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いつも通りの変わらない日常に、突如として嵐が吹き荒れたのは、ソイツが現れたせいだった。

俺は5番テーブルで、大倉さんが作ってくれたレモネードを飲みながら、某アプリを使って、今日来てくれたお客にサンキューメッセを送りつつ、カウンター席で売上伝票を数えている、大きな背中に視線を飛ばす。

今夜はお客が少なかったから、計算が早く終わるだろうと思ったときだった。扉につけてるドアベルが、カランカランと大きな音を立てて開く。

表の看板は電気を落とし、扉の前には『閉店』と書いてあるでっかいプレートが掲げられているはずなのに、堂々と入ってくるなんて何者だろうと少しだけ腰を上げて、ソイツを見てやった。

肩まで伸ばした、少しだけ茶色の髪の下にある、ジャニーズ系の顔立ち。グレーのシャツの上には、白いスーツでびしっと決めてる様は、明らかにホストそのものだった。


「大倉さん、お久しぶり!」

「翼っ!? いきなりビックリしたよ」

「あれ、オーナーから聞いてない? 病欠してるナンバーの代役に、支店のシンデレラから、僕が行くことになったんだよ」


意味ありげに瞳を細めて、カウンターにいる大倉さんの隣に迷うことなく座るとか、何者だコイツ!?


「ああ、そうなんだ。昔ここで働いていたし、勝手がわかっている君だから選ばれたんだろうけど。シンデレラの方は、大丈夫なのか?」


余計な邪魔が入らないように、手にしていたスマホの電源を落とし、テーブルに静かに置いて、並んで座るふたりを睨んでやる。


「店長の桃瀬が、しっかりしてるからね。僕がいなくなっても彼がその倍、働いて稼いでくれる」

「すごいよな、彼は。店長会議で、顔を付き合わせたことがあるけど、いかにもやり手って感じのオーラ、出まくっていたし。ホストをしながら、店の経営もちゃんとできちゃう男って、本当に羨ましいよ」

「常連客から『桃ちゃん』とか『桃さま』って呼ばれて、ちやほやされているけど天狗にならず、しっかり稼いでいるからね。だけど従業員には、結構厳しいよ。ノルマあるしさ」


親しげに語っていく大倉さんに、声をかけたいんだけど、タイミングが計れない。どうしたものか。


「俺には到底、真似のできないことだよ。今の若いコは叱るとすぐに、仕事を投げ出すから、厳しくできなくて」

「ふふっ、昔からヒデは優しいから、しょうがないって。ね、今夜空いてる?」


誘うような眼差しで見つめ、腕をぎゅっと絡めて俺の大倉さんを誘うなんて、堂々と何をやってるんだ、コイツ!

しかも大倉さんの下の名前を、さりげなく口にするとか、すっげぇムカつくんだけど!


がたたんっ!!


間違いなく青筋が立っているであろう、俺の額。顔を引きつらせながら立ち上がったら、目の前にあるテーブルに、太ももをぶつけてしまった。だけど痛さは全く感じない。アイツに対する怒りで、神経が飛んでいるからだろう。


「ちょっ!? ビックリした。人がいたなんて、気配を全然感じなかったよ」


ビックリしたと言いつつ、ちゃっかり大倉さんに抱きつくなんて、俺にケンカを売ってんのか!?


「離れろよ、いい加減っ」


靴音を立ててふたりに近づき、両手を使って引き離してやった。

コイツもムカつくが、されるがままでいる大倉さんも、正直どうかと思うぞ。


「レインくん、あんまり怒らないでくれないか。彼はこれからここでヘルプしてくれる、君の先輩にあたる人なんだよ」


年功序列を重んじたい、大倉さんの気持ちがわからないワケじゃねぇが、それは横に退けておいて、恋人の目の前で平然としながら、同性とイチャイチャする神経が分からねぇって、強く言ってやりたい。


「ふぅん。ヒデの今の恋人なんだ、彼」

「……だったら、何だっていうんだよ?」

「レインくんっ、抑えて抑えて」


睨み合う俺たちの間に大倉さんが入り、まぁまぁと宥めに入っても、怒りは簡単に収まらなかった。


「ここにパラダイスにいた、井上穂高が来ていたでしょ? 君はアイツと寝た?」


すっげぇイヤな笑みを浮かべ、投げつけられた質問に、くっと言葉に詰まるしかない。


実際、寝てはいないが、卑猥なことをされた挙句にイカされて、それを撮影されてしまった過去がある――こればっかは大倉さんに、知られるワケにはいかねぇんだ。


「ね、寝るとかワケわかんねぇこと、言うなって」

「そうだよ。穂高さんはここでみんなと仲良く、沸きあい合いとお仕事に励んでくれた人なんだから」

「へぇ、沸きあい合いとみんなと寝て、楽しくヤり合っていたんだ」

「翼、いい加減にしてくれないか。彼は本当に、いい人だったんだよ」


珍しく井上の肩を持ち、怒気を強めた大倉さん。アイツの裏の顔を、知らないからな。


「……そっか。大倉さんは知らないのに、後ろにいる彼は知っているみたいだね。井上穂高の本当の姿を」


俺の表情で全てを読み取り、ペラペラ喋る口を、おしぼりか何かで塞いでやりたい気分だ。


「レインくん?」


「なっ、何も知らねぇって。アイツは仕事のできる、ホストの一人だっただけだ」

「そうそう。すっごく仕事はできたね。お客だけじゃなく、ホストとも寝てさ。散々垂らしこんで使えないヤツは、簡単に切り捨てていく最低な男だよ。俺としては、ヒデとの相性の方が良かったけどね」


艶っぽい流し目をしながら、大倉さんに伸ばした手を、容赦なく叩き落してやった。


「で、君はどうだったの? 井上穂高と大倉さん、どっちがいい感じ?」

「寝てねぇって、さっきから言ってんだろ。しつこいヤツだな」

「……嘘をつくのは止めてくれないか、レインくん」


聞いたことのない大倉さんの低い声が、俺の耳に届いて、思わずびくっと躰が竦んでしまった。


「大倉、さん?」

「君が嘘をつくとき、俺の顔を見ないっていう癖があるんだよ。さっきからずっと、避けてばかりいたよな」


それはそれは悲しげな表情を浮かべ、俺の顔を見下ろした。


「信じてくれ、寝ちゃいないから。寝てはいないんだけど……」


いつまで経っても言えないでいると、小さなため息をつき、俺を見つめていた瞳が、ふいっと冷たく逸らされてしまった。


「もういい。今日はひとりで帰ってくれ、レインくん」

「そんな……」

「翼、積もる話もあるから、一緒に呑みに行こうか」


俺の手に強引な感じで店の鍵を握らせると、ヤツの肩を抱いて、さっさと出て行ってしまった。

どうしよう……俺、捨てられちまうのかもしれない――

エゴイストな男の扱い方 レモネード色の恋

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