります」
すると彼は、メモのような物を取り出して
紙上で計算を始め―――
「4樽を5日かけて運んで来ましたので―――
金貨20枚でどうでしょうか。
さすがに赤字ですが、恩人でもありますので
その分も考慮させて頂いております」
金貨1枚2万円として―――
日本円にして40万円、1樽10万円といった
ところか。
馬車4台が所有としても、馬の飼料や整備、
また護衛依頼費としての人件費―――
それが5日分。
しかも危険手当込みなら……
さらに買い付けるまでの諸経費も勘案すると、
確かに完全に赤字だなーと思う。
「もし、適正な価格を付けるとしたら?」
「え? そ、それは……
護衛代だけでも金貨20枚を払っておりますし、
一樽に付き金貨10枚は頂かなければ」
それならちょうど金貨40枚か。
ふむ、と私は少し考えて条件を追加する。
「もし例年通りの値段で、ワインを買い付けて
いたとしたら?」
「そ、それなら……
一樽金貨20枚くらいは。
でも、どうしてそんな事を聞くんですか?」
意図が読めずに困惑しているサンチョさんに、
「キリが悪いので、金貨100枚払いましょう。
あと頼まれて欲しい事が一つ」
ポカン、としている彼に構わず私は話を続け、
「今回仕入れた酒蔵と、関わっているブドウ農家へ
次回の取引を優先してくれるよう取り付けてきて
ください。
そのためのお金も金貨50枚用意します。
引き受けて頂けるのなら、今回のお礼はそれで」
暗に、『安く買い叩いた分の補償をしてきてくれ』
と要請しているわけだが―――
それと恩人へのお礼がバーターなら、決して損な
取引ではないだろう。
「わ、わかりました!
この町まで来た甲斐があったというもの……!
今後ともどうかごひいきに!!」
深々と頭を下げるサンチョさんを横に、今度は
カーマンさんが、
「フム。では―――
わたくしの方でもワインを買い付けて
おきましょうか」
「そうですね。
『適正価格』でお願いします」
こうして商談を終えると―――
私は御用商人の屋敷を後にした。
「……というわけで、ワインを購入する事に
なったんだけど」
その日の夕食時―――
宿屋『クラン』で、家族やジャンさん、レイド君、
ミリアさんと情報を共有するため、一緒に食事を
取る事にした。
「へー、でも意外ッスね」
「シンさん、そんなにお酒好きでしたっけ?」
若い男女の疑問に、メルとアルテリーゼが、
「全然そんな事ないよー」
「せいぜい、我らと一緒に飲む時に付き合う
くらいかのう」
「ピュ~」
実際……
地球でもそんなに酒は飲まなかったからなあ。
社会人としての付き合い上、飲む機会もあったから
別段飲めないというわけでもないけど。
それを聞いていたギルド長が、グイッと一気に
お酒をあおると、
「なあ、シン。
お前さんのせか……国じゃ、どんな酒が
飲まれてたんだ?」
ちなみに、この町の酒場やギルドで出されるのは、
今ジャンさんが飲んでいるような『エール』……
いわゆるビールだ。
だが、恐らくこの世界のビールは古来のもの。
地球のビールもワインも数千年前からあったが、
原始的なビールは麦を乾燥させた粉で作った
パンを、水に混ぜて自然発酵させたものだと
聞いている。
当然、現代のビールとは度数も味も異なる。
言い方は悪いが、わずかにアルコールが混ざった
麦ジュース……といったところか。
ちなみにワインは元々ブドウの皮についている
菌が、発酵してアルコールを作るので―――
皮ごと潰して作るやり方は、こちらの世界でも
同じだという。
ただ他の農作物同様、1年に4・5回ほどブドウが
収穫出来るようなので、そこだけはチートだ。
「自分の国のお酒は―――
基本的には、こちらよりも強いですね。
作り方まではわかりませんが」
するとギルド長とミリアさんが父娘のように、
同時にガクッと落胆して頭を下げる。
2人とも酒には強いっぽいし、好きなんだろう。
「じゃあ、ワインは何のために買ったの?」
「料理に使うのかの?」
「ピュウ?」
妻2人と子供が用途を聞いてくる。
確かにその使い道もあるが……
「多分、パックさんに頼む事になると思うけど、
お酒の『酔う部分』だけを取り出せるか、
試してみようかと」
「そんな事が出来るッスか?」
思わずレイド君が聞き返してくる。
地球であれば、多分中学校くらいの化学の実験で
やるだろうが―――
いわゆる『蒸留』が出来れば可能なはずだ。
そしてそれほど難しい事でもない。
熱を加えて沸騰させ、そこから出る水蒸気を
冷やし、再び液体になったそれを別の器に移す。
原理としてはこれだけだ。
昔、海で遭難してしまった漁師がいたが……
漁船に食事用の湯沸かし器はあったので、
それで海水を沸騰させ、フタについた水滴を
舐めて水分を確保したという記録を見た事がある。
つまりは、熱する事、水蒸気を効率良く冷やして
集める器具さえあれば―――
こちらの世界でも可能なのだ。
「まあ、もし出来たら―――
ここにいるメンバーに真っ先に飲んで
もらいますよ」
もちろん、アルコールをそのまま飲ませるわけには
いかないので……
ワインに混ぜて濃縮タイプにしたり、果実酒のように
してみたり―――
ビールで応用してもいいかな。
それにアルコールがこの世界で抽出出来れば、
用途は広がる。
医学的にも役立つだろう。
「そいつは楽しみだな」
「期待していますよ、フフフ……♪」
ジャンさんとミリアさんが不敵に笑う。
本当にこの2人は飲兵衛なんだなと思う。
「そういえばワイバーンは?
そのまま児童預かり所に置くッスか?」
レイド君の質問に、みんなが注目する。
それも確認しておかなければならない事だ。
「明日にでもティーダ君を通訳として―――
どうして町へ来たのか、目的とかいろいろ
聞いてみようと思ってます。
その上で判断しようかと。
ですので、時間を空けてもらえたら」
「わかった。
明日の午後イチにでも話し合おう」
「場所は児童預かり所にしましょうか。
ワイバーンにあまり町中を移動させると、
騒ぎになりそうですし」
ギルド長が了承し、ミリアさんがテキパキと
段取りを進め―――
その日はお開きとなった。
「どうも、パックさん」
「あ! シンさん」
翌日の午前中、時間にして10時頃だろうか。
私は妻2人とラッチと一緒にパックさんの屋敷を
訪れていた。
病院・研究・保管施設を兼ね備えた彼の屋敷は、
富裕層専門の西側地区でもひと際異彩を放つ。
その主であるパックさんが慌ただしくこちらへ
駆け寄ってきて―――
「すいません、もしかして忙しかったでしょうか」
今回は思いつきのアポ無し訪問なので、
多忙であれば日を改めて、と思ったが……
「いえ、先ほどまでロック男爵様がいらっしゃって
いたので、その見送りが終わったところです」
あー、あの男爵様が来てたのか。
今は私と関わった貴族のほとんどが、この西地区に
別荘を持っているからなあ。
しかも彼は隠居済みだし。
「よく来られるんですか?」
「基本的には食べ過ぎ飲み過ぎで、ですけどね。
治癒魔法は効きませんので、胃腸薬を渡して
帰ってもらっています。
食事にうるさいあの執事さんも一緒に」
フレッドさんもいるのか。
後で食レポとか頼みに行くか。
そうこう話しているうちに、彼その妻も後ろから
駆け足で姿を現す。
「ああ、シンさん! ハイ・ローキュスト、
ありがとうございました!
しかも生け捕りですからね。
貴重な研究材料ですよウヘヘヘヘ」
シャンタルさんがヨダレを垂らしながら嬉しそうに
お礼を言ってくる。
巨大バッタたちには災難だろうが、これも運命と
思って諦めてもらおう。
「っていうか、アレまだ生きてんの?」
「生命力だけは強いですからね。
まあ、まともに動ける状態ではありませんし、
文字通り虫の息ですけど」
メルの問いに丁寧にパックさんが答える。
そして説明しながら建物内へと案内され……
私たちは応接室らしき部屋へと通され―――
そこで昨夜話していた『蒸留』について相談する
事になった。
「気化させてから冷却して液体に戻すと―――
純度を高められると」
「話を聞いた感じだとそう手間はかからないと
思うんだけど……
パック君、どうかしら」
この部屋にもいくつか実験器具のような物が
見られるが、
「そういう工程は、薬を作る時とかには
無いんですか?」
するとパックさんは頭をかきながら、
「絞ったり、乾燥させたり―――
部分的に分離させる事はありますが、
薬として使用する場合だけ……
つまりこの世界の加工とは、量より質が
求められる、保存に適した状態にする必要が
ある時だけです」
まあ理解出来なくもない。
実際にこの世界に来た当初は、食事は最低限の
加工と味付けだったし。
質が求められるのは、それなりの余裕があるか……
薬のように少量でも効果が求められるケースのみ。
そして子供以外は食事の必要がほとんど無く、
また確保しなければならない場合―――
質より量になってしまうのは仕方が無いだろう。
「純度を高めるっていうけど……
要はそれって、ワインを減らして成分を濃く
するって事?」
「まあそういう事だね。
エールでも出来るけど」
メルの質問に私が答えると、今度はアルテリーゼが
両目を線のように細め、
「何とも、もったいない話じゃのう」
「ピュウゥ~」
率直に正直な感想が返ってくる。
量が減るんだから、そういう反応もやむなしか。
こちらの世界では、ただでさえ酒は貴重な加工品。
それにさらに手を加えるというのだから……
「ですが、『酔う部分』だけを取り出す事が
出来れば―――
私の世界では、それはアルコールと呼ばれ、
物や人体を清潔にするために使われていました。
焼いたり茹でたりする以外に、安全にする事が
出来るようになります」
少なくとも口に入れる物については、熱を加えれば
安全という事は―――
こちらでも常識として根付いていた。
しかし人や動物の体を焼く事は出来ない。
部分的になら可能だろうが、それは当然激痛を
伴うもので……
多岐にわたる可能性に気付いたのか、パックさんは
うなずきながら、
「やってみましょう。
詳細をお願いします」
そこで私は―――
沸騰させる装置や冷やす管の事、また抽出した
アルコールは常温でも気化しやすい事……
なので何らかの容器で密閉する必要がある事。
非常に燃えやすい事。
手指を洗う時は6割から8割くらいに薄める事、
また治療や実験をしない日常の時であれば、
『アオパラの実』で十分である事などを説明。
そして持ってきたワイン一樽を夫妻に預けると、
私たち一家は屋敷を後にした。
「さてと……
そろそろお昼だけどどうしようか。
家で食べる?」
「午後に児童預り所に用事があるんでしょ?
それなら、中央の宿屋『クラン』で
食べてから行かない?」
私の提案にメルは別案を出し
「児童預り所も中央だしのう。
我もその方が良いと思う」
「ピュ」
アルテリーゼとラッチもメルの案に賛同し、
そのまま『クラン』へ直行する事になった。
「シンさん、こんにちは」
「今日は話し合いがあるとか」
早めに昼食を終えて児童預り所へ向かうと……
サシャさんとジェレミエルさんが出迎える。
もちろん、ワイバーンの子供たちと一緒に。
アルテリーゼやメルに対しては、じゃれついて
甘えるようなイメージだが―――
彼女たちのそれは、さしものワイバーンたちも
ややグロッキーになっているように見えた。
「ピュー!」
アルテリーゼの胸元でラッチが叫ぶと、そのまま
金髪のロングヘアーと黒髪ミドルの眼鏡をした
女性2人の元へ羽ばたいて行き……
彼女たちに抱き枕のように抱きしめられていた
ワイバーンたちが拘束を振りほどき、ラッチを
迎え入れた。
「ピュ~ウ♪ キュ~ウ♪」
大きなお兄ちゃんやお姉ちゃんに甘えるように
じゃれつくラッチ。
それを尊いものを拝むようにして見守る
サシャさんとジェレミエルさん。
「あ、シンさん!」
「おー、アルテリーゼも来たか。
そういえば何か用事があったんだっけ?」
そこへ、ある意味今回の主役である獣人族の少年と
銀髪ロングヘアーの女性が姿を現す。
「ティーダ君、ルクレさん。
ギルドの人たちは来てますか?」
「はい。応接室でお待ちしております」
と、そこでメルの視線に気付く。
その先には、両親であろう2匹のワイバーンが
中庭の大きな木の木陰で佇んでおり―――
「……アレ、応接室には入らないよね」
猫か犬のように両足を曲げてお尻が地面に
つくように立っているが、それでも2メートル
くらいある。
建物に入る事自体難しいだろう。
「まあ今回は隠すような話ではないと思うし……
ティーダ君、悪いけど来客をここまで呼んできて
もらえないかな」
私の言葉に『お待ちください』とペコリと頭を
下げると、彼は元来た廊下を戻り始め―――
私たちはそのまま中庭へ出て、ワイバーン親子と
一緒に、いつものギルドメンバーが来るのを待つ
事にした。
「それで、少しは事情が聞けたのか?」
中庭に全員が集い―――
ギルド長がまずたずねると、ティーダ君は
「魔狼に比べるとやや難解ではありましたが、
ある程度の意思疎通は可能でした。
昨日、それでいくつか話を聞いてみたの
ですが……」
そして彼は自分が得た情報を共有するために
語り始めた。
「……ごはん?」
「はい。子供たちの食が細くなったので、
それでもしかしたら、人間に保護された時に
食べた物が原因ではないかと思って、この町を
目指したそうです」
ワイバーンの食事は、基本的に魔狼と同じ―――
魚のハラワタと麦粥のごった煮だったけど……
自然どころかこの世界にすらなかった調理方法
だしなあ。
特に火を通しているから、生の物とは味が
比べ物にならないだろう。
「親の方もそれ、食べてみました?」
一夜明けているので、当然エサは提供されている
だろうが―――
その感想をティーダを介して聞いてみる。
「あ、はい。
『とても美味しかった』
『食べた事がない』、と」
それを聞いていたレイド君とミリアさんは、
「じゃあ、食事のためにこの町へ来たッスか」
「何かに追われてとか、危険が迫っていたとかでは
ないんですね?」
ティーダ君がワイバーンに顔を近付け、すり寄せる
ようにして、意思疎通を行う。
魔狼の時のように―――
マウンテン・ベアーのような魔物に襲われて、
町へ来たのだとすると、危険が近くに存在する
事になる。
「それは無いそうです。
今回、町へ来たのはあくまでも、子供たちの
食の不振の原因を探りに来ただけだと」
その回答に、ギルドメンバーの3人がホッと
胸をなでおろす。
「まあワイバーンだしな。
敵対出来る魔物なんてそうはいない。
脅威となるのはせいぜいドラゴンくらい
だろうが―――
この町にはそれが2体もいるし」
ジャンさんがアゴに手をあてながら話す。
考えてみれば、緊急性があればこの人が真っ先に
動いているか。
「んー、でもでも」
「食事が原因という事はわかったが……
これからどうするつもりじゃ?」
「ピュ?」
家族が、恐らく誰もが思っていたであろう
疑問を口にする。
そう。肝心なのはこれから―――
しかし、その後の展開も予想出来ていて……
「……出来る事なら、町へ置いて欲しいと。
全員がダメなら、子供たちだけでも―――と」
この世界、食事が絶対必要なのは子供。
それは人間も魔物も同じで……
すでに子供のいるアルテリーゼは、ラッチを
抱いたままチラチラと私へ視線を送る。
「……あの食事でいいのであれば、別段
親子ともどもいてもらっても構いませんが。
こちらの指示には従ってもらいますよ。
仕事をしてもらう事になるかも知れません」
私の言った事を、ティーダ君が伝えると、
ワイバーンの両親はバサッ、と大きく翼を広げ……
それは喜んでいるように見えた。
「いいんですか!?」
「でも、仕事って何を」
サシャさんは笑顔で、ジェレミエルさんも笑顔で
いたが、すぐに素に戻って聞いてくる。
「今、魔物鳥『プルラン』の生息地を開拓して
いるんですが―――
上空から見回る事が出来れば、安全に確認が
出来ます。
ただ今のところ、その作業を担当してもらって
いるのは、アルテリーゼだけなので……
大人のワイバーンにも加わってもらえれば、
かなり効率が良くなります」
私はギルドメンバーの方へ振り返ると、
「えーと……
という事でよろしいでしょうか?」
相談も無く勝手に決めてしまったので、
恐る恐るたずねると、
「魔狼の食事はシンが考えて作ってたんだろう?」
ギルド長が軽く一息ついて答えると、
「以前、ワイバーンの子供たちが来た時も、
シンさんが世話をしたッスよね?」
「そのシンさんがいいというのであれば、
別に問題はありませんよ」
レイド君とミリアさんも肯定的に答える。
何か段々とこういう状況に慣れてきたなあ……
「ただ……?」
不意に獣人族の少年が発した言葉に、
みんなが振り返る。
「?? どうしたの、ティーダ?」
ルクレさんが付き人兼お世話係の彼に声をかける。
「……えーと……
彼らは一度、ワイバーンの群れというか
巣のような場所へ戻っていたらしいのですが……
その時に子供たちが、ここで食べた物を他の
子供たちにも話したらしく―――
もしかしたら、仲間がやってくるかも知れないと
言っています」
ザワ、といったん落ち着いていた空気がどよめく。
これが人間同士の会話であれば問題は無いのだが、
相手は魔物……
しかもワイバーンともなれば、その危険は比では
ないレベルなわけで。
「その巣とやらには、どのくらいのワイバーンが
いるんだ?」
さすがにジャンさんも顔色を変えている。
そこでティーダ君はワイバーンの両親とまた
頭をくっつけて、
「およそ300体ほどいるそうです」
そんなのに一気に来られたら……
半分が子供だとしても、食料が足りなくなる。
いや、この町に来るだけならまだいい。
他の人間の村や集落に行かれたら―――
「ねー、ワイバーンって群れ単位で
行動する魔物なの?」
「基本的には家族で動きますが……
このあたりのワイバーンは、卵を産んだり
育てたりするのは、決まった場所で
するそうです」
メルの質問に彼が答えると、アルテリーゼも
ラッチと共に感想を述べる。
「そこはドラゴン族と同じか。
数は桁違いじゃがの」
「ピュウ」
心無しか、ワイバーンの両親も申し訳なさそうな
感じになる。
「しかし、300体ですか」
「ちょっと無視出来ない数ですね……」
サシャさんとジェレミエルさんも、王都の
ギルド本部職員としての立場からか―――
真剣な表情になっていた。
「そんなに心配なら……
トップと話を付けてきたらどう?
何ならウチがセッティングするよ」
そこでルクレさんが口を開く。
「え? もしかしてそのトップと知り合いとか?」
すると彼女は長い銀髪ごと首を左右に振り、
「ウチはそこまで顔は広くないよ。
そもそもティーダのように意思疎通出来ないし。
ただここらのワイバーンどもの親玉なら、
女王が仕切っているはず。
そいつとなら以前やり合った事があるから」
「いやそれ、フツーに敵対してるッスよね?」
「どこに話し合う余地が……」
レイド君とミリアさんが不安そうに返すと、
「いやーそれ以来、お互いに手を出さないみたいな
関係になってんのよ。
こっちから別に手を出す事は無いし、
向こうもウチ見たら逃げていくから。
だからまあ、ウチが行けば問答無用で
攻撃される事はないんじゃないかね」
「フェンリルは雷撃を使えるからのう。
空を飛ぶ相手に対して有利に戦える、数少ない
強者じゃ」
アルテリーゼもルクレさんの言う事を補強する。
そういう事なら『話し合い』出来るかも知れない。
う~ん、と考えていると、ギルド長が
私の方を向いて、
「それならシンが『話し合い』に行ってくれ。
ワイバーンの両親もいれば、そこまで難しい
話じゃないだろうし」
「えっと……
ジャンさんは同行してくれないんですか?」
おずおずと聞き返す私に、
「別にブッ倒そうってワケじゃねえんだ。
『話し合い』ならお前さん一人で十分だろ。
フェンリルもいるし、通訳にティーダも同行
してくれ。あとは……」
「当然、私も行くよー」
「妻として当たり前じゃ!」
こうして、私は妻2人と共に―――
ルクレさんとティーダ君、そしてワイバーンの
両親と、『女王』へ話を付けに行く事になった。
「では出発するかのう。
全員、『乗客箱』へ乗り込んでくれ」
翌朝―――
町の西門の近くで、アルテリーゼがドラゴンの
姿で『乗車』をうながす。
私とメル、ティーダ君とルクレさんがそれぞれ
荷物を持って乗り込み……
そしてワイバーンの両親が先導役のように
飛び立つと、アルテリーゼも空へと舞い上がり、
私たちは旅立った。
「ワイバーンどもの巣がある南西の峡谷まで、
アルテリーゼの翼なら……
全速力で半日だろうけど、今の速度なら
まあ1日がかりってところじゃない?」
ルクレさんが車内でつぶやく。
基本的にこの世界では夜間活動はない。
半日というのであればせいぜい5時間程度―――
1日がかりというのは8時間から10時間という
ところだろう。
私たちを運んでいる&ワイバーンの両親の速度に
合わせなければならないので、そこは仕方が無い。
「途中休憩を挟むとして……
夜、寝ている時に行くのはいくら何でも
失礼ですよね。
ある程度進んだらどこかで一泊した後―――
それから会いに行きましょう」
そして何事もなく道中は進み……
3時間ごとに休憩を挟み、昼食で一度、
15時くらいに一度、そして夕食&就寝で
一度休憩を取った後―――
(宿泊は『乗客箱』の中で)
翌朝、その峡谷への接近を再開しようとした時……
それは起きた。
「じゃあみんな、そろそろ出発―――」
朝食を終え、全員で支度をしていたその時、
突如上空が真っ暗になった。
正確には日差しが遮られたのだが……
見上げると、巨大な翼を備えた一つの影が―――
「アレ? 女王じゃないか。
どうしてこんなところまで」
ルクレさんがきょとんとして見上げながら、
のんきに話す。
「あれが女王!?」
「アルちゃんくらいない、あれ!?」
親ワイバーンですら、ドラゴンになった
アルテリーゼに比べれば一回り小さく―――
だが、今上空を旋回しているそれは、シッポを
抜かした体長でも6メートルほどもある彼女に
匹敵する大きさである。
すると、親ワイバーン2体が上空へと向かう。
多分、敵ではないと説明しに行くためだろう。
「よっと!」
ルクレさんが飛び上がり、片方のワイバーンの
足につかまる。
そしてそのまま女王の前まで高度を上げて―――
「うぉーい、ウチやウチ!
ちょっと話したい事が」
と、片腕を振る彼女の前で―――
明らかに女王は口元に熱源を集中させる。
まずい、と思った次の瞬間それは放たれ、
かろうじて火球を躱す。
同時にアルテリーゼが飛び出し、女王と
2体のワイバーンの間に割って入った。
そして親ワイバーンが鳴いたり叫んだりする事
30秒ほどであろうか。
ゆっくりとその巨体が……
私たちの前へ舞い降りて来た。
「何考えてんの!?
いきなりウチに攻撃してくるなんて!」
ルクレさんが抗議の声を上げるが、
「そちらこそどういうつもりだ、ドラゴンなど
引き連れてきて―――
と仰っております」
ティーダ君の通訳に、全員が『あー』という
表情になる。
自分たちの巣に最強戦力を連れてくれば……
組織のリーダーとしては最悪の事態を想定し、
真っ先に対応しなければならないだろう。
だから少し離れたこちらまでやってきたのだ。
不幸中の幸いは、彼女が単体で来た事か。
「我は別に敵対する意思は無い。
夫であるシンが話し合いを求めておるので、
その付き添いとして来ただけじゃ」
そして獣人族の少年が、ワイバーン3体と
うなずき合い、頭をこすり付けたりして、
「何を話し合うのか? と聞いております」
ドラゴンがいる前だからか、あちらもあからさまな
敵意は控えているが……
こちらも言葉を選んで慎重に状況と要望を伝える。
・ワイバーンを保護し、食事を提供したのは
自分たちである事。
・もし町に来られても、300体分の提供は
さすがに無理である事。
・町や他の人間の集落へ食事を求めて行くのは、
出来れば控えて欲しい事―――
それを伝えると、想定しない反応が返ってきた。
女王はその頭を深々と下げ―――
「ええと……
まず、同胞を保護して頂き、感謝すると。
その者の申し入れであれば、巣に戻った時に
徹底させると言っております」
おお、さすがはリーダー。
無用な戦いは避けるか。
全員がこういう判断をしてくれると
楽なんだけどなー。
「ええと、ただ―――
フェンリルやドラゴンならともかく、どうして
人間の言う事など聞かねばならないのか、という
者も少なからずいるであろうと。
ドラゴンを妻とするほどの腕前を見せて
もらえれば、仲間も納得するだろうと
言っております」
ティーダ君の言葉に、私はがっくりと肩を落とす。
「やっぱりこうなる運命なのじゃのう」
「よそうは していた」
猫の目のようになる妻2人を横に、深くため息を
つくと―――
女王の案内でワイバーンの巣まで行く事になった。
「ほう、それが跳ねっ返り組か」
巣―――と言っても、険しい岩の峡谷の横穴が
ワイバーンたちの巣であるらしい。
共同というよりはここら一帯で、子育てをしている
というイメージだ。
そんな中、私は比較的平坦になっているある岩山の
頂上で……
3体のワイバーンに囲まれていた。
「ええと……
異論があるのはこの3体らしいので、
彼らを黙らせる事が出来れば、女王は要求を
飲むと言っております」
すでに女王は上空で待機し―――
岩山の頂上にいるのは、ワイバーンを抜かせば
私と妻2人、そしてティーダ君とルクレさんだけ。
「じゃあちょっと『説得』してみますので……
アルテリーゼ、3人を頼んだよ」
「ご、ご武運をっ!」
『乗客箱』に乗り込む前に振り返る少年に
アルテリーゼとメルは、
「まあ見ておれ、すぐに済むわ」
「シンなら、殺したりはしないから」
最後にルクレさんが乗り込み、内側から
カギがかけられる。
「本当に規格外なんだね、アルテリーゼの
夫は……」
そしてギャラリーが空高く舞い上がると同時に、
周囲にいるワイバーン3体が吠えた。
大きく翼を広げると、まず有利なポジション―――
上空へと羽ばたこうとしたのだろうが、
「その筋肉と骨格で空を飛ぶどころか―――
体を支える事など
・・・・・
あり得ない」
その途端、べしゃっという音と共に、まるで
何かに乗られたように、ワイバーンたちは
地面へと突っ伏した。
「グエェエエッ!?」
「ギィッ、ギーッ!?」
「ギュオォオオッ!?」
さすがに、あの時と同じように上空から落下した
わけではないので、ダメージは最小限に抑えられて
いるだろう。
しかし、長引かせるわけにもいかない。
このまま継続すれば絶命させてしまう。
そう思っていると、地面に伏したままの頭が
こちらへ向かって持ち上げられ―――
熱された空気が、口元へ集中していくのがわかる。
私はハァ、とため息をついて、
「燃焼物を生成、吐き出すなど
・・・・・
あり得ない」
とつぶやくと、発火寸前であったであろう
火球は霧散し、
「……!?」
「ギィエッ!?」
「ケェーッ!? ケエェエエッ!?」
そして私は上空の女王へ向かって手を振ると、
それで察したのか彼女はそばへと舞い降りてきて、
深々とその頭を垂れると、片翼を大きく振り上げる
ように広げた。
言葉はわからずとも―――
それがこちらの勝利を認めたという事は、
誰の目にも明らかだった。
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