八月街の明かりの中で今日も働くあなたへ
悩みのある人間のことなど関係ないように輝く夜のネオン街を歩く人の声が遠く聞こえる。自分のドス黒い心の底だけを見ながら歩いていると愚痴がこぼれる。
「もう働きたくない。 こんな日がもう何年も続いてる。 職場で話せなくなって空気だけの存在で…もう ……なんでみんなは笑って普通に仕事をこなして生きていけるのかな?できて当たり前なんだろうけどそれができない人間がどれだけいるのか?僕にはできない。」
そう言ってふと顔をあげてみるといつもの橋に来ていた。田舎へ向かう橋だから車も人も少ない。だから、仕事終わりはいつもこの橋で楽しいことも悲しいことも世界の不思議も。独り考える。
(不思議、向こう側はとても暗いのにこっちはとても明るくてこの橋は別の世界への境界みたいだな。明るい世界は暗いことを隠すために明るいだけなのに、みんな憧れて明るい世界へ来てしまう)
いつものように橋の外に足を投げ出して遠くまで見えるあかりの数々を見ながらゆっくりと考えたいことを考える。
(街の明かりはこんなにきれいなのにあの中で働いているときはあんなにも苦しいなんて・・・・思わなかったんだ・・他にも苦しんでいる人はいるのだろうか?生きにくい僕たちの明日はどんどん暗くなっていつか立ってるのかも分からない闇になって…)
(大人になれば自分の気持ちを上手くごまかしていきていけると思ったけどそんなことなかったなぁ「大人になれば」なんて夢物語だったんだよ)寂しそうに笑う。
ふと輝く水面が目に入る。
それは僕の奥底にある真っ黒いモノを呼んでしまった。
今、ここで飛び降りたら夜明けを見ないですむんだ。
そう、ただ落ちていくだけでいい。
それで全て終わる。
取り憑かれたようにゆっくりと立って飛び降りるために前屈みになった…
何かが落ちた。
考えるより先に分かった。
かけがえのない決して手放してはいけないものを失くしたことを
傍から見れば分からないほど短い時間驚きと恐怖で動けなくなる。
だが、すぐに精一杯手を伸ばす。自分がどれほど愚かなことをしたのか分かっているからこそ後悔と縋る気持ちで
車のライトに一瞬照らされこの先二度と見られなくなる人の笑顔を見た。その写真はすぐに闇の中に消えていった。
膝が地面についていた。
「ごめんなさい。僕はなんて事を…?なんてことだ。決して忘れないと思っていたことを忘れ失くしてしまうなんて」
いつも独りだった子供のころ、突然現れた暖かい手と短すぎた幸せに満ちた日々を想う。
「そうか…わかったよ
ありがとう。ずっとずっと僕を守ってくれて」
肩を震わすこともなく静かに泣く大切なものを失くしたはずなのに心が何かで満たされていく。
「もうあなたを覚えてるのは僕だけだからたとえ何があっても生きていかないといけない。僕を殺すだけじゃなくあなたも殺してしまうところだった。それをあなたは止めてくれた」
「ありがとう!僕はもう大丈夫です。」
ボロボロと泣いているがその顔には下手すぎる笑顔と決意が見える。夜が明け始め、忘れることのない朝日を見る。自分の鼓動がはっきり聞こえる。その鼓動を聞いているとどんどん決意に溢れてくる。夜に橋に来た男とは全くの別人になった男が都会の方へ歩いていく。
彼が幸福な人生を歩んでいけるように
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