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ユカリとベルニージュは手に入れた魔導書や呪われた土地神、クヴラフワの呪災との関係性について述懐しながら、エーミの元へ戻る。
しかし「ユカリ様!」という言葉を合図に足止めを食らう。
ジェムリーの街の人々が『騙り蟲の奸計』対策の奇妙な格好を投げ捨てて、感激した様子でユカリの元へ集まってくる。
「ああ、まただ」とユカリは零す。
「そんな顔しないでも」ベルニージュもまたつられて怪訝な表情を浮かべる。「感謝されるのも初めてのことじゃないじゃない? 星墜としのユカリさん」
「あの街でも大変な歓迎を受けたけど、クヴラフワの人はなんか違うんだよ。ねちっこいっていうか」
「四十年の重みだね」
ジェムリー市民はユカリとベルニージュの周りに集まり、歓喜と共に口々に称賛し、感謝の言葉と祈りを捧げる。まるでユカリとベルニージュ自身が神であるかのように、そうしなければ天罰でも受けるかのように必死に崇め奉る。
あまりぞんざいに扱わず、感謝されることに感謝しつつ、ユカリとベルニージュは街へ戻る。エーミはまだ屋根の上にいるのだろうか、と時折見上げつつ通りを戻っていると、突然ユカリが「うわ」と不快そうに言って人混みに隠れるように少ししゃがむ。「救済機構だ」
通りのずっと向こうから、人の野に興味を持った神々が送り込むという影の使いのような黒い人だかりがこちらへ向かってくる。
ベルニージュにとってはようやく人影に気づける程度の距離だった。
「あいかわらず目が良いこと。さて、ここらでお開きにしようか」
ベルニージュはどこかから白檀の木っ端を取り出す。
「え、何? どうするの?」
「息止めて」
ユカリが返事をする前に白檀から白煙が溢れ出す。古い屋敷を気に入って棲みつく悪意無き幽霊の悪戯のように白煙は群衆の目を眩ませる。二人は煙に紛れて集団を抜け出すと、建物の陰で杖に乗り、再び屋根の上へと舞い戻った。白煙は不思議なほど早くすぐに収束し、結果ジェムリー市民は奇跡を目の当たりにしたように感嘆の声を漏らし、ますます高らかに祈りの言葉を唱えていた。
救済機構の僧侶たちが近づいてくるまでに、ユカリは顔を知る人物を二人見つけた。とはいえ、一人の素顔は知らない。救済機構の下部組織、焚書機関は第二局の首席焚書官サイスだ。燃える角の山羊の鉄仮面をかぶっている。封呪の長城で見て以来だ。そしてもう一人はまた別の下部組織、恩寵審査会の総長である魔法使いモディーハンナだ。こちらは数日前にビアーミナ市のモルド城、シシュミス教団の神殿で睨み合ったばかりだ。相変わらず疲れが見え、少しばかり息が荒い。
僧侶たちは揃いの黒衣を着ているが鉄仮面をつけているのは、つまり焚書官はサイスだけだった。
「エーミってきっと今も救済機構に追われてるよね?」と屋根に這いつくばるユカリはベルニージュの青白い耳元で囁く。
「聖女アルメノンは最期の最期までエーミを探していたようだし、彼女の個人的な事情でないならそうだろうね」
より正確にはエーミの居場所を知っているだろうネドマリアを探していたのだ、機構の最高権力者たる聖女自ら。エーミにこだわる理由をユカリは知らないが、機構がそう簡単に諦めないことは分かる。
「できれば見つからずに逃げたいけど」ユカリは左右を見渡す。「エーミはどこ?」
「見当たらないね。飴坊はもうちょっと北の方に気を取られていたけど」
北の方の屋根は特に破壊が酷い。岩石でも降って来たかのようだ。しかし二人ともエーミの姿を見出せずにいる。
そのうち、僧侶たちがユカリたちの真下までやってきて、解呪された湖を眺める。
「湖もやはり呪われている様子はないですね」と、湖へと抜ける通りまで来たモディーハンナの声が聞こえる。「魔法少女でしょうか?」
「報告によるとラゴーラ領のメグネイル市でも魔法少女が『這い闇の奇計』とかいう大王国の呪いを解いたらしいですよ」という答えは最少年首席焚書官サイスの声だった。
「報告で思い出しました。サイスさん。ユカリさん以外も全員揃っていましたよ」穏やかながら責めるような声色だ。「困りますね。正確に報告していただかないと。不十分な対策で恐ろしい目に遭うのは私たちだけではありませんよ?」
「正確ですよ」とサイスはすぐに返す。「僕が封呪の長城で遭遇したのは魔法少女だけです。その前か後か知りませんが、他の連中は別の方法で侵入し、合流したのでしょう」
「どうやってですか?」
「分かっていれば報告しています」
「怖いもの知らずですね、まったく」モディーハンナは不貞腐れたように鼻を鳴らす。「ですが不肖な姉弟子が世話になったそうですから大目に見ましょう」
僧侶たちは言い合いを始める二人の上司の脇をそそくさと抜けて湖の調査に散らばっていく。
「不肖とは言いますが」とサイスは異を唱える。「僕が対峙した時のクオルの魔術は他に見たことがない強力なものばかりでしたよ。命がけだったんですから」
「報告にあった生物の融合とかいう話ですか? 合成生物なんてそう難しくもないですよ。費用対効果が低くて、使い道がほとんど無いだけで。素材次第ではありますけど」
「そちらもですが、クオル自身がトンドの王宮で禍々しい姿に変身していた時のことです。報告書はご覧になっていただけたかと思いますが、おそらく支離滅裂な話だとお思いでしょう。ですが生き残りの焚書官で照らし合わせた一字一句正確な内容ですよ。さらに付け加えさせていただければ、思い返してみるとあれは残留呪帯の状況にそっくりでしたね」
やや間をおいてモディーハンナは答える。「魔法の混沌ってこと、ですか。でもそれはクオルさんの力というより魔導書の魔法ですよね?」
「いえ、それならば、魔法少女の一味のベルニージュがかの魔導書を所持していた時に利用したはずです」サイスは探るように言葉を繋ぐ。「そうでないということはせいぜい触媒として利用しただけで、変身はクオルの編み出した魔術ということではないですか?」
「ベルニージュさんが使いこなせなかっただけかもしれません」
飛び出そうとするベルニージュをユカリは宥める。
「私が使えない魔術なんてない」とユカリが代わりに囁いた。「でしょ?」
「ううん、ワタシにも使えない魔術はある」とベルニージュははっきりと否定する。「でも誰かに使えてワタシに使えない魔術なんてない」
ユカリは笑みと目配せで応える。
「しかし、ここには見当たりませんね。巨人の遺跡」モディーハンナがうんざりした様子で、あるいは疲れからか俯く。「そういえばサイスさん。一年前にミーチオンに行ってましたよね?」
「ええ、その時はまだ首席ではありませんでしたが」
「もう迷宮でない都市ワーズメーズには立ち寄りましたか? あそこでも巨人の墓所が見つかってましたよね?」
「ああ、いえ。ワーズメーズには立ち寄りましたが墓所には寄ってないですね」
ユカリもまた巨人の墓所に結局行けずじまいだったことを思い返す。ネドマリアに誘われたが、有耶無耶になってしまったのだ。
「おーい! どうかした?」
愛らしくも今は誰にも聞かせたくない声だ。間の悪いことにエーミに呼びかけられた。
僧侶たちに気を取られて、僧侶たちのいる通りを挟んで屋根伝いにエーミが近づいて来ていたことにユカリもベルニージュも気づかなかったのだった。そしてエーミの方は屋根の下の僧侶たちに気づかないで走ってくる。そしてモディーハンナもサイスも元護女エーミの声にしっかり気づいた。
ユカリとベルニージュは身振り手振りで押し留めようとするが手遅れだった。エーミは屋根の際までやってきて、ようやく足元に救済機構の僧侶たちがいることに気づき、踵を返して走って逃げる。
ユカリが立ち上がろうとするのをベルニージュが止め、少し後ろに下がって出窓の陰に隠れる。次々に僧侶たちが屋根の上に上ってきてエーミを追跡し始めた。屋根を踏みつける激しい足音が響く。
「まさか見捨てるなんて言わないよね?」とユカリは責めるように問いかける。
「言わないよ」ベルニージュは誠実な瞳でユカリを見つめ返す。「でもワタシたちとエーミの関係を救済機構に知られれば、さすがにビアーミナ市での均衡が崩れるかもしれない。実際のところ、彼らがどれくらいエーミを欲しがってるのか知らないけど、場合によってはお構いなしになるかもしれない。そしたらこの呪いの土地をずっと追いかけっこするはめになる、かもしれないよ?」
かもしれないが多いが、ベルニージュの言うことはよく分かり、ユカリも納得した。
「エーミを匿うなら、エーミとの関係を知られない方が良いってことね。でも、どうするの? そんなことできるの?」
エーミ自身の目的も知らない現状では素直に助けられてくれるかも分からない。
「ワタシにできないことなんてないよ」
「具体的な作戦は?」
「今から考えるよ。そうだなあ」ベルニージュはほんの少し天を仰ぐ。「それこそさっきの煙幕が有効だね。多種多様な魔法使いであるワタシがワタシの存在を気取られないようにエーミの逃走を助ける」
「私にできることない?」
「ないね」とベルニージュはきっぱりと言う。「ただ逃げるだけならユカリに任せた方が早いけど、魔法少女の魔法は把握されているでしょ? 前にサイスと協力関係を結んだときに全部明かしたしね。どの魔法を使っても存在を知られる。ユカリは先に逃げて。ビアーミナ市に戻ってて。すぐに追いつくからさ」
ユカリは思いつく限りの反論を述べたが赤い髪の魔法使いに全て完封された。