暫くして、満腹になった美優は、おっぱいを飲みながらウトウトと眠ってしまった。
無事?に授乳が終わり、衣服を整え、娘の背中を軽くトントンと叩いてげっぷをさせる。
美優を抱き上げたまま、ソファーの方に振り返ると気配に気づいたのか、朝倉先生がこちらへ顔を向ける。
「寝たの?」
こそっと小さな声で訊くのは、眠っている美優への気遣いだろう。
「はい」と小さな声で返事をすると、朝倉先生の切れ長の瞳が、優しく弧を描く。それは慈愛に満ちた微笑みだった。
優しさにあふれた瞳に私の意思とは裏腹にドキドキと心臓が早く動きだす。
頬が赤くなっているのを隠すように、ベビーベッドに美優を下ろした。
タイミングよく、音量を下げておいたインターフォンが鳴った。
「ちょうど、夕飯が届いたみたいですね」
そう言って、サッとお財布を手に、急いで玄関へと向かう。
正直言って、朝倉先生に何て声を掛けていいのか分からなかったから、出前の届いてホッとした。
朝倉先生に対しての自分の気持ちを知りたくないような……、その感情を何と呼ぶのか見当もつかない。
ふーっと息を吐き気持ちを整え、配達のお兄さんに出前の代金のお金を支払おうとした時、横からスッと手が伸びて配達員にお金が渡る。
朝倉先生がいつの間にか横に立っていたのだ。
「朝倉先生、ダメですよ。ここは、私に払わせて下さい」
朝倉先生に散々迷惑をかけて、夕飯までご馳走してもらうわけにはいかない。
私は、配達員の手からお金をむしり取り、自分のお財布からお金を出して配達員に渡し、むしり取ったお金は、朝倉先生の胸元へ突き返した。
気が付けば、お金を返された朝倉先生も、お金をむしり取られ新たに渡された配達員も、私の勢いに気圧されて固まっている。
ヤバイ、また、やっちゃった。
「 ぷはっ」
朝倉先生が吹き出し笑い始め、釣られて、配達員も笑い。二人は、爆笑と言っていいほど、涙を流して笑っている。
「もう、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
「ごめん、ごめん。やっぱり、女性は強いなぁって」
朝倉先生が、そう言うと配達員も同意してウンウンと力強く頷いている。
恥ずかしさが先にたち、言い訳が口をつく。
「だって、今日のお礼に夕飯をご馳走させて頂くつもりだったのに朝倉先生が払ったらお礼にならないじゃないですか」
おつりを貰うべく配達員に手を差し出し、私はしっかりとおつりを受け取る。
配達員は笑いがおさまらない様子で肩を震わせながら帰って行った。
なんとなくバツが悪い。暫くはこの店から出前の注文は控えようと心の中でメモをする。
届いた夕飯は、ウナギのひつまぶしセットが2つ。
トレーをお持ち上げ、部屋に移動しようとすると朝倉先生がトレーをスッと持ち上げた。
「これぐらいは、させてくれる?」
と、部屋へ運んでくれた。
朝倉先生の何をしてもスマートな対応、それに比べ、ダメダメな自分が恥ずかしい。
散らかったテーブルの上をサササッと片付け向かい合わせに腰を掛けた。
「朝倉先生、散々お引止めしてからなんですが、どなたかお家で待っていらっしゃったりします?」
いままで、うっかりして、聞いたことが無かったけど、朝倉先生って独身だったのか不安になった。
自分がお礼をしたからと言って強引に引き留めてしまったけれど、迷惑だったのでは? と、今更ながら心配になってきた。
「いや、気軽な一人暮らしでね。実家の両親や姉たちにいつも良い様に使われているんですよ。それ以外はいつも一人。今日は、一緒にご飯を食べる人がいて楽しいですよ」
その言葉を聞いてホッとする。
自分が暴走気味に色々しでかしてしまう事を自覚していた。
いつもは、こんなにひどくないはず……。
朝倉先生とは、出会いからハチャメチャだ。
顔良し、性格良し、収入良しのザ・パーフェクトな朝倉先生。
そのザ・パーフェクトの前で、私はなんでいつもバタバタしているんだろう。
今日だって、女としてマイナスな状態だったし、そもそも通話中に転んで心配かけしまったし、おまけに授乳シーンを見せて、出前を取ればテンパって……。
ああ、情けないやら悲しいやら、ため息しかでないわ。
せめて、食後のお茶ぐらいは入れようと、食べ終わった食器を持ってキッチンへ移動した。
お茶の入れ方には、こだわりがあってヤカンでお湯を沸かしゆらゆらと湯気が横揺れするぐらいの温度、お湯を湯呑についで、急須に茶葉を入れる。
湯呑のお湯を急須に注ぎ、約1分茶葉が開いたところで急須をゆっくり回し、2つの湯呑へ交互に注ぐ、最後の一滴まで注ぎ入れたら出来上がり。
朝倉先生にお茶を出し、自分の湯呑に口をつける。
はぁ~。落ち着く。
「谷野さんの入れてくれた、お茶美味しいよ」
と、朝倉先生は、甘やかな笑顔を見せた。
はう、尊い……。
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