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部屋はその日は決めず、中華の小皿料理店で食事をした。

小籠包を食べながら台湾の鼎泰豊の話になり香港出張の話をした。

お土産を聞くと「エッグタルト」と答えがあり、それを言い訳にまた会う約束をした。


香港では効率的に仕事を進め、時差があまりないが遅くならない程度に[おやすみ]とメッセージを入れる。朝見ても既読が付いていなかった。

その後もいくつかメッセージを入れたが相変わらず既読が付くことがなかった。

学生時代を思いだす。

俺が海外にいた間に生まれた溝。


嫌な予感がした。


何度かのメッセージのあと既読が付いたときにすぐにメッセージを送るとようやく[平気です]の一言だけ返ってきた。

瞳の平気は平気だったことが無い。

マオの時のように。


[金曜日の夜に会おう]と送信すると


[私じゃなくて会うべき女性がいるのでは?その女性に恨まれるのは迷惑だから会うつもりはないです]

と、よくわからない返事が来て思わず電話をするもワン切りされ[電車の中なので迷惑]とメッセージが送られてきた。


それならばと[電車から降りたら電話がほしい]と送ると


[そんな暇あるなら松本ふみ子さんに連絡したら、もちろんしてるよね深い関係なんだから、今日は疲れているからラインも電話もお断り]


と返ってきた。

松本ふみ子?

なぜ瞳が彼女を知っているんだ?たしかに、あのカラオケルームに来ていたがお互い話などしていなかったはずだ。


会って話がしたいが、電話だけでしつこくしても話が通じなければよくない結果を出してしまう。

すぐにでも会いたかったが、先ずは仕事に専念した。


瞳が勤めている会社の前で待つことにした。

なかなか出てこない瞳を待ちながら、自分で自分が情けなく感じたがここであきらめるわけにはいかなかった。


しばらくするとさわやかな年下であろう青年と二人で出てきた姿に少しイラっとしながらも気持ちを落ち着かせる。

「有能な後輩」と聞いて、ホッとする自分が情けない。


カフェに場所を移して聞いたのは松本ふみ子がSNSに瞳を揶揄するような投稿を繰り返しているということだった。


また瞳に迷惑をかけ、傷つけてしまった。


たしかに瞳と別れてから松本ふみ子と関係を持った。

ただそれだけ

でも、松本ふみ子は”それだけ”とは思っていなかった。

そして、なぜ瞳を攻撃するのかわからなかった。

あの時と同じだ。


ただ、松本ふみ子の連絡先を知らない俺はBARで会えなかった場合を考えて松本ふみ子のSNS を教えてもらった。


「松本との話がすんだら、俺との事をもう一度考えて欲しい」と伝えると「考えておく」と答えが返ってきた。

本来なら否定的な答えが出てもおかしくないのに、まだ俺にチャンスがあると思っていいのだろうか?


約束していたエッグタルトとお茶のお土産を渡すために車に向い、送っていくため助手席に座った瞳がすっかりお土産に夢中になっているのを見て、自分の浅はかな行動を悔いた。



久しぶりのBAR


瞳と再会してからは来ていなかったが、俺が行くとほぼ毎回のように来ていたから、もしかすると今日も会えるかもしれないと思った。

ここで会えなければSNSに連絡してみるつもりだ。


「りょうさん久しぶりですね」


「そうだね」


「いつもので?」


「ああ」


それだけでしばらくすると目の前にジントニックが置かれた。


マスターは俺と一回りほどの違いくらい。

気さくで雰囲気のいい男性だ。


「りょうさんに会いに女性が結構来てましたよ」


瞳と別れてから自暴自棄になった結果の不名誉な話だ。


「もう、そういうのは卒業したんだ」


「悲しむ方がいらっしゃいそうですね」


そんな話をしているとカランとドアが開く音がした。



コツコツとヒールの音が近づき、背後で止まった。


「甲斐くん久しぶり」

俺はゆっくりと振り返ると「久しぶり」と答えた。



「マスター悪いけど奥の場所」

そこまで言った所で、全てを察したような表情をして頷いた。


なんとなく勘違いしてそうだが今はどうでもいい。


「あっちで話さないか」

そういって奥にあるドラシナで視界が遮られる席を指さすと松本ふみ子は満面の笑みで席に向う背を見ながらマスターに「彼女にギムレットを」と告げると、またもやマスターが“なるほど”みたいな表情をした。


まぁ、これに関してはマスターの考えている通りだ。


小さな丸テーブルに向かい合わせに二脚の椅子が置かれていて松本ふみ子は奥の椅子に腰掛けていた。


「甲斐くん久しぶり、あまりここに来ていなかったんだね」


「ここには一晩遊ぶ相手を見つけるためだけに来ていたから今はもう必要がないんだ。だから来ないつもりだったが今日は君に会いたくて来た」


松本ふみ子は遊ぶ相手のくだりで一瞬顔を引きつらせたが最後はまた笑顔になった。


「待っていてくれたんだ、じゃあもう行こう」


松本ふみ子が立ちあがろうとした所にマスターがふみ子の目の前にギムレットを置いた。


「え?」


「俺の奢り」


ふみ子はもう一度座り直すと嬉しそうに「頂きます」と言ってグラスを持ち上げると一口含み香りを楽しむように嚥下した。


「美味しい」


「ギムレット、レイモンドチャンドラーの小説でも有名だけど、今回は深い意味などなくてそのままストレートに受け取って貰えばいい」


ふみ子はニコニコしながら甘えた声で「どう言う意味?」と聞いてきた。


「俺はまた失敗したようだ」


ふみ子は小首を傾げて不思議そうにこちらを見ている。


「捌け口の相手と1回以上関係を持つべきじゃ無かった」


ふみ子の笑顔が張りついていく。


「恋人ではない、ましてやセフレでも捌け口でもない大切な女性(ひと)に対して謂れのない誹謗中傷をSNSで流している人間がいる」


「へぇ」と答える彼女は表情のない笑顔に変わった。


「そのアカウントの主が誰なのかわかっているが、プロに頼んで逃げられない証拠で訴えることもできる、ただ肌を合わせた関係もあるし勘違いさせた俺にも多少の責任はあるから、今投稿したものを全て削除して、彼女に危害を与えないことを約束できるなら法的手段に訴えることはしない」


スマホのボイスメモを起動して「どうする?」と聞くと下を向いたまま「すみません」と答えた。


「きちんと奥山瞳に対して誹謗中傷などの行為及び接触はしませんと宣言したのち謝罪をしてくれ」


震える声で俺の言った言葉を復唱した。


「わたしはずっとずっと甲斐くんのことが好きなの。黙っているから、ちゃんとわきまえるから。わたしを愛して欲しいとか言わない。ただほんの少しわたしにも希望が欲しいの」


俺はまた同じことを繰り返している。


「今まで、希望みたいなものをきみが俺に感じていたとしたら、そう思わせてしまった俺のせいだ。それは悪かった。最初から俺はきみに何の感情も持っていない。手短なところで性欲をみたした。ただそれだけだ」


「わたしはそれで充分だから」


「話がズレてきている。俺はきみとは寝るつもりはない。だが、そのことできみが奥山さんに中傷的な投稿をするのは止めてほしい。もしまだ続けるつもりなら法的手段に訴えるつもりだ。そういう話をしている」


そう言うと席を立った。


家のこともまだ片付いていないのに問題が増えるのは勘弁してほしい。


母親に6年前のことを問い詰めたところで自分勝手なあの人にはなにも響かないだろう、それどころか”老舗”自慢の”ご令嬢”を担ぎ出し同じことを繰り返そうとしている。


そろそろ全てに決着を付ける時期が来たのかもしれない。




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