勢いで” 夕飯を家で ”などと、お礼を兼ねて誘ってみたものの、実は、母子家庭の冷蔵庫には大したものなど入っていない。
帰りの車の中でコッソリ何かデリバリーサービス注文をしてしまおうと思っていた。が、携帯電話が新しくなった事を失念していた。
家に帰ってWi-Fiがある所で、今までデータアプリのダウンロードから始め、設定をしなければならないのだった。
ググって電話という手もあるが、それではコッソリとはいかず、気を遣わせる事態に陥りかねない。
ヤバイ、家にある材料で何が出来るだろう?
使いかけのキャベツとタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、ベーコンと、鶏肉もあった。けど、どうしよう。
カレー? ダメだ。カレー粉が無い。
シチュー? って、おかずじゃないよね。スープだよね。パンが無いし。
うーん。
自分のレパートリーの少なさを呪いたくなった。
鶏肉焼く?ごはん炊いて、付け合わせどうする?
もう、グルグルと頭の中で食材が回っている。
ぷしゅーっ!と、湯気が出そう。どこかで、お弁当買ってしまいたい。
グルグルと悩んでいる間に無情にも自宅に到着してしまった。
メニューが決まらないまま、車から降りるのにチャイルドシートに座る美優を抱き上げる。
すると、ツキンと胸に痛みが走った。
そう、母乳が溜まって胸がパンパンに張っている。母乳パットにも漏れて出ている。
どうする? 私……。
「谷野さんのお宅に上がらせてもらうなら、今頼んでいるイラスト見せてもらってもいいな?」
「はい、ぜひ確認してください」
と、言ったものの、自分から朝倉先生を誘ったのに夕飯も決まっていない。その上、胸が張っている。
何一つ思い通りにいかない。どうしよう。
これは、もう、開き直るしかない。
「朝倉先生、すみません。出前取ってもいいですか? 注文したお料理が来るまで、美優にお乳あげたくて……」
「美優ちゃん優先でいいよ。谷野さんが大変ならお暇まするし」
こんなに色々してもらった恩人を何もしないで帰らせるなんて出来ない。
「朝倉先生、イラストの確認もあるのであがってください」
朝倉先生は、「そういう事なら」と残ってくれることになった。
部屋に入ったはいいけれど、部屋の間取りは1LDK。その上、リビングと寝室を間を隔てている引き戸は取り払い、大きめのワンルームの状態。家の中に入れば、すべてが見渡せるのだ。
美優をベビーベッドに下ろして、散らかっているおもちゃをとりあえず、カゴに放り込む。
「すみません。直ぐに片付けて、お茶をいれますね」
「お気遣いなく、谷野さんは、美優ちゃん優先で」
「あっ、じゃあ、美優がお腹空いているみたいなので……」
ここまで言いかけて、私はまた、ミスを犯している事に気づく。
” お乳をあげる ” と、いう行為についてだ。
お姉さんがいて、甥っ子姪っ子の子守の経験のある朝倉先生はきっと予想がついていたのだろう。
だから「谷野さんが大変ならお暇するし」と言ってくれたのだ。
それを無理やり引き留めたのは私。
さあ、覚悟を決めろ。
「失礼します」
と言って、朝倉先生に背中を向けバスタオルを肩から当て、パンパンに張ったおっぱいを服の隙間から出した。
そして、オシボリウェッティで拭き、娘の口に含ませる。
美優は、んっく、んっく、と、飲んでくれている。
ホッと、一息ついたところで、ハッと思う。
ヤバイ、気まずい。引き止めて授乳シーンを見せるってどうなの?
まって、私、出産シーンも見せている。
朝倉先生にどんだけの仕打ちをしているんだ。
あああぁああー!(心の叫び)
誰か、私に穴を掘って埋めてくれー!
別に先生に、背中を向けているし、タオルで隠しているし、おっぱいポロリとしているわけじゃない。けど、この沈黙の時間が重い。
今更ながら恥ずかしい、娘におっぱいあげ終わったらどうする?
振り返りたくない。