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#御曹司
うめぼっち

633
鷹槻れん/鷹槻うなの

36,051
#白い結婚
夕凪ゆな
373
うめぼっち

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「同じ味だ」
老人の声は、大広間に、はっきり落ちた。
客が、顔を見合わせる。二つの皿。同じ形の花びら餅。箸を持ったまま、何人かが、もう一切れずつ口に入れた。
「本当だ」「味噌が」「柚子が入ってる」
麗華が、笑ったまま、前に出た。
「そうでしょうね」
ヒールの音。
「柊屋さんが、松月堂さんに合わせていらしたのよ。うちの春の看板に、寄せて。――努力は、認めてあげる」
客の何人かが、頷いた。頷いて、柊屋の皿を見る。真似をした店の皿を見る目で。
絹江の鈴が、一度、鳴った。
ことはは、麗華を見た。
見て、息を吸った。店のことを言うときの息。
怒鳴るのは、違う。名指しも、違う。言うのは、あったことだけ。
「十一月二十八日に」
声が、出た。
「本店の会議室で、当時の課長の麗華さんに、試作を二種、お見せしました。常設のお話のときです。豆大福と、柚子味噌の餡の上生菓子。箱は、お下げになって、戻ってきていません」
麗華の笑いが、止まった。
「記憶にないわ。催事部に試作を持ち込む店は、毎週あるの」
「はい。ですから、味で申し上げます」
ことはは、自分の店の皿を、手で示した。
「この花びら餅の餡は、十一月の試作と同じ、柚子の皮を入れた味噌餡です。柳町の店で正月に売った花びら餅には、柚子は入れていません。入れたのは、十一月にお見せした試作だけです」
客の箸が、止まった。
「松月堂さんの餡にも、柚子の皮が入っています」
大広間が、静かになった。
絹江が、松月堂の皿から一切れ取って、食べた。
「柚子ね」
鈴を鳴らして、言った。
「奥が、ないけど」
眼鏡の老人が、二つの皿を見比べている。
「奥、というのは」
「塩です」
ことはは、答えた。
「餡の塩が、違います。うちの塩は、父の塩なので」
まねっこは、味の一番奥までは来られねえ。源さんの声が、工房の鍋の前から、ここまで届いた気がした。
博正が、箸を取った。
黙って、松月堂の一切れを食べる。黙って、柊屋の一切れを食べる。皿を置いた。何も言わない。
麗華が、父を見た。
「お父様、これは――」
「社長」
声が、出た。麗華の声ではなかった。
松月堂の社長が、立っていた。白髪の、小柄な男。顔が、赤かった。
「申し上げます」
博正を見て、言った。それから、ことはを見た。
「十二月の頭に、催事部から、参考にと見本を預かりました。豆大福と、柚子味噌の餡の菓子。春の看板に向けて、この味に寄せろと。――柊屋さんのものとは、聞いておりませんでした」
声が、震えていた。
「見本は、参考に、とお渡ししただけです。寄せろとは――」
麗華の言葉が、長くなった。
「寄せろ、と伺いました」
社長の言葉は、短かった。
麗華は、口を閉じた。
「下町豆大福も、同じ見本から作ったものです。……柊屋さん。お詫び申し上げる」
社長は、ことはに向かって、頭を下げた。深く。白い髪が、机の高さまで下がった。
大広間の三十人が、それを見た。
ことはは、頭を下げ返した。
「顔を、上げてください。松月堂さんの手で作ったものは、松月堂さんの菓子です。――餡の奥だけは、違いますから」
社長が、顔を上げた。上げて、もう一度、短く下げた。
「本店の会で、店が店に頭を下げるのを、初めて見た」
眼鏡の老人が、言った。
「五十年で、初めてだ」
別の客が、小声で、専務の奥様、ともう一度言った。さっきとは、違う声の高さで。
絹江は、椅子に座ったまま、何も言わなかった。言わないで、柊屋の皿から、二切れ目を取った。
麗華は、立っていた。
ワイン色のスーツ。大きなイヤリング。組んでいた腕がほどけて、横に下がっている。顔が、白かった。十一月の催事場で、豆大福を食べたあとの顔と、同じ色。
客は、誰も麗華を見なかった。見ないふりをして、見ていた。
「専務の奥様のお店、と伺いましたが」
客の一人が、遼に言った。背広の男。取引先の顔。
「本店の春に、奥様のお店が」
「妻の店です」
遼は、言った。
短く、低く。十二月の夜会と、同じ声。隣のことはを見ずに。
「妻の店の菓子を、妻が自分の名で持ち込んだ。私は、客として来ている」
男は、頷いて、下がった。
遼は、机に手を伸ばした。
柊屋の皿から、一切れ、取った。箸は使わなかった。指で取って、立ったまま、口に入れた。三十人の前で。
食べ終えて、何も言わなかった。
ことはは、隣の手を見ていた。指に、餡の味噌がついている。遼は、それを、ハンカチで拭いた。拭いて、ポケットにしまった。
博正が、口を開いた。
「麗華」
低い声。大広間の端まで、届く声。
「春の催事に、柊屋を入れろ」
麗華の顔が、上がった。
「お父様」
「業務の命令だ」
博正は、娘を見なかった。もう、次の皿を見ていた。
「――それだけだ」
麗華の唇が、動いた。動いて、閉じて、もう一度、動いた。
「……はい」
客の前で、娘が、父に頭を下げた。
ことはは、それを見ていた。隣の遼は、皿を見ている。皿の上に残った、柊屋の花びら餅を。
麗華が、顔を上げた。
上げて、ことはを見た。
笑っていなかった。
コメント
1件
読了しました。この話、すごくよかったです。 「味の奥」っていう表現が刺さりましたね。ことはが「うちの塩は、父の塩なので」って言ったとき、源さんが工房の鍋の前から聞こえてきた気がしたっていう一文が、技術の継承をすごく丁寧に描いてて好きです。模倣はできても味の一番奥までは届かないって、職人の矜持そのものだなと。 あと、松月堂の社長が頭を下げた瞬間、読んでて息が止まりました。あの場で嘘をつかずに全部認めたのは、返って潔かったです。麗華だけが取り残されて、ワイン色のスーツで立ってて、誰も彼女を見なかったっていう空気感も秀逸でした。 遼が指で直接花びら餅を取って食べたのも、なんかグッときました。箸を使わなかったのも含めて、何も言わないけど静かに妻の味を認めたように見えました。